インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

しまじまの旅 たびたびの旅 67 ……高雄左営・懐かしの餛飩

かつて高雄で働いていた頃、会社の台湾人スタッフが何度か連れてきてくれた餛飩(ワンタン)のお店がありました。現在台湾高鉄(新幹線。当時は建設中でした)の左営駅にほど近い場所で、庶民的な市場の入口にある、ほとんど屋台と言ってもいいほどの小さなお店でした。とても美味しくて、日本から出張してきたスタッフにも好評でした。

その後、日本で仕事をしている時に、台湾の邱澤(ロイ・チウ)という俳優さんの通訳をすることがあって、背景知識を入れるために色々ネットで検索していたところ、こんな動画を見つけました。

youtu.be

通訳という作業は本質的に「前もって発言を聞いておく」ことができない種類のものです。あらかじめ発言原稿を入手できて、しかも発言者はその原稿を一字一句違わず読み上げる、ということもないわけではありませんが、基本的にはつねに「ぶっつけ本番」*1です。

とはいえ、その発言がなされる状況に関する背景知識や専門用語などを予習しておけば、聞き取り、理解し、訳すこともよりスムーズになります。というわけで、特に有名な方に関してはYouTubeなどの動画を探して、発音の癖や訛りの有無などを確認し、時にはその動画を教材にして予行演習をします。

今回もそうやって視聴した動画のひとつがこれだったのですが、高雄の左営にある海軍基地で兵役に就いていたという邱澤氏、1:00あたりからの「推薦高雄美食(高雄グルメのおすすめ)」というパートでこんなことを話しています。

左営大路の、マクドナルドのお向かいにあるワンタンスープのお店。休み時間に兵舎を抜け出して、ゴミ箱を踏み台にして塀を乗り越えて、示し合わせて外で待ってる友達のバイクに乗せてもらって、食べに行ってたんだ。とにかく美味しいから。あ、玉子を追加するの、忘れないでよ。

おお、ひょっとしてこれ、あの市場の入口にあった餛飩店のことじゃないの?

というわけで今回、高雄滞在中にわざわざ出かけてきました。左営大路を歩いて行くと、確かにマクドナルドのお向かいに「汾陽餛飩」というお店が。屋号は覚えていないけど、たぶんここで間違いないはず。ただ、市場の入口の屋台ではなく、きれいなファストフードといった店構えです。お客さんも大勢入っていて、いかにも人気店という感じ。

f:id:QianChong:20180809140336j:plain

餛飩を、もちろん「玉子入り」で注文して、出てきたのがこれ。玉子はポーチドエッグになっていて、左側の隅に沈んでいます。おお、確かにこんな感じでした。

f:id:QianChong:20180809135716j:plain

でも食べてみると、特にそれほど美味しいというわけでも……思い出は往々にして美化されちゃうものですけど、こんな味だったかな。

なんとなく割り切れない感覚で食べ終え、外に出ると目の前にもう一軒「菜市仔嬤」という餛飩のお店があります。小さく「汾陽餛飩」とも書いてあります。今のお店と同じ屋号ですが、あちらは満員だったのに、こちらは客が全く入っていません。

f:id:QianChong:20180809141958j:plain

せっかくだからこっちも、ということで「はしご」してみました。餛飩を、でも今度は玉子を入れずに注文して、出てきたのがこれ。う〜ん、見た目はほとんど一緒です。こちらのお店の方が、餛飩がやや小ぶりですけど。

f:id:QianChong:20180809140720j:plain

食べてみると……この味です! こちらの方がずっと美味しい。よく分からないまま、一気に食べ終えてしまいました。こちらのお店は「辣椒」を取るための小皿や、ワンタンをスープから取り出して辣椒につけて食べるための小さなフォークまでテーブルに置かれていて、なかなか気が利いています。

f:id:QianChong:20180809140551j:plain

こんなに美味しいんだったら、塩味の「湯圓」も入っている「招牌綜合」にすれば良かったです。もちろん「玉子入り」で。いやいや、さらに麺も加えて「ワンタンメン」にしたい。

壁にはこのお店が何十年も続く老舗であることを示す新聞記事が飾られていました。う〜ん、最初に入ったあちらのお店は何だったんだろう。二番煎じの類似店だったのかしら。それにしてはすぐお隣で営業しているしねえ。

f:id:QianChong:20180809141741j:plain
f:id:QianChong:20180809141745j:plain

気になるので、お店の老闆娘(おかみさん)と思しきおばさんに聞いてみました。「以前はここ、屋台みたいなお店でしたよね?」

「そうそう。市場が閉鎖されてね。それでお店を新しく建て替えたの」
「あの……お隣に同じ名前のお店がありますけど、あれは?」
「兄弟でのれん分けしたのよ」

なるほど、そうでしたか。食べ終えて外に出てみると、確かに市場があった場所は空き地になっていました。邱澤氏もおすすめのこのワンタン、食べに来るなら向かって左側のお店がおすすめです。あ、もちろん玉子入りで。

f:id:QianChong:20180809143116j:plain
f:id:QianChong:20180809142303j:plain

*1:この通訳の「ぶっつけ本番」性が、「話せれば訳せる」という誤解とつながっているような気もします。