インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

拙を守って田園に帰る

毎朝毎晩、通勤電車に揺られるたびに、人の多さに酔いそうになります。自分もその「人」のひとりであるのですから、全く身勝手なものいいですが、東京都心の、出退勤時の人の多さはちょっと異様ですよね。これでも「ピークオフ」と言いますか、ジムで朝活をするためにかなり早い時間に都心へ出てきているのですが、その時間にしてこの人の多さはどうでしょう。みなさん朝早くから本当にお疲れ様です。

歳を取ったからこうやって「人に酔う」ようになったわけでもなく、実は私、はるか昔の学生時代にも同じようなことを感じていました。とにかく満員電車がイヤでイヤで、会社勤めなんて絶対にしたくないと思って、大学を卒業するとすぐに九州の田舎で農業のまねごとを始めたのでした(専攻の関係で求人が全くなく、就職できなかったというのがホントのところですが)。

なのに、その農業のまねごとも五年ほどしか続かず、結局都会のネオンに吸い寄せられるように東京に戻ってきてしまいました。

都会は確かに便利です。何をするにも選択肢が多くて、心満たしてくれる新奇なものも多くて、さらに大好きなアート系のあれこれ(美術や音楽や演劇や映画や……)を楽しむすべも揃っています。いまの仕事にしたって、都会に、特にこの東京に住んでいなければたぶんたどり着くことができなかったでしょう。その意味では都会によって私は生かされていると強く感じています。

なのにこの息が詰まるような感覚はどうしようもありません。特に周囲の人々から感じる「人圧」とでもいうべき圧迫感。ここ数年はその「人圧」を逃れようと、海外の離島の,そのまた離島の、人がほとんど行かないような場所に行き、360度ぐるりと見渡して人影一つ見つけることができないような荒野に立つのが楽しみになりました。別に海外へ行かなくても、日本にだってそんな場所はたくさんあるのでしょうけど。

中国のいわゆる六朝時代、東晋末の詩人に陶淵明という人がいて、有名な「帰園田居」という詩があります。私はこの詩が大好きで、特に最初の一番有名なところは折に触れて思い出します。

少無適俗韻,性本愛丘山。
誤落塵網中,一去三十年。
羈鳥戀舊林,池魚思故淵。
開荒南野際,守拙歸園田。

角川ソフィア文庫の『陶淵明』に載っている、釜屋武志氏の訳文を引きます。

若い時から俗世と調子を合わせることができず、生まれつき丘や山が好きだった。
ふと誤って俗世の網の中に落ちこんで、たちまちのうちに三十年が過ぎ去った。
旅の鳥はもといた林を恋しく思い、池の魚は以前泳いでいた淵をなつかしがる。
それで南の野のあたりに荒地を開拓し、不器用な生き方を守りとおそうと田園に帰ってきた。

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陶淵明 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)

特にこの「守拙歸園田(拙を守って田園に帰る)」という部分の、なんと心に響くことか。このフレーズは折に触れ繰り返し自分に語りかけてくるような気がするのです。自分は「拙を守って」いるだろうか、いつか「田園に帰る」べきではないだろうかと。

思えば、学生時代に就職を忌避して、帰農を志したのはまさにこうした思いからでした。それがなぜか「誤落塵網中」してしまい、「一去三十年*1」。おお、そういえばちょうどいまの仕事が雇い止めになるのが、東京に舞い戻って三十年経つそのときです。陶淵明は「開荒南野際」すべく田園に帰ったわけですが、私は何をしに田園に帰ろうか、帰る田園はあるだろうか、それを最近はよく考えるのです。

*1:諸説あって「十三年」ではないかと主張する方もいるようですが。