インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

言葉のヒゲを刈り込むには

「冗語(じょうご)」という言葉があります。発言する際に、おおむね無意識のうちに差し挟まれる、発言の内容とは関係のない言葉のことです。例えば、話し始めに入る「えー」とか「あのー」「そのー」「このー」といった間投詞、あるいは「〜でですね」とか「〜なんです、はい」「うん」などと話し終わりに頻繁に付け加えられる言葉など。中国語だと“這個”とか“那個”とか“然後呢”とか“完了之後呢”などが代表的なところでしょうか。

こうした冗語は「冗(よけいな、くだくだしい)」という字の通り、本来ならば必要のない無駄な言葉です。単なる話し方のクセになっていることが多いのですが、これがあまりに多いと聞き手にストレスを与えることになります。そこでアナウンスや朗読などの訓練を行う際には、「噛まないこと」とともに、こうした冗語を徹底的に排するよう指導されます。確かに、プロのアナウンサーの発言にはほとんど冗語が入っていないですよね。

アナウンサーだけではありません。各種の講座やセミナー、講演会などに参加してみると、講師の中にはこの冗語がほとんど、あるいは全く含まれていない方がいらっしゃいます。普段はあまり意識に上りませんが、気をつけて聞いてみるとこうした冗語が全く含まれていない話し手がいて驚きます。この冗語を全く差し挟まない話し方というのは、自分でやってみると(自分の発言を録音して聞いてみると)よくわかるのですが、か・な・り難しい。

私は趣味と実益を兼ねて中国語のディクテーション(聽寫:書き取り)を十数年ほど続けていますが、中国語の話者の中にもこの「冗語ゼロ」の方がよくいらっしゃいます。論旨明晰で淀みなく話しており、冗語が全くない。かといって、原稿を読み上げるような無味乾燥な話し方でもなく、一見フリーハンドで気持ちの赴くままに話しているように聞こえるのですが、書き起こしてみると冗語がほとんど含まれていないのです。どれだけ頭の回転が速いんだと舌を巻かざるを得ません。こういった話し方には心から憧れます。ことに、自分にとって母語ではない中国語でこんな風に話せたらどんなに素晴らしいだろうなと。

私も人前で話すことがよくあるので、こうした冗語を極力減らそうと努力しているのですが、いまのところ、どうしても入り込んでしまいます。どうやったら冗語を減らす、そして究極的にはなくすことができるのか(まあ冗語も一つの人間味ではあるんですけど)。とある発音・発声の講座に参加した際、プロのアナウンサーにうかがってみたことがあります。

あるアナウンサーは「冗語を発しそうになったら、言葉を飲み込むようにしています」とおっしゃっていました。畢竟、冗語は次の言葉が紡ぎ出されてくる間に無言の時間が生まれてしまうのを無意識に埋めようとする結果なのだと。だから「無言の時間が生まれるのを怖がらないことです。言葉が途切れると聴衆は『あれっ』という反応を返してきますが、それに負けず、焦らずに次の言葉を頭の中で選び、また丁寧に話し始めるとよいですよ」。う〜ん、これは何気ないようでいて、なかなか難しい技術です。

別のあるアナウンサーは「冗語が生まれるのは、自分の中で考えがまとまっていないからかもしれません」とおっしゃっていました。話しながらあれこれ考えているから、その考える過程が冗語となって表に現れてしまうのだと。ということはつまり、話をする前に自分の頭の中で充分に話のプロットが練られていなければならないということですね。これもまたそう簡単ではないタスクです。

最近、この冗語が「言葉のヒゲ」と形容されていることを知りました。なるほど、言い得て妙な面白い表現です。そして「言葉のヒゲ(ひげ・髭)」で検索してみると、実に多くの方がこの問題に気づき、その改善を模索していることが分かります。どなたにとってもこの「冗語——言葉のヒゲ」問題は克服すべき課題なのですね。

今日も今日とて、某学校で新学期の生徒募集のための公開講座を担当してきたのですが、やはり冗語を完全には押さえ込めませんでした。人前で話すことが日常になってもうずいぶん経つのに、まだこの体たらくです。さらに精進を重ねたいと思います。

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