インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

高校の国語科から文学が消える?

先日、Twitterのタイムラインで拝見したこちらのツイート。

2020年から予定されている大学入試改革の影響を受けて、高校の国語科から「文学が消える」とはかなり衝撃的なタイトルです。ツイートを拝見する限りは「消える」のではなく「選択できる」ようですが、これは一見地味な改変に見えて、のちのちとてつもない禍根を残すのではないでしょうか。

というわけで、まずは『文藝春秋』11月号のKindle版を買って読んでみました。短い文章なので、高校の国語科が大学入試改革と連動して文学などの比率を下げ、文学以外の「実用文」を大幅に増やす結果になるだろうと予測は分かりましたが、本当にそうした結果を招くのかどうかまでは判断できませんでした。


文藝春秋 2018年11月号

問題とされているポイントは、二つあります。ひとつは、高校の国語科で「国語総合」の時間が半減し、その代わり「論理国語」などの選択科目が大きく増えること。もうひとつは、大学入試改革で国語の試験に「記述式問題」が導入されること。上記の『文藝春秋』に掲載された文章の危機感は、この二つが連動すると入試対策の側面から結果的に高校の国語科では文学を学ぶ機会が減り、その代わりに「実用文」などが増える(もしくはそれ一辺倒になってしまう)のではないかということのようです。

まず、高校の国語科における改変については、新しい学習指導要領に関する文科省の答申をネットで見つけました。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/10/1380902_0.pdf

これによれば、高校の国語科については一見バラエティに富んだ選択肢が用意されるように読めます(p.124〜131)。こちらのページにある表がとても分かりやすいですが、現行から改定案に移行すれば確かに文学などが減るぶん「実用文」が増えそうな気配がする……のもさることながら、現行でもすでに国語科自体がとても薄い存在に追いやられているように見えますね。だって、必修なのは「国語総合」だけで、しかも2単位まで減じることが可能なのですから。

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※「Education Tomorrow」さんのサイトから引用。

このうち実際に「論理国語」を選択科目として選ぶ学校が大半になるかどうか、がこの問題のネックのようです。要するに改定案の必修科目では「現代の国語」と「言語文化」が2単位ずつ半々、そしてそれと同じ比重で実用文が取り入れられる可能性が高い(大学入試改革の影響で)と。大学入試側の事情を示す資料にあたってみないと何とも言えませんが、近年の経済界からの大学への要請を見ているとあり得そうです。

一方の大学入試改革ですが、国語科では『文藝春秋』の記事にもあったように記述式試験が大幅に増やされるそうです。これに関してこちらの記事と、そのリンク先にある「センター試験新テストのモデル問題例」に対する分析が興味深いです。実際のモデル問題例へのリンクは切れていましたが、こちらにありました。

www.mag2.com
mine.place

確かにこの「改革」が進めば、文学などを読んで母語を豊かにし、世界観や人生観を涵養……などという「まどろっこしいこと」は脇へ追いやられ、ビジネスに直結した実務一辺倒の国語科に変容していくような気がします。速く・正確に・唯一の正解を導くという姿勢と文学鑑賞は対極にありますから。「論理国語」の大学入試問題については、こちらの記事も参考になりました。

gendai.ismedia.jp

なるほど、こうした問題への「対策」を高校や予備校で繰り返し学ぶ方向へシフトしていきそう、ということなんですね。いろいろと検索して資料に当たってみるに、単純に文学を削って実用文一辺倒にするというわけでもないようですが、どうも漠として全容がつかめません。『文藝春秋』の記事も短いものでしたし、このあたりの問題に切り込んでいらっしゃる研究者やそのご著書はないのかな。というわけで、もうちょっと探してみたいと思います。

追記

この件に関しては昨日、こちらのツイートにも接しました。

結局「利権」ですか……。

さらに追記

こちらのツイートで紹介されているこの本、ぜひ読んでみたいと思います。