インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

黒歴史がよみがえるので旧交は温めません

東京新聞朝刊で毎回楽しみにしながら読んでいる、伊藤比呂美氏の人生相談。今回は「人間関係の継続の仕方が分かりません」という40代女性からのお悩みでした。

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子供の成長に合わせて関わらざるを得ない親同士のグループで、どうおつきあいしていけばいいか……とこぼす女性に、伊藤氏は「継続しなくていい、表面的なつきあいでいい」とアドバイスします。そうそう、その通りだと思います。そして特に興味深かったのは、女性のお手紙の中にあったというこの部分。

「大学の時の友達で今もやりとりのあるのは一人。高校の友達で続いているのも一人。中学の友人で連絡が取れるのは二人くらい」

40代になってもそこまで友達の関係が続いているなんて、すごいですよ。私はといえば「皆無」ですもん。大学も高校も中学も、FacebookやLINEなどで偶然つながって連絡を取ろうと思えば取れる、という人はいますが、これはもはや友達の関係とはいえませんよね。ちなみに親が転勤族だったので、いわゆる「幼なじみ」みたいな友人も全くいません。

苦楽を共にした予備校時代の友人数名とは最近まで年賀状のやりとりがありましたが、私が年賀状の「虚礼」に飽き飽きして出すのをやめてしまい、それっきりになっています(ごめんね)。

だいたい私は、成績が悪くてスポーツも苦手で「いじめられっ子」でしたから、中学高校ともにあまりいい思い出がありません。できれば忘却の彼方に押しやってしまいたい。大学も自分に全く才能がない芸術分野を専攻しちゃって留年までしていますから、これも振り返りたくありません(それなのに、今でも「課題を提出しなきゃ!」「卒業制作を作らなきゃ!」みないな悪夢を見ます)。

卒業アルバムみたいなものは全部捨ててしまいましたし、同窓会のたぐいも行きません(もう連絡も来ないけど)。何度か元クラスメートの集まりに顔を出したことがありますが、正直に言って居心地が悪くて、もう今後は遠慮したいと思っています。だってそういうものに触れるたびに、過去の「黒歴史」がよみがえるんだもの。

テレビ番組でときどき「過去の恩師を訪ねる旅」みたいなのとか、あと雑誌で「旧交を温める」的な記事などがありますよね(文藝春秋の「同級生交歓」みたいなの)。ああいうのを見たり読んだりするとそれなりに心温まることもあるのですが、私自身はやっぱり遠慮しておきます。墓参だったら、逆に心が落ち着きますけど(ひどい)。

これもひとえに、健全な学生生活を送ってこなかった自分の不徳のいたすところです。いえ、学生生活だけではありません。これまで勤めてきた様々な職場の同僚でさえ、どこも基本的に「立つ鳥跡を濁しまくり」で退職していますので、いまもつながりがある方は「皆無」に近いです。う~ん、よくよく考えたら、これもちょっとひどい。

でもまあ、そうやって生きてきちゃったんだもの、仕方がないですよね。伊藤比呂美氏がおっしゃるように「とにかく今。今の今」を生きるしかないし、それでいいんだとも思っています。
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▲しかし「いらすとや」さんには本当に多種多様なテーマのイラストがありますね。お世話になってます。