インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

『東京カレンダー』の妄想物語が興味深い

ここ十年ほど、同じ美容室で髪を切ってもらっています。「いっちょまえ」に美容室(しかも表参道!)に通っているのは、単にいつもお願いしているスタッフさんがすごく上手で、なおかつ何の説明もせずに切ってもらえるからラク、という理由なんですけど、お店の方が私の目の前に置いてくださる雑誌(たいてい三冊)のチョイスがとても興味深いです。

だいたい『NUMBER(ナンバー)』『BRUTUS(ブルータス)』『PEN(ペン)』が鉄板。なるほど「中高年の、スポーツ観戦が好きで、ちょいと小金持ち」的なおじさんに見られているわけですかね、私は。その他『MONO MAGAZINE(モノ・マガジン)』や『LEON(レオン)』や『東京カレンダー』が置かれることも多いです。

う〜ん、私としては『クロワッサン』とか『レタスクラブ』を置いてもらった方が断然うれしいんですけど、まあ何かこう、そういう「小金持ちのちょいワルおやぢ」を演じるのも悪くないかしらと思って、そのままお勧めされた雑誌を隅から隅まで目を通しています。普段あまり読まない雑誌を読めますし、私は美容師さんとの会話が苦手なのでなおさら。聞くところによると、お客さんが雑誌を広げてたら、あまり話しかけない気配りをしてくださるそうですね。

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きのう何食べた? 3 (モーニング KC) より

ところで、先日髪を切ってもらったときに目の前に置かれたのは『NUMBER』と『PEN』、そして『東京カレンダー』でした。実は私、この『東京カレンダー』が一番楽しみです。こういう言い方はなんだか「disる」ようで心苦しいのですが、記事のラインナップが徹底したスノビズムに貫かれていて、その、たぶん「おじさん」が書いていらっしゃるであろう文章の端々にツッコミを入れながら読めるからです(やっぱりほとんどdisってますね)。

『東京カレンダー』って、昔はもうちょっと実用的な情報雑誌という側面が強かったような印象があるのですが、いまや同誌は地域密着系都市型エンタテインメント(©出没!アド街ック天国)とでも言うべき誌面作り。比較的若い富裕層、ないしは一流企業に勤めるヤング・エグゼクティブ、そしてそうした存在に憧れる方々を対象にしたであろう、ファンタジックな物語満載のラビリンスになっています。

毎号、青山とか銀座とか目黒とか神楽坂とか、20代から40代くらいの「ヤン・エグ」が夜ごと繰り出す比較的お高めのレストランや割烹やバーなどを紹介する記事が中心の『東京カレンダー』。その紹介店数の多さからも精力的な取材やタイアップなどが行われていることが分かりますが、特筆すべきはそこに組み合わされる物語仕立ての男女恋物語、あるいはイケメンでたいがいは未婚の、エリートサラリーマンの友情物語です。

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東京カレンダー2018年11月号

ところが最新号の特集は『続・丸の内の真実』で、記事のラインナップは「丸の内OL33名が語った『丸の内』のリアル」「丸の内美女はアフター5にこのレストランを指名する」「丸の内OLたちの本音」「丸の内美女OLが皇居ランをする理由」となっており、一見女性の読者を対象としているように見えます。

確かにメイク指南など女性読者を対象としたような内容もあるのですが、こうした記事を虚心坦懐に熟読玩味してみれば、これらは実は男性目線の女性像(あるいは虚像?)を追いかけたものではないかと読めてきます。女性にアプローチするためにはどういう好みを知ればよいか、女性からの好感度を上げるために学ぶべき点は……という「マニュアル」として機能しているのではないかと。それは「丸の内OL」とか「丸の内美女」といった言葉に、はしなくも表れているような気がします。

今回私が一番食い入るように読ませてもらったのはこの記事、「MARUNOUCHI OFFICE LOVE バツイチ上司と遅咲き女子の物語」。池田という名前の「46歳、バツイチ、子供なし。仕事ができて人望が厚い、ハイスペックおじさん」と、関西から上京して「丸の内OLデビュー」したのち「同じ関西出身で慶應卒の同期」の彼とつきあったものの別れて数年という女性主人公の物語です。

もうですね、この冒頭の設定からして、私の身体は小刻みに震え始めているわけですが。

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「上司とのデートの翌日、何ごともなかったかのように私に注意する眼差しが最高に刺激的」
「歳が離れた彼との交際で、私の舌は猛スピードで肥えていった。すべての経験値が上がっていく」
「初めて私の家にくることになった時(中略)池田が脱いだジョンロブの革靴は、うちの小さな玄関で、あまりにも窮屈そうだった」

……うおお、まさに肉と欲。

女性が主人公で、女性の気持ちに寄り添いながら物語を綴っているように見えますけど、これはもう徹頭徹尾、男の、それもおじさんの視点で一方的に捉えた女性像を「消費」しているように思います。一種の妄想ともいえるこのストーリーに真正面から憧れる方はいるのかしら。それともみなさん私と同様に「そんなやつ、いねーよw」とツッコミを入れながら楽しんでらっしゃるのかしら。もっとも、こうした物語を書かれるライターさん自身がけっこう楽しんで、ノリノリで話を盛っているフシも見られますけど。

あるいはひょっとすると、「いるいる、オレの周りにもそんなやつ」という一種の「あるある」的な読み物として楽しんでいる読者もいるのかもしれません。ともあれ、軽佻浮薄に見えて、これはこれでなかなか奥が深い『東京カレンダー』。もし美容室に行ってこの雑誌があったらぜひ所望してみてください。あ、おいしそうな料理写真が満載なので、そちらは掛け値なしに楽しめます。