インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

消えていく句読点と新しい文体

スマホやパソコンの既読メールを整理していてふと思ったんですけど、華人の中国語メール、特にショートメールやLINEのトークでは、みなさん句読点などの記号(標點符號)をほとんど使わないんですね。面白いです。私は「ガイジン」だから中国語を書く=作文の練習なので、どんな短いメッセージでも記号をきっちり使っちゃいます。

結構長いメールでも句読点などを一切使わない方もいて、じゃあどうしているのかというと半角スペースをそのかわりにしているのです。中国語も古文は句読点などなかったから、中国語ネイティブのみなさんは全く気にならないのかもしれません。

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日本語は漢字かな交じり文で何となく意味の切れ目が浮かび上がって見えるけれど、中国語は「漢字ばかりが、ずらずら」と並んでいるだけなので私たちは切れ目を読み損ねて誤読しがちです。それで私などはより句読点にこだわっちゃうんですけど、中国語ネイティブのみなさんは、その辺りは軽くクリアされるのでしょうか。

また蛇足ながら、私たちは「漢字ばかりが、ずらずら」にとてもお堅い印象を受けるけれど、当の中国語ネイティブはその漢字ばかりの文章でおちゃらけたことも、もちろんお堅いことも表現するのだという点を自覚しておくのが大切かと思います。日本語母語話者の中→日方向の翻訳文が必要以上に「こわもて」の文章になりがちなのはこのせいかも知れません。

閑話休題

華人からのメールやショートメッセージに句読点が極端に少ない(か全くない)問題を解明するため、華人留学生たちに聞いてみたところ「句読点を打つと堅すぎてお喋りっぽくない」「短いメッセージをどんどん発信して、改行がマル(句点)のかわりになってる」などの意見が寄せられました。なるほど、確かにLINEのトークでは皆さん、改行を多用していますね。

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私はひとつの文章を丸々ひとつの「吹き出し」に入れるのですが、若い皆さんはフレーズごとに切って発信してる。この改行、ないしは発信が文章の息継ぎみたいな感覚なんですね。この感覚は、私には備わっていないです。ワープロやパソコンやスマホがない時代から字を書いていたから、書くという行為自体の感覚がかなり違うのかも知れません。こういうのも「デジタル・ディバイド」なのかしら。

そんなことをTwitterでつぶやいたら、英語圏の若い方も似たような傾向ですよと教えていただきました。


日本語の場合は?

では本邦の若い方々はどうなのかしらと検索してみるに「こんなLINEしてないよね…?『おっさん乙www』と思われるLINEの特徴4つが明らかに」なる記事を発見しました。いわく「文章すべてに『。』がつく/一文が長く、句読点で区切っている」のは「おっさん臭さを増長している」だって。わはは、私は全てにあてはまりますね。

www.appps.jp

ただまあ、自他共に認める「おっさん」である私は「おっさん臭さを増長している」というフレーズからして気になっちゃって、そこは「助長」ではないかと突っ込みたくなるのですが、それこそが「おっさん臭い」と返り討ちにされそうなのでやめておこうと思います。

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https://www.irasutoya.com/2014/10/sns.html

かつて本多勝一氏が『日本語の作文技術』で、句読点、なかんずく「テン」の打ち方について縷々説明されていて、私など大いに影響を受けたクチなのですが*1、当今のLINEやショートメールではそのあたりを軽々飛び越えて新しい文体が生まれているんですね。その良し悪しや好悪は別にして。

この点について、先日の東京新聞に載った特集がとても興味深かったです。この記事で武田砂鉄氏の仰る「分かりやすさ第一の風潮=手短な説明の要請」と佐々木正洋さんの仰る「感覚的な言葉に終始し文章になっていない」というのは、上述のメールやショートメッセージに句読点がないのと通底しているような気がします。

www.tokyo-np.co.jp

LINE執行役員の稲垣あゆみ氏は「中高生や若いカップルには帰宅後、寝ている間もずっと通話状態にしておく人もいます。何を話すわけでもなく“つながっている”感覚を得る。今までの常識からは外れる通話の形です」と。こうなるともう話は電話かLINEかを飛び越えて、まったく別の次元に移行しつつありますよね。

*1:日本語とテンの打ち方』という本も、とても参考になりました。