インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

憧れども未だ馴染めぬ体育会系

先日、Twitterのタイムラインにこんなツイートが流れてきました。

リンク先のまとめサイトも読んでみましたが、「確かに!」と首肯することしきりです。私も運動嫌いでしたけど、ジム通いだけは(特にトレーナーさんについてもらうそれは)本当に楽しいし、長続きしています。これはやはり、ジムのトレーニングには他人と競う・競わせる要素がほぼないからですよね。学校の水泳なども「競泳」の要素をなくせばもっと好きになる人が増えると思います(今ではもうそうなってるのかな?)。

ただ、以前別の大手トレーニングジムに通っていた時は、パーソナルトレーニングではなく自由にマシンを使う形式だったこともあって、そこにいる人たちに何となくヒエラルキーができていて、ちょっと苦手な雰囲気でした。

特にフリーのベンチプレスやバーベルを使うエリアには「古参」と思しきボディビルダーみたいな人たち、それもたいがい筋肉を誇示するかのようにピッチピチで襟ぐりと袖ぐりが極端に深いタンクトップを着ている黒々と日焼けした方々が陣取っていて、とんでもない重量を「はぁうっっ!」とか「ふんっっぬぅおぉぉ!」などという奇声を発しつつ上げているのです。とてもじゃないけど入っていく勇気は出ませんでした。

そこへいくと今通っているジムのトレーナーさんは、威圧感皆無。中壮年のおっさんが青息吐息でふらふらしながら筋トレしていても決して笑ったりしませんし、逆に「素晴らしい!」とか「いい修正です!」とか「はい頑張って!」とか声をかけてくれる。まとめサイトの冒頭にもありましたが、「なにこれ、もっとやらせてくれ」ですよ、ホント。

体育会系の空気感

ただしひとつだけ、まあこれは別にイヤというほどのものでもないのですが、「ああこれが体育会系のノリというものかしら」といまだにちょっと慣れないことがあります。それは、体育会系の方々の一種独特の諧謔あるいはユーモアの文化、もしくは「おふざけ」といったような行動です。

例えば私がトレーナーさんの指導でスクワットをやっているときに、別のトレーナーさんがそーっと無言で近づいてきて前に立ちはだかり、にやにやしている……なんてことが時々あって、こういう時、根っからの体育会系ではない私はどういうリアクションを取ればいいのかわからず戸惑ってしまうんですね。こうやって文字にしてしまうとホント他愛ないことで、特に意味もへったくれもない、意味を見出そうとすることそのものが野暮なんですけど。

おっさんの私に対してはまあその程度ですが、休憩時間などに観察していると、周りのアスリートの皆さん同士では、けっこうこの手の「おふざけ」が散見されます。これも言語化するのがなかなか難しいんですけど、それは少々過激なスキンシップであったり、野卑な言葉の応酬であったり、時に一見無意味で素っ頓狂な行動であったりします。

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https://www.irasutoya.com/2015/01/blog-post_965.html

ホモソーシャルな空気感

ふと、かなり前に見た「情熱大陸」という番組を思い出しました。サッカーの香川真司選手がドイツのチームに移籍して間もない頃のドキュメントです。その中にまさにこうした「おふざけ的体育会系のノリ」のシーンがあったなあと思ってYouTubeを検索してみたら、何とその動画がありました。ネットってすごい。

youtu.be

香川選手が槙野智章選手と食事をするシーンで「一緒に勝負パンツ見せようよ」と言っています(14:17あたりから)。何枚も重ね着したパンツを見せたり、槙野選手が香川選手に「お前、いいケツしてんな〜」となでなでしたり……。わははは、まあホントに他愛ないんですけど、運動嫌いだった子供の頃から、私が何となく馴染めなかったのはこの種の「体育会系独特のノリ」あるいは「ホモソーシャルな空気感」だったのではないかと思い至りました。

とはいえこれはホモフォビアとは違うのです。ホモフォビアは予断と偏見の産物であり、他人に対する理解と尊重と寛容を欠いた行為です。例えば男性同性愛を嫌悪する文脈で世上よく冗談めかして言われるのは「襲われるのが怖い」というものですが、これは「じゃああんたは自分の性的嗜好の対象に見境なく襲いかかるんですか」の一言で論破できるほど薄っぺらく思慮に欠けた言動です。

そうではなくて、むしろ裏を返せば、私はこうしたノリや空気感に憧れていたのかもしれません。憧れ、できることなら溶け込みたかったけれども、運動神経が乏しく運動嫌いだった劣等感からなのか、臨機応変のユーモアやフレキシビリティに欠けていたからなのか、単に「くそまじめ」だったからなのか、そうしたノリや空気感には絶望的なまでに不向きで馴染めなかったのです。

かつて大学では極めて「ガテン系」な彫刻学科を専攻してしまった私ですが、思えばかなりホモソーシャルな空気感が充満した空間でありました。今から考えれば、私はどうやら一番自分に向いていない世界を選んでしまったようです。ジム通いは楽しいという話題から、何だかとんでもない場所に帰結してしまいました。……が、これもまた文章を書くことの面白さですね。