インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

通訳者や翻訳者の仕事はなくなりますかと問われて

日本経済新聞のサイトで、こんなニュースに接しました。「翻訳機*1ポケトーク」の話題です。すでにYouTubeにも動画が上がっています。

youtu.be
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通訳学校の春学期を控えたこの時期、公開講座やセミナーの講師で登壇することがあるのですが、そうしたイベントのQ&Aでは必ずといっていいほどAIや機械翻訳・通訳に関する質問が出るようになりました。「これからも技術が進化し、訳出の精度もどんどん上がっていくと思われるが、通訳者や翻訳者の仕事はなくならないだろうか」というような。

なるほど、当然そういう不安が脳裏をかすめますよね。これから通訳者や翻訳者を志して学校に通おうと思っているのに、近い将来AIや機械に仕事をうばわれてしまうんだったら学んでも意味ないんじゃないかと。確かに、このポケトークやイリーのような商品はすでに市場に登場していますし、SNSでは例えば「微信(WeChat)」の翻訳機能がすごい! とか、「ボイストラ(VoiceTra)」の翻訳結果がどんどん進化している! とか、いろいろな情報が飛び交っています。

私自身、自分の仕事にも直結する話題なので関心は十分すぎるほどあるのですが、正直に申し上げて、未来の展開は全く分かりません(誰にも分からないですよね)。だいたい十年前はスマホがここまで普及し、進化するなんて想像もしていませんでしたし、今後十年、いや数年先の未来だって想像するのは難しいので、Q&Aで上記のように問われてもはっきりとしたお答えを返すことができないのです。

でもそこはそれ、なにがしかをお返ししないわけにはいかないので、現時点では以下のように答えています。

ポケトークなどの「通訳機」は今後も精度が上がっていくのかもしれません。私もいろいろ試してみるんですけど、やはりこれは「語学=道具」という発想の枠組を超えるものではないんだな、というのが率直な感想です。ガジェットとしては面白いけれど、それは語学そのものの面白さとは全く違う次元にあるので、使えば使うほど「寂しさ」を覚えます。

語学を生業としている者の実感として、「語学は道具であり実用性があるけれどそれはほんの一面で、語学の本当の面白さは母語では切り取れない世界を自ら切り取れること、それがフィードバックされて母語が深まる、あるいは変質するのを実感できること、じゃないか」と思うのです。

中国語を勉強していると、自分にとって外語である中国語では自らの感覚にどんぴしゃりの形容ができるのに、母語である日本語ではできないということがたびたび起こります。「中国語では言えるのに日本語では…?」って。そんな時に自分と世界の界面が広がったような爽快感があるのです。

「通訳機」を使うということは、森羅万象の切り取り方をすべて自分の母語の内輪だけに託し、自分と世界との界面をこれまでの人生で得られた母語世界の幅だけに限定することを宣言するようなものだと思います。自ら新しい自分を知る・開拓する自由や可能性を放棄するなんてもったいないと思うんです。

qianchong.hatenablog.com

それから、外語を学んだことがある方とお話ししていて必ず盛り上がるのは「外語を話している時、自分の性格が変わる」ということ。私は中国語や英語を話している時、それを強く感じます。それまで知らなかった自分が顔を出すのです。そしてそれは回り回って母語を話す自分にも影響を与えるようです。母語を話す自分、つまり元々の自分の「キャラ」さえも変質させてしまうようなのです。

総じて外語を学ぶ意義と実利は、実は外語が使えるようになること以上に、母語が豊かになり変質すること、自分のあり方と取り巻く世界が予想もしなかった方向に変わることではないかと思います。そんな心躍るエキサイティングでアンビリーバボーな体験を「通訳機」などに献上しちゃいたくないです、私。

そして、通訳や翻訳の仕事について言えば、タスクの軽いもの、例えばガイドとかアテンドなどは機械に取って代わられるかもしれません。でも一方でハイエンドの高度に複雑な内容については当面は人間が担わざるを得ないと思います。つまり今よりもっと「二極化」が進んでいくのではないかと思います。

さらに言えば、例えば通訳者が呼ばれる「現場」というのは、その業界の最先端の話題を扱うことが多いです。その業界でもまだ最新の知見で、共通認識や合意がない。だからわざわざ集まって国際会議をする。だけど言葉が通じない。だから通訳者を呼ぶ、と。そのような現場で話される内容は、インターネットを検索しても載っていないかもしれません。だって人類最先端の知見なんだもの。そういう内容については、ビッグデータの活用もなかなか効果的には行われないでしょう。そこに人間の創造力や想像力を発揮する余地があると思うんです。そして人間の通訳者(や翻訳者)が活躍する余地も。

……今のところはこんな感じの答えでお茶を濁していますが、じゃあ通訳や翻訳でどう食べていけばいいのかという「ナマ」な問いへの答えにはあまりなっていないですね。でも、母語が今よりもはるかに豊かになれば、自分の想像もしなかったようなお仕事と巡り会うかもしれないですよ。もちろんそれは語学とは関係ないお仕事かもしれませんけど。

あと、以前に書いたこちらの記事もご参照頂けたら幸いです。

qianchong.hatenablog.com

*1:「翻訳機」というのか「通訳機」というのか、この辺りの名称が市場ではやや混乱しています。「機械翻訳」「機械通訳」なども同様です。