インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

機械的な翻訳で何を発信しようとしているのか

以前Twitterで、このようなツイートを拝見しました。

外国人観光客向けの横断幕、ということは、鉄道会社か地方自治体が作ったものでしょう。そこに載せられた「またのお越しをお待ちしています」という日本語が、「等另光臨」という意味をなさない中国語に訳されています。

通訳や翻訳に携わる方なら「ひょっとして機械翻訳では」と思われるはず。その通り、私がいくつかのネット翻訳サイトで「またのお越しをお待ちしています」を入力してみたところ、エキサイト翻訳でそのものズバリの中国語訳(らしきもの)が出ました。

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ビンゴ! ……などと喜んでいる場合ではありません。せっかく海外からのお客様を「おもてなし」しようと作った観光用の横断幕なんですから、その外国人自身に理解されない翻訳をつけても意味がないではないですか。

外語や通訳翻訳に少しでも知識のある方の間ではおなじみの、ネットの翻訳はまだまだ発展途上なのでそのまま鵜呑みにするのはリスクが大きすぎる、というこのいわば「常識」が、広く社会全体では共有されていないことを痛感します。

しかしこれは個人の張り紙ではなく、鉄道会社や地方自治体(と思しき団体)が公共の場所に張り出す媒体です。なぜ予算を取ってプロの翻訳者に依頼するか、最低でもネイティブチェックをしてもらおうという意識が働かないのでしょうか。

私は今「なぜ?」などと「カワイコぶって」疑問を呈してみましたが、実はこうした現象は枚挙にいとまがありません。例えば東京都台東区の公式ウェブサイト。トップページの右上には「Multilingual」というバナーがあり、さすが浅草など外国人観光客の多い土地柄、多言語対応も充実していると思いきや、なんとそれら「多言語」のページはすべてGoogle翻訳を利用して機械的に変換されているだけなのです。

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多言語翻訳 Multilingual Translation 台東区ホームページ

ごていねいに、このような注意書きがなされています。

この翻訳は、プログラムを用いて機械的に行われますので、内容が正確であるとは限りません。このことを十分ご理解のうえ、ご利用いただきますようお願いします。

実際に中国語のページを読んでみましたが、上記の「等另光臨」同様、まったく意味をなさない文章が数多く表示されます。台東区は、この「中国語(らしきもの)ページ」で一体何を発信し、どんな利便性を提供しようとしているのでしょうか。お役人の仕事と言ってしまえばそれまでですが、あまりにも杜撰で、異なる言語や文化への尊重がまったく感じられないこうした態度を見るにつけ、思わず天を仰がざるをえないのです。

こうした態度は「お役人」だけではありません。こちらは解散したアイドルグループSMAPの元メンバーが新たに立ち上げた所属事務所の公式ウェブサイトです。

atarashiichizu.com

アジア圏を中心に世界中にファンがいるビッグスターのこと、トップページには右上に地球のマークがあり、多言語対応がなされていますが、これもまたGoogle翻訳なのです。

こちらもためしに「中国語(らしきもの)版」にして読んでみましたが、「今日のぷっくりニュース」が「今天的新聞豐滿」ですよ。「『クソ野郎と美しき世界』メインビジュアル解禁!」が「“混蛋而美麗的世界”主視覺禁令!」で、その下に続く文章「ついに『クソ野郎と美しき世界』の本ポスターが解禁となりました!」が「最後,這張海報的“他媽的傢伙,美麗的世界”成為禁令!」で、『クソ野郎と美しき世界』という映画タイトルでさえ訳語がクソぶれています。

……すみません。つい興奮してしまいました。でも、このある意味個性的すぎる日本語を機械的な翻訳で済ましちゃってるものですから、そこで展開される中国語の文章はもう、いちいち首を傾げるか、あるいは抱腹絶倒するかの珍訳で、本当にこの人達は世界に発信する気があるのかなと思ってしまいます。

というか、自分がもし中国語圏の人間でこのアイドルのファンだったとしたら、きっとひどく悲しむと思いますね。だってこんな杜撰な中国語で発信するということは、ほとんど「お前のことなんて眼中にない」と宣言されているに等しいと思うでしょうから。

台東区にしろ「新しい地図」にしろ、機械翻訳ではあるけれど一応の多言語対応をしているだけでもないよりはマシ、まずまずではないかと思いますか? 私はそうは思いません。言語は歴史と文化を背負い、人間の存在の根源に関わる大切な要素なんですから。ひとさまのアイデンティティを舐めてかかるのは失礼であり、マナー違反なのです。

以前から日本の、こうしたある種「犯罪的なほど無邪気でナイーブ」な傾向に割り切れないものを感じてきた私は、これだけ官民挙げて「グローバル化への対応が急務」だの「2020年東京五輪でおもてなし」だのと唱えているのにこの体たらく、というのがどうにも解せません。

qianchong.hatenablog.com

「一億人以上の人々がほぼ単一の言語で日常生活から高等教育までまかなえる」という、世界的にも稀な日本だからこその陥穽かもしれませんが、こうした例に見られる、翻訳や通訳という作業に対する無理解、あるいは外語や異文化・多言語に対する想像力と敬意の薄さは、ほとんど我々日本人の宿痾といってもよいかもしれません。この「病」に対する処方を脇にほっぽらかしておいて、早期英語教育も何もあったものではないだろうと私は思うのですが。