インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

中国語文法の魅力について小一時間語る

先日、通訳のクラスで文法の話になった際、何人もの華人留学生が口々に「中国語なんて文法がテキトーで、無いも同然です」などと卑下しつつ言うので、驚きました。中には大学や大学院を卒業してから日本に留学してきた方もいるんですよ。私は「アホかー!」と「中国語がどれほど素敵な文法の体系を持っているかーーその汲めど尽きせぬ魅力」について訓練そっちのけで小一時間こんこんと語ってしまいました。

まずは語順。中国語の文法が「テキトー」というなら、どうしてあんなに厳格な語順があるのですか。その点じゃ日本語の方がよっぽど「テキトー」です(まあ語順だけ比べても意味ありませんが……)。“我愛你”を例に取れば“我”と“愛”と“你”の順列組み合わせでできるすべての文章を比べてみたって一目瞭然ではありませんか。「私は/あなたを/愛する」という意味を正しく伝えられる組み合わせは一つしかないほど厳格です。

次に「中国語を学ぶ際の『キモ』は何だと思いますか?」と聞いてみました。複文、成語、発音など様々な意見が出ました。もちろんそれらも大切ですけど、私が考える一番の「キモ」は動詞とそれを巡って展開される「補語」と「相(アスペクト)」です。ここが私たち外国人が中国語を学ぶ際に乗り越えなきゃならない大きな二つの山なんです。

例えばいま私は字を書いていますけど、この“寫/写(書く)”という動詞ひとつを巡っても……

寫過(書いたことがある)
要寫了(まもなく書こうとしている)
寫起來(書き始める)
在寫/寫著(書いているところ)
寫了/寫完(書き終わる)
寫下去(書き続ける)
寫著(書いてある=書き終わった結果が残り続ける)

……などなど、補語と相で縦横無尽に表現しますよね。そのどれにも文法的な説明が与えられています。中国語で物事をより的確にヴィヴィッドに表現しようと思ったら、こうした文法に習熟する必要があります。

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もちろん、ほかにも副詞なんかは重要だし、もっと基本的な“是”や“有”や“在”なども重要ですけど、とにかく「中国語に文法は無い」などと当のネイティブスピーカーが言っちゃいけません。中国語を愛する私が許しませんっっ……と熱く語ったら、みなさん何となく納得してくれて、スマホでホワイトボードの写真を撮る人もいました。

通訳や翻訳を学びつつ、日本語がもっと上手になりたいと思っている華人留学生ですけど、自らの母語ももういちど見つめ直してくれたらいいなあと思います。

あ、上記の補語と相のくだりは、お気づきの通り、私が長年たいへんお世話になっている『Why? にこたえるはじめての中国語の文法書』198ページの図がネタ元です。これまで何度もこういう説明を中国語母語話者にしてきましたけど、たいがい「へええ、そうだったんだ」と驚く方がほとんどです。


Why?にこたえるはじめての中国語の文法書

母語の文法については、それを例えば外国人に教えるものとして再度意識的に学んだことがある方以外はとても無頓着なんですね。かくいう私も日本語の文法は的確に説明できません。でも、日本語は文法がテキトーだとも、逆に日本語ほど文法が複雑で繊細な言語はないなどとも決して言いません。