インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

無大所謂

  ポッドキャストの《反波》を聴いていたら、“無大所謂唄”と言っていた。わははは。
  “無所謂(どうでもいい、こだわらない、ことさらに取り上げることでもない)”に“大”を挟み込んで強調したのだ。語気を強め、かつおどけた感じのする助詞“唄”もついているから、「ど〜でもいいじゃん、んなこと」という感じだ。
  今回はバージニア工科大学で起きた大量射殺事件がテーマで、事件発生当初アメリカの一部メディアが「犯人は中国人」と発表したことについて中国人はどう考えるべきかと問いかけ、間髪を入れず“無大所謂唄”と言っている。報道に誤報はつきものだ、とりわけ今回のような凶悪事件なら情報も錯綜するだろうよと。
  このキャスター“平客”氏、シニカルで斜に構えたような語り口ながら、いつも鋭いことを言っている。
  今回も、韓国系アメリカ人が凶悪事件を起こしたからといって、韓国政府や韓国国民がどうこうしろというのもおかしい、仮に中国人が犯人だったとしても、北京で普通に暮らしている我々に何の関係があるのか、個人の行為と国や民族とは切り離して考えるべきだと言う。
  さらに、今回の事件を受けてアメリカ社会では一部にアジア系の人々に冷たい目を向ける動きがあるが、大多数のアメリカ市民は理性的であり、中国人もこれを見習うべきだとした上で、最後にこう問いかける。
  「仮に、仮にだよ、今回の事件が北京大学で発生したとして、犯人が日本人だったらどうなっていたか?」
  なかなか考えさせる質問ではないか。