インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

一律に排除することへの違和感

新型肺炎のニュースが毎日大々的に流される中、私としては職場の同僚である中国人や、日本に留学中の中国人に、差別的な言葉が投げつけられないだろうかというのが気がかりです。SARSの時もそうでしたが、「正しく知り、正しく怖がる」ことができずに、中国、あるいは中国人というだけですべてが「汚染」されているかのような極端なイメージを持つ人が少なくないからです。

私の周囲で聞いてみた範囲では、みなさん「特に、いまのところは何も」だそうです。それでも「仮に電車内などでマスクをしておらず、中国語でおしゃべりしたら……というシチュエーションを想像すると、たしかにちょっと周囲の目が気になるかな」とは言っていました。こうした「○○人だと分かるやいなや、一律に排除」されるかもという理不尽さに対する懸念や不安は、もし自分がその立場にあったらと想像してみれば、少しは分かるのではないでしょうか。

そんな中、Twitterでこんなツイートに接しました。

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https://twitter.com/Wl9uZ/status/1222365398374371329

「#拡散希望」というハッシュタグとともに書かれたこのツイートは、その希望通り、すでに千の単位でリツイートされ、中には感謝の言葉とともにこれを店の前に貼りますというリプライまでついていました。

この中国語は、一見とても丁寧です。でも私には慇懃無礼を絵に描いた(文字に書いた?)ような文章に読めます。こうやって“中国游客(中国人旅行者)”というだけで一律に入店を拒否するのは、予断と偏見を助長するだけではないでしょうか。それに在日中国人や留学生と旅行者をどうやって区別するのでしょう。“尊敬的(尊敬する)”とか“万般无奈之下(万やむを得ず)”などと丁寧な言葉を使いつつも、結局は一律に中国人を排除していることになります。

この文言が印刷されて、実際に店頭に掲げられていることを想像してみましょう。あるいは状況を逆転させてこれが中国の店頭で日本人に向けて掲げられたものであったらと。「ウイルスの拡散を防ぐためにお客様にはマスクの着用と入店時のアルコール消毒をお願いいたします」などならまだしも、こうして「〇〇人」というだけで一律に自分が排除の対象になってしまったら、私ならきっと憤慨して「こんな店、二度と来るもんか」と思うでしょう。

そこにこの文言は追い打ちをかけます。“等疫情结束后,欢迎您的再次光临(感染の状況が収束したのちのご来店をお待ちしております)”。一律に排除しておいて、でも顔では愛想笑いをしている。しかも最後に誰も異論を挟むことができない“武汉加油!中国加油!(がんばれ)”までつけ加えられています。この落差こそ慇懃無礼だと感じるゆえんです。寄り添っているように見えて、その実冷たく突き放しているだけじゃないかと。

この文言は、上掲の「店舗用」に加えて「病院用」も作られ拡散されているよし。こんな紙が入口に掲げられている病院があったとしたら……もはやモラルも理性も放棄した態度だと言わざるを得ません。

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https://www.irasutoya.com/2015/08/blog-post_320.html

繰り返しになりますが、いまの私たちに必要なのは「正しく知り、正しく怖がる」ことです。現時点では、日本国内における感染状況はパンデミックとは程遠いですし、患者の容態は比較的軽くて落ち着いており、対症療法で軽快するケースがほとんどで、なおかつワクチンや特効薬の研究が急ピッチで進められています。

中国人を「一律に排除」しているヒマがあったら、マスクをする、手洗いを励行する、「咳エチケット」を守るなど、感染の拡大を予防するために日常生活の中でできることを淡々と行うべきです。それは毎年流行するインフルエンザの時と大差ありません。幸いネット上には「正しく知り、正しく怖がる」ための情報が次々に公開されています。

BuzzFeed新型コロナウイルス どれぐらい警戒したらいいの? 感染症のスペシャリストに聞きました
厚生労働省中華人民共和国湖北省武漢市における新型コロナウイルス関連肺炎の発生について
business.nikkei.com

中国における感染拡大の状況は予断を許しませんが、そんな状況の中で私たちがすべきなのもやはり「一律に排除」ではなく、少しでも援助の手を差し伸べることでしょう。それは東日本大震災福島第一原子力発電所事故を経験し、その後の各国からの支援を受け、一方でそれとは真逆の風評被害に苦しんでもきた私たちには容易に理解できることだと思います。

こうした「一律に排除」の考え方は、ヘイトスピーチに特有な知性の退廃を反映していると思います。反中や嫌中、あるいは嫌韓といった言説に特徴的なのは、世の中をあまりにも単純化して見ていることです。例えば「中国人の入国を止めろ」だの「韓国と断交せよ」だのの勇ましい言葉がネットにはあふれていますが、本当にそんなことをすれば経済は大混乱に陥り、それは回り回って自分にも不利益として跳ね返ってくるのです。

中国の政治の現状を信用できないという気持ちは分かります。私だって現状の中華人民共和国が様々な問題を(それも相当深刻で重大な)抱えていることは否定しません。でも、だからといってすべての中国人をその政体と一緒くたにまとめて考えるのは明らかに間違っています。要するに、問題をひとつひとつ辛抱強く腑分けして考え抜くことをサボっているのです。めんどくさいからみんな一緒に嫌っちゃえという考え方は粗雑すぎますし、やはり知性の退廃というしかありません。