インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

スポーツにおける暴力

先日、夕刻に何気なくテレビをつけたら、NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』という番組で過去の総集編みたいなのをやっていました。たまたまそこにプロレスラーのアントニオ猪木氏が登場し、氏のトレードマーク(?)である「ビンタ」を街で出会った人につぎつぎとかましていたのですが、まだこんなことをやっているんだ(いや再放送だから「まだこんなことを放送しているんだ」ですか)と思いました。

氏のビンタは「闘魂注入」と称されているそうで、けしかける笑福亭鶴瓶氏も、ビンタを受ける市井の人たちも、その「芸風」を楽しんでいる風情さえ感じられましたが、私には嫌悪感しか湧いてこず、すぐにテレビを消してしまいました。「闘魂注入」だなんて、まるで戦前の旧日本海軍が下級兵士を「教育」するため(その実、体罰)に使われた「海軍精神注入棒」と全く同じ発想ではありませんか。気持ち悪すぎません?

ネットで猪木氏のこの「闘魂注入ビンタ」を検索してみたら、こんな解説がありました。

国会議員当時の1990年5月16日、早稲田予備校での講演(題目「五月病卍固め」)で、予備校生のパンチを腹部に受ける余興を行った。その中の予備校生一人は、実は少林寺拳法の有段者であり、力を込めて殴った。この不意打ちに準備できなかった猪木は反射的に予備校生にビンタを打ってしまった。予備校生は猪木ファンであり、ビンタを受けた直後に「ありがとうございました」と一礼した。この様子は、テレビカメラにより録画されており、全国に流れた。その後、縁起が良いと東大受験生が受験前に猪木にビンタをお願いし、全員合格を果たした。このことから、縁起ものの『闘魂ビンタ』が生まれた……
猪木の「闘魂注入ビンタ」ってなんなの!? (2014年2月5日) - エキサイトニュース

「縁起もの」って、アンタ……自分で自分の頬を張って気合を入れるとかならまだしも、他人からそれを受けたら単なる暴力じゃないですか。洒落のわからないやつだなと思われますか? 総じて日本のバラエティ番組などに出ている古いタイプのお笑い芸人さんやタレントさんには、こうした「いじめ」や「暴力」と紙一重(もしくはそのもの)を芸風とする人が多いですけど、そんな芸はもう時代錯誤だと思います。いまは2020年ですよ。

そんな問題意識に重なる記事が昨日の新聞に載っていました。ヒューマン・ライツ・ウォッチが制作したこの動画です。「スポーツから子どもの虐待をなくそう」。芸能界だけでなく、スポーツ界にも、それも若い人たちに対する年配世代からの暴力が温存されている。私たちのこの日本の根深い問題を扱っています。


#スポーツから子どもの虐待をなくそう

ヒューマン・ライツ・ウォッチはニューヨークに本部を置く国際的な人権NGOで、世界各国の人権状況を監視し、告発と低減を行っている団体です。合わせて同団体の特集ページを見に行きました。機械翻訳などではない、きちんとした英語版・中国語版もあります。読み終わって、これは私たちの恥だと思いました。

www.hrw.org

「スポ根」という言葉が示すとおり、日本ではスポーツと根性が切っても切れない関係にあり、その根性の要求がエスカレートした末の暴力や抑圧とスポーツは深い親和性を示しています。いえ、多くのスポーツのおおもとがそもそも戦い・競うことである以上、どこの国にもそうした親和性はある、もしくはあったのでしょう。そうした戦闘性を現代に合わせてルール化しソフィスティケートさせたのがスポーツ競技であるはずですが、中にはそれを体現できない人たちがいるのです。

もちろん、すべてのアスリートやスポーツ関係者がそういう心性を宿しているとは思いません。私にも個人的にリスペクトしている素晴らしいアスリートは大勢います。でもそうした素晴らしい方々を遥かに上回る規模で、ここに告発されたような心性を深く宿して自省しない人々がまだ大勢いるわけです。近年では、例えば高校野球において過度の練習や試合への出場を制限する方策が取られ始めているとは聞いています。それでもこうして心あるアスリート自身が不利益に怯えながらも声をあげなければいけないのが現状だなんて。

上掲のヒューマン・ライツ・ウォッチによる告発サイトは膨大な文章量です。体罰・強要・強制・暴力・暴言、はては性暴力まで……読んでいて本当に胸ふたぐ思いですが、これは必読です。ヒューマン・ライツ・ウォッチの提言は主に以下の四項目に集約されています。

・スポーツにおいて、指導者によるスポーツをする子どもへのあらゆる形態の暴力・暴言等を禁止すること。
・暴力・暴言等を受けずにスポーツに参加する権利等、スポーツをする人の権利を明確にすること。
・スポーツをする子どもの指導者全員に研修を義務づけること。
・スポーツをする子どもへの暴力・暴言等に気づいた大人に通報を義務づけること。

こんな当たり前すぎるほど当たり前のことが、私たちの国では2020年の今日にいたっても確立されておらず、暴力を良しとする心性が温存されてきている。アントニオ猪木氏の「闘魂注入」が公共放送でなんの配慮も注釈もなく流れる。そうした日本の特異性があまりにも突出しているからこそ、こうした告発が日本語でなされることになり、なおかつ英語と中国語で世界に発信された……これが私たちの恥でなくてなんだというのでしょう。

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