インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

“好朋友”と“老朋友”

ネットで「中国語の“好朋友(親友)”は死語?」という話題に接しました。とある学校で教えておられる中国語の先生が「この単語はあまり使わないから」と教科書にある“好朋友”の入った例文を教えないのだそうで、すでにこの言葉は古くなってしまったのかと。

私は母語話者ではないので確実なことは言えませんが、“好朋友”は、フォーマルな場面では今でも使えると思います。例えば私のような中高年が“他是我四十年來的好朋友”などと言うのはごく普通ではないかと。少なくとも死語ということはないのではないでしょうか。

そりゃもちろん、くだけた言い方なら“兄弟”でも“闺蜜”でも“哥们儿”でも“姐们儿”でも“死党”でも“铁子”でも“发小”でも(あ、これは「幼なじみ」ですか)いいと思いますけど、語学の初中級段階では基本的かつフォーマルな言い方をまずおさえておく方がいいと私は思います。特に外国人の我々は。

周囲にいる中国語母語話者の留学生の十数名にも聞いてみましたが、全員「普通に使えるし、今でも使ってる」と言っていました。ただちょっと改まった感じ、ないしは子供が使うイメージがあるとのこと。「改まった感じ」と「子供が使う」というのは相反するように思うかもしれませんが、それだけベーシックな言葉ということなんですね。日本でも幼稚園生などにいきなり「マブダチ」は教えないでしょう。まずはお行儀よく「おともだち」と言いましょうね、と教える。それと同じです。

語学の教科書、それも初中級段階のそれは一般的にベーシックで硬い表現が載っているものです。私も教科書の中国語があまりにフォーマルすぎて、時に堅苦しくて、つい「もっとリアルなものを」と思っちゃうので、そういう例文を飛ばしたくなるお気持ちは十分に分かるのですが、くだけた言い方や様々なバリエーションは後からいくらでも学べるので、まずは手堅いところを学ぶのが吉かなと思っています。

qianchong.hatenablog.com

先生方の中には「大陸ふう」の“儿化音”や軽声を極端に排したり、逆に「台湾ふう」の言い方や繁体字(正體字)を「あれは正式な中国語じゃない」などと言ったりする方が時々いらっしゃるんですけど、私はもう少しフラットかつ広い視点で中国語を捉えて教えた方がいいんじゃないかなと思います。とはいえどこかに軸足を置かないと初学者は混乱するので、私は「教科書はこうだけれど、他の地方ではこうも言う」とか「いちおう基本としてこれを学ぶけど、慣れたら好きな方にシフトして」などと言うようにしてます。

中国語は話者の数が桁違いに多く、それだけにとてもバリエーションの豊富な言語です。「二人以上の中国語母語話者の前で『この表現はアリですか?』と聞いてはいけない、必ずケンカになるから」というのは、中国語学習者の間では「あるある」なんですけど、それだけ地方によって、また個人によって「これが中国語らしい中国語だ」という基準が千差万別ということですね。だから初中級段階では一応オーソドックスな教科書で素直に愚直に学んでおいた方が、あとで応用がききます。

いまふうの中国語は、いま現在はリアルかもしれないけれど、どこまでそれが続くのかも、どんな場面にまで敷衍できるのかも未知数です。初中級段階でそこに手を出すのは、ある意味リスキーです。だから教科書の中国語が「いまここ」のリアルな中国語と少々ズレていたとしても、それだけで「時代遅れ」とか「役に立たない」とか、ましてや「死語」などと言っちゃうとしたら、それは行き過ぎじゃないかなと思います。

ちなみに“好朋友”と似た言葉で“老朋友(旧友・古くからの友達)”という言葉もあります。これもかなりフォーマルというか、ふだん顔を突き合わせている人に使うとかえってよそよそしく慇懃な感じのする言葉です。決して悪い意味じゃないんですけど、ちょっと改まりすぎている感じ。

この“老朋友”で真っ先に思い出すのは、“樣板戲*1”のひとつ、現代革命京劇『紅灯記』に登場する日本の憲兵隊長・鳩山です。丸眼鏡にチョビ髭、でっぷり太ったお腹という典型的な日本人悪役造形のこの鳩山、鉄道のポイント切り換えの仕事をしている李玉和(実は共産党の地下工作員)を怪しいとにらみ、自宅に招待します。そして紋付袴姿で登場した鳩山が日本人訛りの中国語(といっても、それらしく喋っているだけで流暢な中国語ですが)で慇懃無礼に挨拶する際、この“老朋友”を使っているのです。


【经典老电影】【红灯记】1971 The Legend of the Red Lantern(高清HD)革命样板戏
※54:55あたりから。

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https://www.sohu.com/a/118949399_417856

これなど、日本人の鳩山がわざわざ“老朋友”を、それも内心憎々しく思っている相手に使っていることで「イヤらしさ」が醸し出されています。言葉は、ようは「言い方」や「用いられ方」なんですね。

*1:中国の文化大革命期に、江青などが主導して鑑賞を推奨した「革命模範劇」のことです。