通訳学校は現在、秋学期の生徒募集時期ということで、どちらの学校も無料公開講座やセミナーなどを開催されています。eラーニングやネット動画を使った教材も増えている昨今、毎週毎週教室に足を運んで訓練する昔ながらのやり方じゃなくてもいいんじゃないかと思われる方もいらっしゃると思うんですけど、私は、自分がかつてこうした学校に通った、あるいは現在も別の言語で毎週語学学校に通っている実体験に照らしても、通学には通学の大きなメリットがあると思います。もっとも私がこう語ると、単なる営業トークになってしまうんですけど。
通学するメリットのひとつは「フィードバックがもらえる」という点です。もちろん講師の先生からのフィードバックも貴重なんですけど、それと同じくらいクラスメートからの意見がとても参考になるのです。特に通訳学校や語学学校などは一般的に習熟度が同じレベルの方と一緒のクラスになっています。そういうほぼ同レベルで“志同道合(志を同じくする)”のクラスメートに、自分でも気づいていなかった弱点なり欠点なりを指摘してもらえる、これは本当にありがたいことでして。
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例えば私のクラスではよく「サマライズ」という訓練を行います。これは中国語なり日本語なりのまとまった音声や映像(五分間くらい)をメモを取りながら視聴して、その後すぐに別の言語で(難しければ同じ言語でも)一分間ほどに圧縮(要約)して話す、という訓練です。初めて見聞きした内容の、その骨子となる部分や重要な理路の流れを素早くつかみ、目の前にいる人にわかりやすく話すという訓練で、リスニングやスピーキングはもちろん、理解力や記憶力、当意即妙の表現力などが鍛えられます。
かつて私が通訳学校に通っていたときにもこの「サマライズ」訓練をやりましたが、そのときにクラスメートから指摘された多くの事柄は今でもよく覚えています。いわく「あなたは話すときに体が揺れている」「押しつぶされた猫みたいな声で喉がつらそう」……などなど、いずれも自分ひとりで練習しているときには全く気づいていなかった欠点を指摘してもらったのです。こうした欠点はそのままクライアント(お客様)の前でも出てしまうわけで、それはデリバリー(通訳の訳出)の評価にも直結します。
日本人にしろ華人にしろ、遠慮してはっきりした批評を述べたがらない方が多いので、この訓練を行うときは「自分のことは棚上げで」と繰り返し助言しています。目の前でサマライズをしているクラスメートを自分がお金を出して雇った通訳者だと仮定して、その上でそのクラスメートのパフォーマンスにお金を払えるかどうかという観点で批評してくださいというわけです。「自分のことは棚上げ」にしないと、お互い「何よ、じゃあアンタはできるの? やってみなさいよ!」ってな感じで険悪なムードになりかねませんから。
ともかく、こうやって「自分ひとりでは気づかなかった欠点を他人に指摘してもらえる」というのが、学校に通うメリットのうちでもかなり大きなものだと思います。人は誰しも自分に甘くなりがちですし、それにひとりで練習なり訓練なりをしていても「だからどうした」という気持ちになりがちなんですよね。例えば市販の通訳教材を使って録音を聞き、それを訳し終わっても……「で?」という感じがしませんか。何もフィードバックがないというのは、とても虚しい気持ちになるものなのです。
そこへ行くと教室では講師やクラスメートがフィードバックをくれますし、それ以前に他人に自分のパフォーマンスを聴かれている、見られているというだけで緊張感なりプレッシャーなりが、自宅でひとりで訓練しているときとは全く違います。
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そういえば、筋トレだって、自分一人でベンチプレスしていても、なんだか張り合いが少ないです。自分なりに目標を定めてやっているとはいえ、やり終わってもなんのフィードバックがないというのは、なかなかに虚しいものがあります。以前ひとりで一年半ほどジムに通っていた時期があるのですが、終始ひとりでやっていたためか、驚くほど効果が(ダイエットにしても筋肉増強にしても)ありませんでした。
これがパーソナルトレーニングだと、常にトレーナーさんが声をかけてくれますし、意識をすべき体の部位を触って教えてくれますし、終わったあとには声をかけてくれたり、課題点を指摘してくれたり、褒めてくれたりする。お世辞だとはわかっていても「ナイスファイト」とか「素晴らしい」とか「体幹が強くなりましたね」とか言ってもらえると、モチベーションも上がる。人間ってそういうものですよね。
中島敦の『名人伝』に出てくる弓の達人・紀昌みたいに、一人で山にこもって黙々と修行を重ねて高みに到達する孤高の方もいらっしゃるでしょうけど、私のような意志の弱い凡人は、やはり誰かにフィードバックをもらいながらでないと上達は望めないみたいです。