昨日、Twitterのタイムラインで拝見したこちらのツイート。
ふざけんな。
— 西川 匠 (@physio_tennis) 2018年10月11日
英語で選手に理学療法を提供できるようになるまでにどんだけの労力と時間とお金かけてると思ってんだ。
誰がやるんやこんな案件。
1日9時間、7日以上もプロとして仕事させたいなら最低200万+実費払え。そしたら応募するわ。
国も協会も終わっとるな。https://t.co/mk4sM6D5RU
2020年東京オリンピック・パラリンピックのボランティア募集については、これまでにも何度も記事を書いてきました。専門の技術を持った方々に「やりがい」や「レガシー」などの美名のもと無償での労働を呼びかける動きについての疑問。そしてそれが首尾よく成功してしまった後に現れるであろう、同様のイベントにおける無償労働の常態化に対する危機感。理学療法士さんの世界でも同じような問題があるのだと改めて知りました。
さっそくリンク先の「POST」という「理学療法士、作業療法士、言語聴覚士のためのリハビリ情報サイト」に行ってみましたが、「理学療法士の募集要件の記載が書かれていましたが、10月12日付で日本理学療法士協会会員の内部資料として会員限定情報と更新されたため、本記事内から削除させていただきました」とのこと。また日本理学療法士協会のウェブサイトでも「詳細はマイページにてご案内します」となっていて、理学療法士の方しか閲覧できないようになっています。批判を受けての措置かもしれません。
……ところが、ネットを数分検索しただけで、神奈川県理学療法士会のサイトから閲覧できる募集要項を見つけてしまいました。ネットってすごいですね。案の定、報酬については「宿泊や移動については、自身で確保、準備ができること。組織委員会から報酬の支払いはなし」だそうです。
http://pt-kanagawa.or.jp/1539222302981.pdf
この募集要項を読んでいるうちに、まったくの外野である私ですら「大丈夫かしら」と心配になりました。だって条件がものすごくハードなんだもの。この条件に合致して無償労働に応募するプロの理学療法士さんがはたして500名もいるのかしらん……こうした専門技術の有資格者、それも五年以上の実務経験に外語能力まである方を無償で労働させようという組織委員会は、かなり世間離れしていると断じざるを得ません。
そして、これも何度も申し上げていることですが、こんな悪しき「前例」を成功させてしまってはいけないと思います。これほどのひどい条件でも、なんだかんだいって高度な技術を持った有資格者が集まって成功してしまったという「レガシー」は、この仕事で稼いでいくことは無理だと理学療法士の方自らが宣言したに等しい世界を作りだしていくだろうからです。
前出のツイートをされた理学療法士さんは、ご自身のブログで今回の顛末をまとめられたうえで、このように結論されています。
僕は日本という国は大好きです。
美しいしご飯はおいしいし自然はキレイだしトイレも綺麗だしw
でも、こういう所は心底嫌いです。
そんでもって、PTとして、トレーナーとしては日本なんて小さな枠組みでは活動範囲を考えてません。
あくまで、世界の中の一つの国でしかないです。
だから魅力的な国があれば、窮屈な日本での活動なんてどんどん減っていくし、おそらく多くの専門職がそうなっていくだろうと思いますよ。
少なくてもPTやトレーナーは。
優秀な人材が日本から居なくなったその時、委員会やPT協会、スポーツ庁はどうするんでしょうね。
その時に必死こいたって手遅れですからね。
大人しく崩壊してくださいね。
こうした「負のレガシー」を大規模に残してしまうかもしれない2020東京オリンピック・パラリンピックのボランティア問題。私は、未来に対してはできるだけ楽観的な見方をしたい、また楽観的な方向へ持っていけるように物事を考え、行動していきたいと常に自分に呼びかけていますが、このブログを拝見して、夏目漱石が『三四郎』の冒頭で書いた、三四郎が列車の中で出会った男とのやり取りを思い出しました。
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。だからことによると自分の年の若いのに乗じて、ひとを愚弄するのではなかろうかとも考えた。男は例のごとく、にやにや笑っている。そのくせ言葉つきはどこまでもおちついている。どうも見当がつかないから、相手になるのをやめて黙ってしまった。すると男が、こう言った。
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」
この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯であったと悟った。
夏目漱石『三四郎』
青空文庫:https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/794_14946.html
組織委員会は、専門の技術を持った方にきちんと業務を委託し、正当な報酬を支払うべきです。
追記
今朝ネットで見つけたこちらの記事。医療関係者全体に、一部を除いて無償労働を求めると。ただでさえ忙しすぎて、その超過労働が問題になっている医療現場だというのに、集まるのかしら。