インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

義父と暮らせば:番外篇——家を処分する

昨年亡くなったお義父さんが晩年一人で住んでいた家。細君が幼い頃にお義父さんが購入したそうです。でも千葉県は柏市のかなり不便な場所にあり、私たち夫婦にとっては利用する術もなく、かといってそのまま放置しておくわけにもいきません。そこで不動産鑑定士さんにお願いして土地と建物の評価をしてもらい、合わせて売りに出したところ、ようやく買い手が見つかりました。

売れたといっても、文字通り「二束三文」です。細君が不動産の名義変更をした際に、司法書士さんから路線価などを元にした標準的な評価額を教えてもらいましたが、もとより古い家ですし、当然評価額よりずっとずっとずっと低い価格。とはいえ、私たちとしては家の中の膨大なモノの処理や、老朽化した家屋の取り壊し、その後の土地の整備などで「持ち出し」がなかっただけでも本当に幸いでした。買い手の方と、そうした費用も「込み込み」という条件の上、「二束三文」の価格で折り合ったのです。

だいたい、この土地と家はもともと私たちのものではありませんし。無から有を生じるほど、それが金銭にからむことであるほど、人の心は乱れるし厄介を呼び込む。だから遺産だの相続だのということに対しては一片の欲も持つまい——それが私たちの基本スタンスです。ですから元よりこの土地と家を資産だなどとは考えませんでしたし、こうやって「とんとん」で持ち出しがなかっただけでも「御の字」でした。

ただまあ、細君にとっては幼い頃から過ごしてきた思い出のある実家です。それなりに感傷もあるかと思っていましたが、何度か通って必要なものを引き取り、ゴミを処分し、ご近所さんにも私を伴って挨拶など済ませ、清々とした表情で無人の家屋に「長い間お世話になりました」と告げて帰ってきました。素晴らしい。お義父さんにとっては、マイホームをそんなに未練もなくあっさり処理されちゃって、ちょっと不服かもしれないですけどね。ごめんね。

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……しかし、ご近所にご挨拶に行ったときにしみじみ感じましたが、周囲のどのお宅も、お義父さんとほとんど同じ状況なんですね。つまり、高度経済成長期に、言葉は悪いけれど不動産屋さんに「だまくらかされて*1」マイホームを構え、その後子供たちは都心への通勤に不便なその家には住んでくれず、高齢化して伴侶に先立たれ、結果、無駄に広くなってしまった家に一人で暮らしている……というパターンが多いのです。

細君は、ご近所のお年寄りたちに「ねえ、いくらで売れたの?」と何度も聞かれたそうです。ご自分の土地や家が将来どれくらいの価格になるのか、その「先例」を知りたかったのでしょうけど、言葉を濁すしかなかったそう。それくらい文字通り清々しいほどの「二束三文」だったのですから。

先日読んだ『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』という本にも、全く同じような例が挙げられ、なおかつそれが将来のリスクになると記されていました。千葉県のこの小都市だけではありません。私が今住んでいる東京都の23区内だって、周囲にはお年寄りだけの世帯、あるいは空き家と思しき住宅が散見されます。

qianchong.hatenablog.com

もちろん、それぞれの家族にそれぞれの家族に合った生き方・暮らし方がありますし、どう「住まう」のかはそれぞれの自由です。それでも、公共交通機関で、駅で、テレビや新聞、雑誌などで、またうちにも頻繁にポスティングされるチラシなどで、いまも何十年前と変わらず、そう、お義父さんがマイホームを買った頃と変わらぬトーンで業者が「マイホーム」への夢を煽り立てているのを見るにつけ、もうそんな時代ではないんじゃないかな、と思うのです。

追記

そんなことを考えていたら、先日、こんな記事に接しました。

bunshun.jp

私はその記事を紹介されていたTwitterのツイートに、こうリツイートしました。

かつて職場の命令でしぶしぶ受験して資格を取った「簿記」ですが、こういう時はとても役立ちます。かつての職場に感謝です。

*1:敢えてこう言っちゃいます。都心からゆうに一時間以上はかかり、なおかつどの最寄り駅からもバスで20〜30分もかかるようなこの場所に土地と家を買っちゃったんだもの。当時はもうすぐこのあたりに地下鉄が通るなどといった類のセールストークもあったそうです。結局何十年経ってもそれは実現しませんでした。