インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

能楽を盛り上げる「熱」について

勤務先の学校では、世界各地から集まった約80名ほどの外国人留学生が、日本語と通訳・翻訳などを学んでいます。せっかく日本で学んでいるのだからということで、日本文化に関するカリキュラムもいくつか組まれているのですが、そのうちのひとつに伝統芸能鑑賞があります。能楽や歌舞伎、文楽などの公演を観に行くのです。

ただ観に行くだけではもったいないので、事前にそうした伝統芸能の基礎知識を勉強したり、もし日本の伝統芸能を諸外語で発信するとしたらどんなふうに伝えるか、訳すか……を考えたりといった課題を作って授業を行っています。

今年は、東京にある国立能楽堂の「能楽鑑賞教室」に留学生全員で参加しまして、私はその際に能楽堂に置かれていた「能楽入門」というパンフレットをもらってきました。日本語版の他に英語版や中国語版もあります。ほかにも以前、個人的に国立能楽堂の公演を観に行った際、「学んでみよう能・狂言」というパンフレットをもらったこともあり、こちらも日本語版や英語版、中国語版を手元に持っています。

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しかも毎年卒業前に同時通訳による講演会通訳実習があって、今年は能楽に関する講演を専門家の方にお願いしました。ちょうど今年は「能楽鑑賞教室」で能楽に触れ、少なからぬ留学生が「すばらしかった!」と言っていたことでもありますし、もう少し基礎知識や専門知識を勉強して通訳実習に望めば、それなりの成果が望めるのではないかと期待しています。

というわけで、国立能楽堂に連絡して、こうしたパンフレットを留学生用にもう少しいただくことはできませんかと相談してみました。無断でコピーするのは、やはりまずいですもんね。それで、まず「学んでみよう能・狂言」について聞いてみたのですが、「それはなんですか?」と言われました。あれ? このパンフレットは国立能楽堂でもらったのですが……。

でも色々と聞いてみると、このパンフは国立能楽堂ではなく、公益社団法人能楽協会が発行しているものなのでした。そう言われてみると表紙には「能楽協会」と書かれています。私は国立能楽堂能楽協会を漠然と一緒くたにして考えていたわけですね。「能楽協会の配布物については能楽協会に聞いてください」と言われたので、じゃあ国立能楽堂が配布している「能楽入門」を分けていだだけませんかとお願いしてみました。

そうしたら、担当の方が「ちょっとお待ち下さい」と電話を保留にすることしばし(たぶん上司の方と相談されていたのだと思います)、「基本的には能楽堂に来られた方のための配布物なので、ご希望には添いかねます」とのお返事。もちろん複写もだめとのこと。でももう一度留学生全員で国立能楽堂まで出かけてもらってくることもできないので、「能楽入門」を教材に能楽を学ぶという教案はあきらめました。

一方、「学んでみよう能・狂言」を作っている能楽協会にも連絡して、同様の趣旨を説明したのですが、こちらも非常に事務的な対応で「けんもほろろ」でした。もちろん複写も不可で、使いたいなら英語版と中国語版を一冊220円で販売しているのでそれを人数分購入してくださいとのこと。う〜ん、まあ220円×80名=17600円ですから、それくらいは上司と交渉して出してもらいましょう。

うちは私学ですし、もちろんこういった教材はキチンと予算を組んで購入し、教育に使うべきです。その点で国立能楽堂さんも能楽協会さんも当然の対応ですし、それを批判するつもりはまったくないのですが、ただあの事務的な冷たい対応が何となく心にひっかかりました。留学生が能楽を学びたいと伝えても、何というのかな、「それは嬉しいですね!」といった「熱」を電話口から感じなかったのです。

パンフをタダでくれなどと図々しいことを言うつもりはありません。それは予算を組みますからいいのですが、電話口で「わー、それはぜひ予算を組んでいただいて、留学生の方に学んでいただきたいですね!」みたいに盛り上がる「ノリ」がぜんぜんないのです。事務的な声で、ダメです、できません、ありません、他をあたってください……と否定一辺倒で。能楽の伝統を保持し、普及・発信していくのがお仕事のはずなのに、どうしてあんなに「熱」がなく、消極的なのかなと。

でもそこではっと気づいたのです。そうか、国立能楽堂能楽協会にお勤めの方が、必ずしも能楽関係者とは限りませんよね。だから他の団体の発行物については知らないし、外国人への能楽の普及にもあまり熱い気持ちを持っておられないわけです。そして国立能楽堂文部科学省文化庁)所管の独立行政法人日本芸術文化振興会ですから、いわゆる「お役所的」な対応も不思議ではないのかもしれません。能楽協会能楽師の方々の団体ですからお役所ではありませんが、事務局の方が能楽関係者とは限らないですもんね。

諸外国の、伝統芸能に対する、特に教育における普及に対する「熱」の入れようはどうなんでしょう。芸術や文化の大切さについて理解の深い国や政府なら、こういったところに大きな予算を割くのではないかと思いますが、今回感じた「熱」の低さを見る限り、本邦ではあまり予算が回っていないような印象を持ちました。国立能楽堂さんも能楽協会さんも大変ですよね。