インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

Spotifyもやめちゃった

これまで、音楽ストリーミングサービスのSpotifyを「プレミアム」、つまり広告なしで聴き放題できるというプランで利用してきたのですが、先日無料プランに戻しました。追って退会手続きもしようと思っています。

Spotifyはポップスやロックはもちろん、私の好きなクラシックやC-POP、さらにはフィンランドの流行歌から「懐メロ」まで聴けるという素晴らしいサービスで、一時期は自分でプレイリストも作るくらい使い込んでいました。ところが最近ふと、そんなに「ときめいていない(こんまり氏みたいですね)」ことに気づいたのです。

ありとあらゆる楽曲が聴けるし、同じ曲でも様々なアーティストによる演奏を聴き比べることができる。当初はそんな環境にワクワクしていたのですが、それが随分色あせて感じられるようになりました。飽きたといえばそれまでですが、何かこう、そうやって大量のコンテンツにいつでもどこでもアクセスできるという状態そのものが、暮らしのありようとして過剰なのではないかと思うようになったのです。

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例えばバッハの『ゴルトベルク変奏曲』、その最初に出てくるアリアは私にとって一種の精神安定剤みたいなもので、殺人的な込み方の満員電車に乗っているときなど、よくこれを聴いて現実逃避をしています。それで、Spotifyを検索して見つかるありとあらゆる『ゴルトベルク変奏曲』のアリアを集めて、プレイリストまで作りました。ピアノやチェンバロはもちろん、弦楽四重奏版や金管楽器版、ジャズ風のアレンジからコーラスによるもの、ギター版、オルガン版などなど、様々な演奏があって面白いのです。……でも。

やっぱり私が好きなのは、若い頃から何百回・何千回と聴いてきた「座右の名盤」ともいうべき、グレン・グールドによる演奏で、結局ここに戻っちゃう。だったらもうそれでいいんじゃないかと。もちろん、Spotifyであれこれ聴いたからこそそう思えるようになったのですから、これは必然のプロセスだったのかもしれません。そしてまた一方で、新たな出会いへの道を封じてしまったら、頑迷固陋なお年寄りまで一直線じゃないかとも思うんですけど。

ただ、上述したように「大量のコンテンツにいつでもどこでもアクセスできるという状態」を保有していることが、逆説的なようですが一期一会的な作品との出会いを遠ざけてしまっているのではないかと思います。書店や図書館に行くと、世の中には自分の読んだことがない様々な本が膨大にあって、自分が生きている間に読めるのはその何千分の一・何万分の一(あるいはそれ以上)なんだという一種の目眩というか焦燥感みたいなものに襲われますが、だからといってそれらの本すべてが自宅にあって、いつでもアクセスできる状態を作りたいかといえば、そんなことはないんですよね。

すべてを読めるわけはないし、だからこそ本との出会い、というか「ご縁」みたいなものを大切にしたいと思う。実際、自分の人生になにがしかの糧を与えてくれた幸せな読書体験というのは、何か本の方から呼ばれるような不思議な邂逅から始まっていることが多いのです。そのために私はネット書店だけでなく、実店舗の本屋さんにもできるだけ出向くようにしています。そして実店舗では全部の本を手にとって開いてみることはできないから(ネット書店でもできませんけど)、アンテナの感度を上げるような、嗅覚を鋭くさせるような、そういう「体制」を意識して本を手に取るようになります。

Spotifyで次々に音楽を聴いているときに感じたのは、その「体制」が取りにくいということなのです。音楽という形のないものだからかもしれませんが、ついつい聴き流してしまう。リストにある楽曲はすべて同じようなフォーマットで並んでいますから、一つ一つの特徴がありません。いきおい、ポンポンとクリックして聴き流すようになるのです。いま聴こえている音楽の向こうにまだ無尽蔵のコンテンツがあるというその設定が、音楽に対してとても粗雑な態度を許してしまうような気がするんですね。

そういえば、私はiTunes Storeで米津玄師氏の楽曲をいくつか購入してスマホで聴いていますが、それはもう歌から演奏から、演奏の例えばベース音の推移から電気的な装飾音まで、くり返し深く聴き込んでいます。こういう聴き方のスタンスをSpotifyで配信される音楽には取っていないなと。米津玄師氏は現在のところSpotifyに楽曲を提供しておらず、その理由も知らないのですが、ひょっとしたら私が感じたようなスタンスで作品を聞き飛ばされてしまうことに納得がいっておられないのではないか、そんな勝手な想像を巡らせました。

以前にもご紹介した、林伸次氏のコラム『ワイングラスのむこう側』(cakesで連載中)にこんな記述がありました。

あるいは河井くん、まだレコードを買ってるんですね。それは僕が教えたからだそうなんですけど、今僕はSpotifyでばかり音楽を聴いているので、「Spotify便利だよ」って勧めたんです。河井くん、朝ご飯の時にグルダモーツァルトピアノソナタを聞くらしくて、僕が「Spotifyがあったらグルダ以外の色んなピアニストのモーツァルトピアノソナタをその場で聞き比べできるんだよ」って言ったら、「なんでそんなことするのかわかりません。僕、グルダの演奏気に入ってるんで」って言うんです。いやあ、ほんとそうです。
cakes.mu

いやあ、ほんとに……そうですね。