インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

翻訳の好みは人それぞれ

留学生の通訳翻訳クラスで「通訳翻訳概論」という授業を担当しています。通訳学や翻訳学の専門家でも何でもない私が担当するのは正直に申し上げて荷が重すぎるのですが、「そもそも通訳や翻訳とはどんな営みなのか」を様々な例を挙げながら学んでいくという内容で、不肖ながら私が受け持っています。

留学生のみなさんはこれまで日本語学校でひたすら日本語のレベルアップを目指してきた一方で、日本語から英語や中国語に訳す、あるいはその逆というのはほとんどやって来なかったので、「訳す」ということそのものがよく分からない、あるいは通訳と翻訳の違いが分からない……という方が意外に多く、それでこうした授業を作ろうということになったのでした。

先日は「意訳と直訳」と「信・達・雅」について、伊丹十三訳のW・サローヤン『パパ・ユーア・クレイジー』や、ネロを「清」・パトラッシュを「斑」とした日高善一訳の『フランダースの犬』、映画『カサブランカ』の名字幕「君の瞳に乾杯」、そのほかにも「インテル、入ってる」や「可口可乐(コカコーラ)」などなど、さまざまな例を紹介しながら、みなさんに時と場合に応じた翻訳のあり方について議論してもらいました。

さらに、村上春樹氏の『ノルウェイの森』から一節を拝借して、英語と中国語それぞれお二人ずつの翻訳者による翻訳を読んでもらい、これについても議論を行いました。

■原文(村上春樹・作)
飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、天井のスピーカから小さな音でBGMが流れはじめた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏するビートルズの『ノルウェイの森』だった。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。いや、 いつもとは比べものにならないくらい激しく僕を混乱させ揺り動かした。


■英語訳(Alfred Birnbaum・訳)
The plane completes its landing procedures, the NO SMOKING sign goes off, and soft background music issues from the ceiling speakers. Some orchestra's muzak rendition of the Beatles' "Norwegian Wood." And sure enough, the melody gets to me, same as always. No, this time it's worse than ever before. I get it real bad. I swear my head is going to burst.


■英語訳(Jay Rubin・訳)
Once the plane was on the ground, soft music began to flow from the ceiling speakers: a sweet orchestral cover version of the Beatles' "Norwegian Wood." The melody never failed to send a shudder through me, but this time it hit me harder than ever.


■中国語訳(林少华・訳)
飞机刚一着陆,禁烟字样的显示牌倏然消失,天花板扩音器中低声传出背景音乐,那是 一个管弦乐队自鸣得意演奏的甲壳虫乐队的《挪威的森林》。那旋律一如往日地使我难 以自已。不,比往日还要强烈地摇撼着我的身心。


■中国語訳(賴明珠・訳)
這時,飛機順利著地,禁菸燈號也跟著熄滅,天花板上的擴音器中輕輕地流出 BGM 音樂來。正是披頭四的“挪威的森林”,倒不知是由哪個樂團演奏的。一如往昔,這旋律仍舊撩動著我的情緒。不!遠比過去更激烈地撩動著我、搖撼著我。

興味深かったのは、英語のAlfred Birnbaum訳とJay Rubin訳、中国語の林少华訳と賴明珠訳、それぞれ好みがほぼ半々に分かれたことです。しかも一方は村上春樹の文体をよく再現できているけれど、もう一方は「村上春樹っぽくない」という人がいる一方で、その同じ訳に対してまったく反対の意見も数多くありました。また一方を「意訳に傾いている」と思う人がいる反面、その同じ訳を「直訳に傾いている」と感じる人も。もとより翻訳に「正解」はないのですが、人によって受け止め方がこれほどまでに多種多様なのがおもしろいです。

中国語の翻訳については、やはり地域差で好みが分かれるようでした。つまり、中国大陸出身の留学生は林少华氏の翻訳を好む一方で、台湾出身の留学生は賴明珠氏の翻訳を好む傾向が強いです。これは予想通りで、やはり自分がこれまでに触れてきたタイプの文体をより読みやすく、好ましく思う一方で、同じ中国語ではあるけれども異なる文化背景(といってしまってよいのか分かりませんが)から生み出されてきた文体には違和感を持つようなのです。

うちの学校では、英語も中国語も巨大でグローバルな言語であるだけに地域差や文化背景によるバリエーションが多様であると認識すること、そうした多様性を積極的に受け入れて自らの小さな言語観に安住しないこと……を教学の柱に据えています。その狙い通り、今回も「センセ、この中国語は文法が間違ってます」と発言する留学生がいたりして、そしてそれについて反論がなされたりして、なかなかおもしろく刺激的な授業になりました。

……おもしろいんですけど、ひとクラス40人近くいて、しかもみなさんとてもポジティブで日本的な「空気読め」とは無縁の方が多い留学生で、そのみなさんがあちこちで英語と中国語と日本語で侃々諤々やっているものですから、こちらはその熱気につきあうだけでどっと疲れてしまいます。ああ、若さっていいなあああ。

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