インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

チャイニーズのみなさんは立ち食いと冷えた料理が苦手

先日、華人留学生の通訳教材で“立餐宴會(立食パーティ)”という中国語が出てきたのですが、みなさんそこで一様に「うっ……」と訳出が止まってしまいました。ちなみに今、Googleの中国語インプットメソッドで「lican」と打っても、変換候補に“立餐”が出てきません。華人にとって立食はほとんど存在しない概念なんですね。というか、教材の“立餐”は日本語の「立食」をムリヤリ中国語に訳した感が強いです。

これまで何十人もの華人に「取材」してきたのですが、立ち食い、それも箸やお椀などの食器を使った立ち食いは「苦手」「身体に悪い」「どうしてもできない」という方がほとんどでした。来日何十年の華人でも、駅などの「立ち食いそば」は未経験という方が多いです。最近のごくごくお若い方はむしろ「立ち食いそば」を日本的なアイコンとして楽しんじゃうノリの方もいらっしゃるようですが。

華人のみなさんは、立ち食い全体が苦手なわけではなく、ファストフードみたいなのとか、屋台の食べ物なんかはよく立ち食いしています。でもお弁当とか、飲食店で食器、それも箸や食器を使うような場合は、立ち食いを敬遠されるようです。万やむを得ない場合はその場に「しゃがむ」。だから立ち食いそばはもとより、オープン当初は立ち食いが一種の名物だった「いきなりステーキ」とか「俺のフレンチ」みたいなのも、ちょっと想像の範疇を超えるみたいです。

ちなみに先日はお若い華人留学生のみなさんから「どうして日本人は『立ち食い』が好きなんですか? いつも忙しく働いてるから時間の節約ですか」と聞かれました。私はとっさに「う〜ん、多分そうじゃなくて、江戸時代に寿司や蕎麦なんかがファストフード的に広まって、それが立ち食いだったからじゃないかな」と答えましたが、根拠はありません。ちょっと調べてみましょうかね。

f:id:QianChong:20190624205415p:plain
https://www.irasutoya.com/2015/05/blog-post_624.html

私は立ち食いそばが好きですが、立食パーティというのは何度参加しても慣れません。片手でグラスとお皿を器用に持ち、人混みをかき分けて移動するのが下手なのです。最近は参加する機会もないので状況はわかりませんが、以前の日中関係・日台関係のレセプションなど、けっこう立食式(ビュッフェ形式?)の会が多かったように思います。食器を用いた立食が苦手な華人がゲストなのに、このあたりは「おもてなし」の想像力が働かなかったのかなあ。

ちなみに華人は冷え切った食事もあんまり好きじゃありません。もちろん中国系の料理にも冷たいものはありますけど、冷たいものを食べると身体に悪いと幼い頃から信じていますし、実際具合が悪くなる方もいます。お菓子やサンドイッチのような軽食ならまだしも、基本的に料理は「あつあつ」「ほかほか」、それも舌を焼くほどの……が大好きな人々なのです。

うちの学校でも、合宿などを行うと一番評判が悪いのは冷えた食事です。学校側には何度も申し入れているのですが、なかなか改善されません。予算の都合もあるんでしょうけど、華人がどれだけ難儀に思っているか想像しにくいんでしょうね、郷に入っては郷に従えとはいえ。

企業のランチミーティングなどでも上等な松花堂弁当なんか取ってくださることが多くて、これはむしろ海外からのお客様に日本風のお弁当を味わってもらいたいという「おもてなし」の発露なんですが、当の華人はというと、一応社交辞令で「おお、美しいですね」などとおっしゃるものの、あまり喜んでいません。せめて熱々のスープか味噌汁でもあれば救われるんですけど。

私はこれ、単に食事の好みをこえて、ほとんど宗教上の理由で何々が食べられないみたいなのと同じくらいの扱いをしなきゃいけないんじゃないかと以前から思っているのですが、わかってくださる日本側のクライアントは少ないです。中国系の料理って、それだけで一つの膨大な文化を形成していて充足できるからか、華人は食に対してかなり保守的なんですよね。朝はトーストに味噌汁で、昼はハンバーグカレーで、夜はチューハイ片手に「餅入りチーズキムチもんじゃ」とか、そういうクロスオーバーな(無秩序な?)食文化を享受している私たちにはなかなか理解が深まらないところなのです。