インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「30歳の段階で貯金ゼロだった」をめぐって

こちらはTwitterのタイムラインで偶然目にした、ちきりん氏のツイートです。

わはは、私もそうでした。貯金ゼロどころか親や知人に借金までありました。美術大学を卒業して(当然のごとく)路頭に迷って、五年ほど九州の田舎町で農業のまねごとなどをしていたのですが、それもたち行かなくなって東京に舞い戻り、小さな出版社に勤め出したのがちょうど30歳の頃でした。給与はあっても、いつも「かつかつ」で、会社がある街の通りを歩きながらよく「ここを行き交う人々のなかで、自分が一番お金持ってないだろうなあ」と自虐に沈んでいたことを思い出します。サラリーマンだったのに、会社に営業に来た某信販会社のカード審査に落ちたのもいい思い出です。営業に来ておいて、申し込んだら落とすんだもの、ひどいですよね。

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https://www.irasutoya.com/2017/08/blog-post_880.html

それでも、「自己投資」などという意識は全くなかったものの、中国語にハマって(中国語に限らず、語学はハマると抜け出せないほどの魔力を持っているようです)そこにだけはお金を使っていました。けっこうブラックな会社だったのに、残業を早朝出勤でクリアしつつ、よく週三回も学校に通えたもので、若いときの体力って、すごいです。その当時は中国語を仕事にするなど考えたこともなく、クラスメートとも「趣味だから楽しいんだよね。仕事にしちゃダメだよね」と言い交わしていました。

それが結局仕事になってしまったのは単なる偶然ですが、お金は、特に若いときのお金は、貯蓄にだけ回すのではなく自己投資に使えというちきりん氏のご意見には大賛成です。そしてそれは、中高年になっても基本的に同じではないかと思っています。これから先、あと何年稼いでいけるかを考えると、ついつい長い老後が不安になって守りの態勢に入り、貯蓄にいそしむようになるのが人情だとは思いますが、自分の現在のスキルがいつまでも売れないからこそ、新しい学びが、そのための投資が必要なんじゃないかと。

昨日の新聞朝刊に「万が一のとき、身の回りを整理し、他人に迷惑をかけない程度の資金くらいは遺したい」という惹句で、月々ワンコイン(500円)程度から加入できる掛け捨て死亡保険の全面広告が載っていたんですけど、こんな定期出費をするくらいなら、私はネットの古本屋さんでも渉猟して、新しい学びを得る方に使いたいです。