インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

小学二年生に圧倒されました

先日のお能の「温習会」、番組の一番最初は男性参加者による連吟「猩々」でした。お師匠がFacebookに写真を投稿されていましたが、ずらっと並んだ紋服姿のおじさんたちの前に、かわいい少年が一人座っているのがお分かりでしょうか。


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この少年は小学校二年生、当日が初舞台で「猩々」のシテ謡を謡ってくれました。いや、「くれました」などとエラソーに書いている場合ではありません。後列で謡っていた私は心底たまげました。少年の謡が力強く朗々としていて、それはそれは素晴らしかったからです。

こうした文脈で書かれる「少年の謡が素晴らしかった」に類する記述は、まあ何と言いますか、往々にしてお愛想であったり、微笑ましさを愛でる気持ちであったり、天真爛漫な子供の姿に目を細める大人の余裕であったり、総じて「上から目線」臭を巧みに隠蔽したものでありがちですが、いや、今回に限っては私、掛け値なしに「すごい、素晴らしい!」と思いました。

温習会が終わった後の反省会、もとい、懇親会で大先生(おおせんせい)、つまりお師匠のお父上から明らかにされたいきさつでありますが、くだんの少年は、大先生の出演する能のビデオを見てその虜になり、たまたま自宅が近かったということもあって直接「会いに行ってもいいですか」とのお手紙をしたためたよし。

そののち稽古場をたずねてきた少年に、お師匠が「ちょっとお稽古してみる?」と水を向けるや、嬉々として応じ、わずか数回のお稽古を経て先日の連吟「猩々」のシテ謡をあいつとめ……って、こうやってここまで書いていてもちょっと信じられないくらいの見事な上達ぶりです。

しかも謡だけでなく、彼は仕舞「安宅」も舞いました。私は以前「安宅」の舞囃子を舞って謡を覚えていたので地謡に入らせていただきましたが、冒頭の難しい間合いで始まる足拍子の踏み方からして完璧なその舞を見つつ謡いつつ、「すごいなー、すごいなー」と心の中で繰り返さざるを得ませんでした。

少年は連吟と仕舞を終えると、楽屋でさっさと着物と袴を脱ぎ、持参したリュックから本を取り出して読み始めました。小学二年生が寸暇を惜しんで読んでいたその本は『コロコロコミック』や『名探偵コナン』ではなく、なんと『能百番』でした。書中に大先生の写真を見つけて「あ、これ先生だ」って無邪気に話しかけちゃって、うわあ、オレだってお話ししたいのだ。少年よ、超羨ましいぞ。

実は大先生、先日の会で大曲「小原御幸」を舞われたのですが、その会を「見に行きたい」という少年に大先生は、小原御幸は動きもほとんどなくてとりわけ玄人好みの番組であるため、たぶん寝ちゃうと思われたのでしょう、「およしなさい」と伝えたそうです。ところが少年は最前列の席をおさえてきっちり鑑賞し(こうやって送り出す親御さんのご理解の深さにも感銘することしきり)、なおかつ終演後には「なぜ面は『小面』ではなく『増』なんですか」と質問したというんですから、もうホントですか。

子供が何かに夢中になっている姿を見るのは本当に心和むものですが、この少年の場合はちょっともう並外れています。末恐ろしい、いえ、このままお稽古を続けていった末が楽しみです。次の温習会にも参加してくれたらいいなあ(……っと、またちょっと「上から目線」に戻ってしまいましたね)。才能とご縁が幸運な出会いを果たすのを見ていると、こちらまで幸せな気持ちになります。