インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ボランティアに頼る「商売」はおかしいと思います

先日、Twitterのタイムラインにこんなツイートが流れてきました。


http://www.iibc-global.org/iibc/activity/volunteer/rugby.html

詳細はリンク先にあたっていただくとして、概略だけ記すと「2日間で、拘束時間は合計12時間。10名募集。イベントTシャツとイベントタオル、それに全日程合計で2000円の交通費を支給」とのこと。よくあるタイプのボランティア募集広告ですが、これは地域振興も兼ねてはいるけど「スーパーラグビー」というプロリーグのイベントですよね。それならきちんと予算を組んで、通訳者に報酬を出してほしいと思います。

しかももっと不思議なのは、このツイートをTOEICの公式アカウントが発信されていることです。ビジネスで英語を使うこと、つまり「英語で食べていく」ことを目標として検定試験を運営している団体が、なぜ「通訳という作業は無償でよい」という風潮を後押しするのかが分かりません。

スポーツの国際大会は「通訳ボランティア」の募集が盛んなようで、ネットで検索すると驚くほどたくさん見つかります。例えば、この「神戸マラソン」。

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http://kobe-marathon.net/2018/volunteer/group.html

募集要項を拝見すると、語学への軽視もさることながら、報酬・交通費・食事一切提供なし、雨天でも傘を差せず、更衣室もなく、貴重品等は自己管理だけどリュック等は禁止、ケガ等は保険の適用範囲(詳細不明)のみ、場所によってはトイレも行けず……と、なかなか過酷な条件です。

kobe-marathon.net

ウェブサイトを見ると、26ものスポンサー企業が名を連ねています。なぜそうした企業とも協力し合って、通訳者に報酬を出し、安全を確保してあげようとしないのでしょうか。言葉が通じないというのはとても大きなリスクです。そのリスクを回避するために通訳者の存在が必要になるわけですが、それを「ボランティア」の美名で募るという、善意のみに頼った大会運営は、失礼ながら破綻していると申し上げるほかありません。

地域のイベントを手弁当で盛り上げようというのは分かるんです。また社会的弱者のためのボランティアであれば語学の技術を無償で提供するのも「あり」だと思います。かくいう私だって、いろいろと参加したことはあります。でも多くのスポンサー企業がつくイベントでそれはないだろうと思うのです。地域振興でもあるけれど「商売」でもあるじゃないですか。商取引には相応の報酬が用意されなきゃおかしいですよ。

「商売」といえば、これも「通訳 ボランティア」でネットを検索して意外に多く見つかるのが外国の豪華客船、クルーズ船が日本に寄港した際の観光客対応です。募集要項には「日常会話程度で可」とか「専門知識は不要」といった記述が散見されます。こうした行政のスタンスを見るにつけ、通訳なんて「話せれば訳せる」簡単な作業だと思われていること分かります。

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広島のみなと
境港クルーズ客船観光案内ボランティア募集
www.kankou-nichinan.jp
www.city.abashiri.hokkaido.jp

以上に上げたリンクは、ほんの一部です。財政難のなか地域振興をというお気持ちは分かりますが、これももう完全に「商売」の世界ですね。通訳という技術を無償奉仕に頼るのは大いに疑問がありますし、そも「通訳」や「語学」に対するリスペクトの欠如があまりにも露骨に見えていて、内心穏やかならぬものがあります。

しかも不思議なのは、そうした活動の多くを、地元の大学や高校が「語学の練習ができる」と積極的に協力していることです。外語を学んで、それを社会で活かしながら仕事をしていこう(食べていく=報酬を得る)という生徒さんがいる学校が、みずから「自分の首を絞める」ような行為を後押ししているではありませんか。

これでは生徒さんに向かって「いまあなたが学んでいる技術では食べていけないですよ」と宣言するようなものです。語学系の学校であればなおさら語学についてのしっかりした矜恃、つまり技術の習得は容易ではなく、だからこそ、その技術の使用には責任がともない、相応の報酬も必要であるということを教えてほしいと思います。

外国人観光客と地域の人を繋ぐ、通訳ボランティア | 福井大学
www.kobe-cufs.ac.jp
this.kiji.is
www.youtube.com

外語を「話せなければ訳せない」のは当然ですが「話せれば訳せる」わけでもない、というのは外語教育に携わるものなら自明のことです。しかもその道のプロを社会に送り出そうとする教育機関が、通訳など外語を話せれば簡単だ、無償でいいのだという社会通念を広める活動になぜ加担するのかが判りません。

学生のうちは訓練として無償で通訳や翻訳をします、でも卒業してプロになったらきちんとした労働の対価を頂きますといって、「はいそうですか」と予算を組み、報酬を出す官庁や企業は少ないでしょう。大抵は安かろう悪かろうに陥り(実際一部ではそうなりつつあります)、ひいては粗雑なコミュニケーションが蔓延して国益を損なっていくのです。

国益」なんてナマな言葉はあまり使いたくありませんが、実際にこの国の、外語や異文化・異言語コミュニケーションに対するナイーブさや無邪気さを日々実感(例えば「言葉は拙くても誠意があればきっと伝わる」など。伝わりません)している者としては、声を大にして申し上げねばなりません。

東京では2020年にオリンピック・パラリンピックが開催されます。その際にも通訳者を含む様々な業種・作業のボランティアが募集される(確かこの七月から本格的に募集が始まるはず)と聞いています。私が勤務している学校にも語学を学んでいる留学生がたくさんおり、ひょっとして「動員」がかかったりするんじゃないかといまから心配しています。もちろん参加不参加は個人の自由ではありますが、ボランティアの美名に名を借りた過酷な労働ではないのか、無償で自分の技術を提供する(しかも営利目的に巨大スポーツ大会に)意義はあるのかだけでも検証し、伝えたいと思っています。

qianchong.hatenablog.com

それにしても……。語学(なかんずく英語)に全国民をあげて狂奔させる一方で、社会全体にはまだまだ、あちこちに語学に対するあまりにもひどいリスペクトの欠如が見られます。これは政府や企業だけでなく、私たち一人一人が胸に手を当てて考えるべき問題ですね。私たちは何のために語学を学ぶ・学ばせるのかと。

qianchong.hatenablog.com

追記

今朝、留学生のみなさんにも「やりがい搾取」への注意喚起を行おうと、あらためて神戸マラソンのウェブサイトに行ってみたところ、昨日まであった「ボランティア活動の留意事項」が消えていました。

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理由は不明ですが、Twitterで多くの方がリツイートしてくださった結果、担当者さんが対応されたのかもしれません。待遇が改善される方向に行くのか、それとも過酷な待遇のまま(それを表に出さないで?)募集が続けられるのかは分かりません。ぜひ改善の方向で進めていただけることを心から期待したいと思います。