インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

おじさんとキツネのにおい

満員電車が苦手です。あの他人と身体が密着して身動きできない状態になるのが何とも苦しいのです。物理的に身体が接していなくても、人が多い場所に行くと「人圧」とでもいうべき人の圧力を感じて息苦しくなるので、これは若干心の病も入っているのではないかと思っています。

加えて、これも心の病の範疇かもしれませんが、最近は「におい」にも敏感になって少々まいっています。若い頃からタバコの煙がきらいで、これはまあどなたも同じかもしれませんが、私は何十メートルも離れたところで座れているタバコ臭にも敏感に反応してしまいます。だもんで、ずいぶん前方にいる方が「歩きタバコ」をしている場合、そこまで走っていって追い抜き、しばらく走ってからまた歩く……という、大変に疲れる行為を繰り返しています。

こんなに敏感なのはやっぱり「ビョーキ」なのかしら、と思っていたら、先日の東京新聞にこんな投書が載っていました。

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いえいえ、信じられますよ。私もそうだもの。タバコのにおいで不快な思いをしたくないがゆえにタバコのにおいに敏感になり、感覚が研ぎ澄まされ、ますます遠くのにおいまで「察知」できるようになってしまったという悲しい結果に。

感覚を研ぎ澄ますといえば、かつてワインの勉強をしていた頃、ワインの香りをかぎ分けてその特徴を分析するという訓練を行っていました。そのために様々な果物や植物や鉱物や、さらには悪臭まで、何十種類もの香りのサンプルセットを購入し、香りの特徴を身体に覚えさせ、様々なワインをブラインドテイスティングし……ということを繰り返していたのです。

wineac.jp

そこまで訓練して資格まで取ったワインでしたが、なんと、歳を取ってあまり飲めなくなってしまいました。その一方で「研ぎ澄ませちゃった」香りに関する感覚だけはしっかり残っていて、それがいま「におい過敏」で自分を悩ませているという……なんとも皮肉なものです。

「におい過敏」でもうひとつ困っているのが「体臭」です。体臭なんて多かれ少なかれ誰でもあるもので(日本の方は比較的少ないと聞いたことがありますが真偽のほどは定かではありません)、プライベートな空間はともかく往来に出たら仕方のないことかもしれませんが、これも昔からかなり苦手でした。

若い頃、一時期勤めていた出版社を辞めたのは、もちろん転職して他の仕事に就くという目的もあったのですが、もう一つ、上司の体臭が我慢できないほど強烈だったのも理由のひとつでした。たぶん「わきが」と「タバコ臭」が混じったものだったと思います。同僚ともその件では「におうよね」と確認し合っていたので私だけが気にしていたわけではないと思いますが、他の同僚は会社を辞めるほどではなかったところを見ると、やはり私が過敏だったのかもしれません。

しかし最近は、満員電車はもちろん、駅の構内やスーパーなどの人が多い場所でも、他人の体臭が気になるようになってきてしまいました。最近気になるのは「わきが」と「タバコ臭」に加え、いわゆる「加齢臭」というやつです。

加齢臭なんて、ここ十数年ほどの間に人口に膾炙してきた言葉ですから、言葉ができたためにその存在を意識するようになったという、うんこれは極めて哲学的な課題であり、ハイデガーが言うところによると……とぶつぶつ言っていたら、細君が「あたし、何十年も前から、そう子供の頃から『加齢臭』を感じてたよ。電車通学だったから。『おじさん臭』って言ってたけど」。おじさん臭! 子供の頃にそれを意識したことはありませんでした。女性の方がにおいには敏感なのかしら。

閑話休題

ともかく、そのあちこちから漂う加齢臭が敏感に察知されるようになってしまったのです。ふとしたすれ違いざまに、角を曲がったとたんに、エレベータの扉が開いた瞬間に……。ひょっとして、当の自分から「加齢臭」がしているのではないかとさえ疑いましたが、どうやらそうではないもよう。

さらに先日など、全席指定の映画館(しかも満員)で、お隣に座った紳士が「加齢臭holder」でした。最初は我慢していたのですが、映画に集中できず、かといってその紳士に何かを申し上げてもどうなるものでもなく、仕方なく途中で退席してしまいました。

「わきが」もかなり苦手です(得意な方はあまりいないと思いますが)。特に夏に向かうこの時期から、私の「わきがsensor」(どんどん新しい言葉が紡ぎ出される)はその感度を大いにあげてくれちゃいます。これはなぜか女性が多くて、でも見知らぬ他人はもちろん、身近な人びとにだって「それ」を指摘するのはまず無理ですよね。往来ならともかく、会議室とか教室で一定時間同じ場所にいなければならない状況で、「それ」の方がいらっしゃるとかなりしんどい。でもまあ、タバコ同様、「持ちつ持たれつ」の人間社会ではある程度仕方がないことなのかもしれません。

ちなみに、ワインの香りを勉強した時に知ったのですが、ワインの香りの一種に「狐臭(foxy flavor)」というのがあります。ワインの原料になる葡萄の品種には大きく分けて「ヴィティス・ヴィニフェラ種」と「ヴィティス・ラブルスカ種」があって、前者はシャルドネ種やピノ・ノワール種など主にワイン用の品種で、後者はコンコード種やキャンベラ種など主に生食用の品種です。

基本的に、ワイン用品種の「ヴィニフェラ」は生食するとあまり美味しくなく、逆に生食用の「ラブルスカ」はワインの醸造にはあまり向かないとされています。そしてよくない香りに分類されている「狐臭」は実は、この生食用の「ヴィティス・ラブルスカ種」の葡萄で醸されたワインに特徴的な香りなのです。

この香り、市販の葡萄ジュースなどでも「ああ、これこれ」と分かるくらいはっきりしています。しかし「わきが」のにおいとはまったく別物です。なぜ「狐臭」というのかも不思議ですよね。キツネを実際に嗅いでみたら、ヴィティス・ラブルスカ種の葡萄で醸したワインの香りがするのかしら。それとも「イソップ童話」にある「キツネと酸っぱい葡萄」の話に何か関連があるのでしょうか。

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https://www.irasutoya.com/

ところが。中国語では「わきが」のことを“狐臭(húchòu)”というのです。彼の地のキツネは、葡萄やワインの香りではなく「わきが」のにおいがするのかしら。中国語の“狐臭”と、ワイン用語の“foxy flavor”は関係があるのでしょうか。……う〜ん、混乱してきました。

ネットを検索してみたら、こんな文章が見つかりました。

www.storm.mg

かいつまんで言うと、“狐臭”はかつて“胡臭(húchòu)”と言われていたこともあり、古代中国の人々が異民族の体臭として認識していた言葉だったようです。確かに“胡”は古代中国においては北方・西方民族(広く外国人)に対する蔑称ですもんね*1。要するにこの記事にもあるように異民族の体臭を忌避するという「民族への蔑視」的なところから生まれてきた言葉で、それが同じ発音の“狐臭”に変化したということなのかな。

満員電車の「人圧」から、なんだか思いもよらない所に流れ着いてしまいました。

*1:現代には“胡”という姓の方はいっぱいいらっしゃるので申し訳ないんですけど、この字はわりとネガティブな(それも異民族蔑視の結果でしょうね)響きを持っています。日本語でも「胡乱(うろん)」とか「胡散(うさん)臭い」などという言葉がありますね。