インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

電車内での化粧は気になりません

昨日の東京新聞、詩人・伊藤比呂美氏の「人生相談」です。

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伊藤比呂美氏のこのコラムは毎回楽しみに読んでいますが、昨日もとても考えさせられる内容でした。

私もバスや電車の中で、あるいは劇場や映画館などで、自分でも引いてしまうくらいイライラしていることがあって、この相談者のお気持ち、よくわかります。でもあまりイライラを昂進させるとそのうち暴力沙汰でも起こしかねない*1ので、今年は「ちっちゃいことは気にしない*2」を一年の計にしました。

昨年、東急電鉄のこんなCMが話題になりました。

youtu.be

電車内での化粧は「マナー違反」だとする啓発CMです。私もあれは「みっともない」と思いますが、ふと華人留学生のみなさんはどう思うだろうかと興味を持って、授業でこのCMを上映して自由に意見を述べてもらいました。

すると、留学生のほぼ全員が「別にいいんじゃない?」という反応でした。「特に気にしません」「みっともないかも知れないけど、そういう人なんだと思うだけ」「わざわざCMまで作るほどのことじゃない」……などなど。総じて「世の中には色々な人がいる。自分の想像を超えたような人もいる。でもそれは当たり前のことで、それを変えさせようとか糾そうなどとは思わない」という意見でした。

予想はしていました。というのも私、こうした華人のきわめて現実主義的な考え方に触れて自分の「せせこましさ」を顧みることがこれまでにも多くあったからです。それでももっと若い頃は「現状追認って……それでいいのか」「それじゃ『民度』は向上しないだろ」などと息巻いていたのですが、最近はなんだか素直に受け止められるようになりました。

中国に留学していた頃、屋台の行列に並んでいたら、向こうから歩いてたおばさんが私の前にすっと「横入り」したことがありました。私がつたない中国語で抗議すると、そのおばさんはいったん列から離れ、今度は私の後ろに「横入り」したのです。私はそれにも抗議しようとしたところ、おばさんの後ろで「横入り」されちゃったおじさんから“管不了”と言われました。「管理することができない」「抑えきれない」といった意味ですが、まあここでは「そんなつまらないことに構うな、ほっとけ」的なニュアンスに近いでしょうか。

若かった私はそれでも憤懣やるかたない気持ちを抑えられませんでしたが、今はなんとなくそのおじさんの「諦念」みたいなものが分かります。そんなつまらないことに、あるいはつまらない人にかかずらわって、自分の神経をすり減らすのはバカみたいじゃないかという華人的なリアリズムなんですよね。

ストレスフルで「駅員への暴力」を諌めるポスターがあちこちに貼られている東京。電車内で周囲のピリピリした空気を感じることも多いです*3が、華人伊藤比呂美氏に倣って「いろんな人がいていろんな考え方があるんだとみんながわかっている社会がいいな」と思うことにしましょうかね。

ちなみに、台湾の留学生(女性)に「台湾の電車内で化粧をしている人はいないんですか」と聞いたところ、「いません。だってそもそもメイクをしないですもん。暑いですから」だって*4

*1:「いつかきっとあんたも犯罪をおかすだろう」(忌野清志郎)という声が聞こえます。

*2:@ゆってぃ

*3:そうした満員電車が苦手なので、いつもラッシュアワーを避けて一時間以上早く出勤しています。

*4:まあ、台湾だってメイクをしている女性は見かけますけど。で、かくいう彼女たちもメイクをしているので「じゃあみなさんは?」と聞いたら、「日本に来てからメイクするようになりました。だって周囲の女性がみんな化粧をしているので、視線が痛いからです」だって。