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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

分分鐘

 “實況聽力”の授業で、中国の作家・韓寒が香港ブックフェアに参加したときのインタビュー映像を使ってみました。数年前の映像で内容はタイムリーじゃないんですけど、録音状態がよくて聞きやすいし、韓寒節がよく出ていて面白いので。字幕がついていますが、授業では隠して見せています(字幕の隠しかたについてはこちら)。

 内容は主に、韓寒が編集長となって創刊した文芸雑誌『獨唱團(Party)』に関するものです。といってもこの雑誌、創刊号が世に出ただけですぐに休刊してしまったのですが。
 インタビューの中で韓寒が“分分鐘”という言葉を使っていました。“百度百科”に解説がありますが、もとは方言だったものがネット上で流行して広く使われるようになったみたいですね。

其意思和随时随刻为一个意思,亦可形容速度很快。大多在A某人催促B某人加紧去做某件事情的时候,B某人就说一句“分分钟”。表示非常胸有成竹而且并不着急的意思。或是自己主动说句“分分钟”来表达我要去做某事的话那是随时随刻并且一定做的很好的意思。
http://baike.baidu.com/view/491243.htm

 う〜ん、「いつでも対応できるから慌てなさんな」と鷹揚に構える感じ? 出前の催促をされたそば屋が「へい毎度どうも、いま出るところで」というような……違うか。もっとも韓寒はこんな文脈で使っています。

事實上話語權掌握在誰的手裡大家都知道。分分鐘,想玩你就玩你了。

 誰が言論をコントロールしてるかなんてみんな知っていることで、奴らはその気になれば僕たちをどうにでもできる……という感じでしょうか。“分分鐘”はここでは、いともたやすく、赤子の手をひねるようにというようなある種の酷薄さ・スピーディさを、諧謔を込めつつ表しているような雰囲気があります。
 韓寒について中国人に聞くと好き嫌いが激しく分かれるんですが、涼しい顔をしながらチクリと体制批判をしてみせるスタイルがなかなか面白いな〜と私は思います。
 なぜ雑誌の名前を《獨唱團》にしたのか問われて、ホントは《文藝復興》にしたかったんだけど、と前置きして韓寒はこう答えています。

因為很奇怪的是在國內申請新的刊號或者怎麼樣,是不能帶“文藝”兩個字的。可能因為他們也覺得國內沒有文藝吧,所以自己也不好意思。

 わはは、この“他們(彼ら)”はもちろん体制側。返す刀で中国の文壇もぶったぎってます。
 もうひとつ、創作のインスピレーションはどこから沸くのかと聞かれて、それは返答に困る質問だねとしながらも、こう答えています。

不過這個要感謝國家。你知道我們的新聞已經經過了一定的篩選,但是在這些已經留下來的新聞當中經常能夠出發你的靈感。所以我覺得在國內不愁沒有素材可以寫。

 報道の自由がないからこそネタがいっぱいひろえるんだ、と。お上を持ち上げるような言い方をしながら、誰が聞いても絶対皮肉としか聞こえないシンプルなセリフ。しかも尻尾は掴ませない、というか掴みようがない。中国の作家ならではの「芸風」ですね。