インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

春樹をめぐる冒険

  二日間にわたる国際シンポジウム+ワークショップという企画。東大駒場キャンパス。

  一日目のシンポジウム、基調講演はリチャード・パワーズというアメリカの作家。「ハルキ・ムラカミ―世界共有―自己鏡像化―地下活用―ニューロサイエンス流―魂シェアリング計画」という長い演題のお話は、ナショナリティが曖昧と言われる村上作品は脳神経科学におけるミラーニューロン的コスモポリタリズムがどうたらこうたら……という内容で、はひー、さっぱり理解できなくて困ったねどうも。理解できなかったのはもちろん私の頭が悪いからで、通訳者のせいじゃない。英語←→日本語の同時通訳者さんたちは、とても聞きやすいデリバリーで心底感服した。
  基調講演の後、司会の柴田元幸氏と香港の梁秉鈞氏によるコメント。この基調講演は翻訳が来月号の雑誌『新潮』に載るそうだから、そっちをもう一度読んでみよう。再読しても分からないかも知れないが。
  次に藤井省三氏の司会で各国の翻訳者によるパネル・ディスカッション。両岸三地の現代文学や映画で有名な藤井氏だが、最近は「東アジアと村上春樹」というテーマの国際共同研究を続けてらっしゃるそうな。
  個人的に興味があったのは台湾の褚明珠氏だが、他にもフランスのCorinne Atlan氏・韓国の金春美氏・ロシアのDmitry Kovalenin氏、それにアメリカのJay Rubin氏が登壇。当初参加予定だった大陸の林少華氏はスケジュールが合わず参加できなかったのだそうだ。褚明珠氏とのやりとりなど期待していたので残念だ。
  こうしたパネル・ディスカッションではよくある光景だけれど、パネラーの皆さん、話し始めるとついつい長くなってしまって、全員が全員司会から「すみませんが、時間が押しているのでその辺で……」と言われていた。これは仕方がないよなあ。
  金春美氏の、

かつて韓国では、日本の文学と言えば歴史的な背景からも特別な違和感があったが、それを取り払ったのが村上作品だった。現在ではビートルズが特段イギリス人と意識されないのと同様、我々に村上春樹が日本人だという意識はほとんどない。

  という話は驚いたし、Jay Rubin氏の、

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を初めて読んだ時は、こんな現代日本文学があるのかと驚いた。それまで明治の田山花袋とか徳田秋声とか夏目漱石とか「灰色」っぽい小説ばかり読んでいたものだから。

  という話には笑った。
  褚明珠氏は他の方々に比べるとほんの少々日本語(の口語)がお得意ではない、あるいは人前で話すのに慣れてらっしゃらないようで、「村上作品にはカタカナ語が多用されるので、インターネットのない時代は大変でした」みたいな、どちらかというと通り一遍の話しかされていなかった。それと司会者の振ってきた質問に答えず、「場の雰囲気が読めてない」発言(ごめんなさい)もあって、こっちがハラハラしたりして(^^;)。
  それでもJay Rubin氏がその後の発言で、

英語への翻訳の場合、カタカナ語は非常に簡単(笑)。でも英訳してしまうと村上作品の重要なファクターである『バタ臭さ』が完全に消えてしまうことになる。これがより大きな問題。

  と引き取っていて、まあ何となく丸く収まったような。
  藤井省三氏は、

褚明珠さんの訳が村上的文体を一番よく再現できている。林少華氏の訳は逆に大陸の通俗小説的文体になっていて、これが大ヒットの要因の一つとも言える。香港の葉螵さん*1の場合はその中間あたり。

  と言っていて、へえ、その比較研究をしてみたい! と思った。
  このほか、Dmitry Kovalenin氏の、

『やみくろ』の訳語に悩んでルイス・キャロルの“Snark*2”みたいなのをさんざん考え、村上氏にも相談したあげく、最終的に“Jabberwocky*3”にした。

  という話や、Corinne Atlan氏の、

羊をめぐる冒険』がフランスで出版された時、タイトルに“mouton(ムートン・羊)”が入っていたため“mutant(ミュータント)”からの連想でSFっぽい物語だと誤解され、それまでのクラシカルな日本文学ばかりの流れでどこに位置づければよいのか、読者にとまどいが見られた。

  という話、それにJay Rubin氏の、

『かえるくん、東京を救う』で、『かえるさん』と『かえるくん』の差異を英語でどう表すかいろいろ考え、『かえるさん』を“Mr.frog”、『かえるくん』を“Frog”にした。単に“F”を大文字にしただけで名前っぽく(固有名詞に)なったのは我ながらグッドアイデア。

  など、 私のような普通の文学ファンが楽しめるような話も多くてよかった。
  その後休憩をはさんで、沼野充義氏による「翻訳本の表紙カバーに観る村上春樹」という、諸外国で出版されている村上作品の表紙カバーを比較しながら、その国の翻訳者にコメントしてもらうというセッション。ここでも二十名近い翻訳者が壇上にずらっと並んで、それぞれの発言はやっぱり時間が押せ押せに。
  最後は四方田犬彦氏による「映像世界にみる村上春樹」。四方田氏ご本人を初めて見たが、イメージしていた風貌と全然違った。何の根拠もなく島田雅彦みたいな線の細い人をイメージしていたのだが、実際は編集プロダクションの社長みたいな、ガハハハと笑いそうな、かなりアクの強そうな方だった……(失礼)。
  ごく初期に村上氏が映画化を承諾した『風の歌を聴け』やマイナーなインディーズ作品、最近例外的に映画化された『トニー滝谷』のほか、村上作品に影響が見られる關錦鵬(スタンリー・クワン)監督の『有時跳舞(邦題:異邦人たち)』とか王家衛ウォン・カーウァイ)監督の『重慶森林(邦題:恋する惑星)』などが短く紹介された。
  『重慶森林(重慶の森)』って、単に重慶マンションのジャングルみたいな高層建築の比喩くらいにしか考えてなかったけど、言われてみればなるほど「ノルウェイの森」へのオマージュなわけ? えっ、常識だったの?
  今日の模様はそのうち雑誌『文學界』に掲載されるそうだ。

*1:マレーシア華僑だが、香港で出版される日本文学の翻訳をされているそうだ。

*2:SnakeとSharkの合成語。

*3:「たわごと」という意味か。でもJabberには「エラ」という意味があるそう。やみくろにも確かエラがあったものね。