インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

髪如雪

狼牙月 伊人憔悴
我舉杯 飲盡了風雪
是誰打翻前世櫃 惹塵埃是非

  “狼牙月”は読んで字のごとく、牙のように鋭く細った三日月。“伊人”は古風な言い方で「あの人」、もっと具体的には「思いを寄せる女性」。寒々とした月を見上げて彼女は憔悴……というより、まあ憂いの表情を浮かべているのだ。「私」はといえば、その傍らで杯を掲げ、“風雪”を飲み干す。“風雪”は日本語にもあるけれど「試練」とか「つらい経験」などを指す。彼女も「私」も何だか心穏やかではなさそうだ。
  “是誰打翻前世櫃 惹塵埃是非”、“櫃”は大きめの箱とかキャビネット・箪笥みたいなもの。前世の“櫃”を一体誰がひっくり返しやがった、と言っているから、パンドラの箱みたいな、『レイダース・失われたアーク(聖櫃)』みたいな、開けてはまずいもののイメージ。“惹/是非”は「すったもんだを引き起こす」こと、“塵埃”はそのまま「ちり・ほこり」。どうやら彼女と「私」になにやら前世の因縁がからんだ面倒がふりかかっているらしい。埃はあまり公にされてほしくない事情を表す。なにかと外野がうるさい恋だったのかな。
  ……というよりこれ、「私」と彼女が同じ時空にいるとは限らない。「私」が酒に酔った勢いで前世や後世に妄想をかましているだけかもしれない。これ以降の描写も同様。

緣字訣 幾番輪迴
你鎖眉 哭紅顏喚不回
縱然青史已經成灰 我愛不滅

  「私」に言わせれば「縁」とはそもそも、“幾番輪迴”、何度も輪廻するものであるらしい。彼女は“鎖眉”、眉をしかめて“紅顏喚不回”、いつまでも若く美しいままではいられないものねと“哭(泣)”く。“紅顏”は「紅顔の美少年」というように、若くて美しいものの象徴。“喚不回”は「おーい、戻ってこーい」と叫んでも呼び戻せないこと。『シェーン』だね(いちいち激古だな)。
  “青史”は竹簡などに歴史やなんかを記した古文書。それが例え灰になってしまったとしても、つまりそれだけ時間が経ってしまっても、私の愛は不滅だと。彼女は現世に執着しているが、「私」のほうは時空を超えた愛を誓っているわけだ。

繁華如三千東流水
我只取一瓢愛了解
只戀你化身的蝶

  “繁華如三千東流水”というのは「縁」が輪廻して連綿と続いてきた、その長い長い時の流れを形容しているのだろう。“繁華”というのはその時代時代の栄耀栄華、“三千”は「三千世界」という言葉があるように、この世の中全体とか膨大な歴史の時間とか単に大きな数とか、そういうものを表す*1。“東流水”は要するに川の流れ。古来よりかの国では、川は必ず東に流れるものなのだ。ここ、杜牧の『金谷園』にある“繁華事散逐香塵/流水無情草自春”をイメージしているかもしれない。
  そういう滔々たる縁の流れに“我只取一瓢愛了解”、瓢(ひさご)を差し入れて愛をくみ取り理解する。何を? “只戀你化身的蝶”、蝶と化した君だけに恋をするということを。むう、耽美的でよくわからんが、いまこの瞬間を大切に思うという気持ちかもしれない。後世でも必ず君と結ばれるとは限らないから、という刹那的な気持ちにも読める。ちなみに昔はヒョウタンをくりぬいて乾燥させ、二つに割ったものをひしゃくのかわりに使っていたのだ(今でも使っている地方はあるはず)。

你髮如雪 淒美了離別
我焚香感動了誰
邀明月 讓回憶皎潔
愛在月光下完美

  タイトルでもある“髮如雪”だが、「雪のように美しい君の髪」じゃ当たり前すぎる。雪のように白い髪だから、つまり年老いたあとの君、なのだろう。“淒美”は悲しくも美しいということ。つまり君が「私」の元を去るそのときは(あるいは前世で去ったそのときは)、雪のように白い髪が悲しくも美しく映えていたと。で、「私」は弔いの香をたいているんだけれども、“感動了誰”、誰を感動させようというのだろう。これもよくわからんが、「去っていった君にこそ感動してもらいたい」ということかな。
  “邀明月”明月を「招く」だけれど、ここでは明月にお願いしているのだ。何を? “讓回憶皎潔”思い出をもう一度明るく照らし出してほしいと。“皎潔”は月が煌々と輝くさま。“愛在月光下完美”君との愛は美しい月の光の元でよりパーフェクトに輝くよ、と。月は美しい女性のメタファーでもあるから、月、すなわち天上の君を呼び出してもう一度思い出に浸る、というイタコ状態なのかもしれん。

你髮如雪 紛飛了眼淚
我等待蒼老了誰
紅塵醉 微醺的歲月
我用無悔 刻永世愛你的碑

  雪のように白い君の髪を見て、涙があたり一面に飛び散る。“蒼老”は老けること。「この歳まで生きてきたが、誰を待っているというのか」。“紅塵”は浮世とか俗世間のこと。“微醺”はほろ酔い。浮世にまみれて酒に酔うようにして漂ってきた人生。「私」は“無悔”つまり「人生悔やまず」という気合いでもって、“刻永世愛你的碑”、「君を永久(とわ)に愛する」という碑を刻むんだそうだ。

啦兒啦 啦兒啦 啦兒啦兒啦
啦兒啦 啦兒啦 啦兒啦兒啦
銅鏡映無邪 紮馬尾
你若撒野 今生我把酒奉陪

  “紮馬尾”はポニーテイル。鏡には無邪気な君の姿が映っている。“撒野”は粗野な振る舞いをすることだが、もし君が心を開いてはじけちゃってくれるなら、私は今世でも“把酒奉陪”お酒のお供をしますよ、つまり今世でも寄り添いますよ、ということかな。
  『東破風』を彷彿とさせるチャイニーズ・テイストのつよい曲。周杰倫自身が監督をつとめたというMVでは過去と現在の二つの舞台を使って輪廻を連想させる演出がされている。このMVの演出では「私」は現世でうまく縁を復活できなかったようだが。

*1:“白髪三千丈”は、今やかの国の誇大な主張を揶揄する常套句になっちゃってるが。