インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

中国語のビジネスレター

先日台湾側と会談した日本側のトップがお礼状を出すという。メールで送られてきた日本語の原稿を北京語に翻訳する。よくこういった書簡や公文書を日本語から北京語へ訳すのだが、毎回とっても苦労する。
なぜって、どれもかなりお堅い手紙なり公文書だから、それなりの格式に則って書かなければならない。私がブログで書き散らしているような「なんちゃって中文」ではもちろんいけないのだ。
そこで『ビジネスレター実例集』みたいな本をひっくり返して例文にあたるのに加え、言葉の“搭配*1”を確かめるためにインターネットで検索をかけまくる。
とはいえ、本に載っているのはあくまで例文。しかも頭語や時候の挨拶、それに末文や追伸などはたいがいパターンが決まっていて、本にも豊富に例があげてあるので楽勝だが、肝心の本文まで引っぱってこられるわけじゃない。まあ、あたりまえだけど。
そうすると、往々にして最初と最後がかなりな美文・雅文のくせに本文だけやたら口語調という、ネイティブのかたが読んだら思わず「おっほっほ、苦労してますなあ」と笑ってしまうような文面になったりする。

敬啟者:春暖時節,貴公司日漸昌盛之際,頗感值得喜慶恭賀。對平素給予之深情厚意,深表謝忱。
拝啓 春暖の候、貴社いよいよご隆盛のこととお喜び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。*2

などと始めたのはよかったものの、そのあと急に、

上次訪問王董事長的時候,你雖然工作很忙,但抽出時間跟我見面,覺得非常高興。
このあいだ王董事長を訪ねたときは、とても忙しいのに時間をさいて会ってくれて、とてもうれしかったです。

などと、まんま小学生の作文*3になってしまって、いかにもバランスが悪い。ここはなんとしても“上次拜訪您王董事長之際,承蒙在百忙中抽暇面晤暢談,欣幸萬分,深表謝意。”とかなんとか、ふだん使ったこともないような格式ばった表現をひねり出さなければならない。
まあこれくらいならまだ前文のうちで「実例集」などにも載っているが、さらに一般的でない本文部分についてはネイティブの職員にも校正をお願いしながら苦労して書くことになる。
いや、最初から自分が書くならまだいいのだが、これが翻訳となるとさらに頭が痛い。渡された日本語の原稿が……ごめんなさい、かなりな悪文だったりするのだ。
主語が欠けるのは日本語の特徴だからさておくとして、論旨がくどくて一体何が言いたいのかわかりにくいとか、へりくだりすぎるあまり「殿、ご乱心」に近い文章になってしまっているとか、部下が書いた草稿を何人もの上司が次々に修正するものだから「係り受け」さえあやしくなっているとか、北京語へ翻訳する前にまず日本語の文章を読み解き、組み立て直す必要がある。せめてWordの文書校正機能で誤字や表記揺れくらいは直しておいていただきたいと思う。
もう一つ苦労するのが、ネイティブの職員に校正をお願いしたり、「この“搭配”はアリ?」などと聞いたりするときだ。私の母語は日本語なので、日本語→北京語の翻訳はネイティブチェックが必要不可欠。けれど――これは北京語を学習している人たちのあいだではよく言われることだが――決して二人以上のネイティブがいる前で質問してはならない。
台湾ならまだしも、広い大陸で様々な地方の出身者がいるところでそんな質問をすれば、とたんに「そんな言い方はない」「いやオーケーだ」「それよりオレならこういう」と議論になり、時にはけんかになることもあるからだ。みなさん、自分の語感に絶対的な自信を持っている。そして広い大陸では、みなさんそれぞれ、それなりに正しいのだ。*4
今日のところは一応書き上げた。できたら台北にいるバイリンガルの顧問弁護士さんあたりに校正してもらいたいなあ。

*1:da1 pei4:言葉の適切な組み合わせ。

*2:日本語のほうは、Wordの「あいさつ文」入力機能を使い、クリック三回で作った。

*3:いや、日本人学生の作文? ああ、自虐的。

*4:さらに、これは大きな声では言えないが、ネイティブだからといって、語感や文法がきちんとしているとは限らない。日本人の誰もがきちんとした日本語のビジネスレターを書けるわけではない、というのと同じだ。