インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

音声の錯覚と誤解

突然で恐縮ですが、この発言の音声、何と言っているように聞こえますか。内容は罵詈雑言の類なので、聞くときには注意してください。

この発言はとある在日クルド人によるものだそうですが、これを受けて自民党の若林洋平参院議員がSNSで「日本人の国なので、日本の文化・しきたりを理解できない外国の方は母国にお帰りください」などと書き込んだという報道に接しました。産経新聞のウェブサイトでは「この動画には、JR蕨駅前の路上に集団が集まり、『日本人死ね』と発言したような声が収録されている」と報じられています。

www.sankei.com

その声が冒頭の音声(私がその部分の音声だけを抜き出しました)なのですが、「日本人死ね」と聞こえました? 実は私、最初はそう聞こえました。上掲の産経新聞の報道を見て、すぐにネットで検索してそれらしき動画を見つけて聞いたときです。でもそののち、この発言が外国人に対するヘイトデモに対するクルド人によるデモにおけるものだったことなど、背景を知ってから改めて何度も聞き返していると「病院に行け」としか聞こえなくなりました。

ちょっと怖いなと思いました。産経新聞の報道ではまず「JR蕨駅前の路上に集団が集まり」としか書かれておらず、これがヘイトデモに対するカウンターデモであることは説明されていません。そのうえで「『日本人死ね』と発言したような声」と発言内容を特定した書き方がされています。そして、それを読んだうえで私が聞いてみた音声が、最初はその通りに聞こえてしまったからです。

つまり、これはいわゆる「確証バイアス」というものではないかと思ったのです。確証バイアスとは「自分の思い込みや願望を強化する情報ばかりに目が行き、そうではない情報は軽視してしまう傾向のこと*1」です。そういう確証バイアスを容易に惹起してしまいそうな産経新聞の書き方は問題ではないかと思うと同時に、そのバイアスがかかったまま在日クルド人への予断と偏見をさらに膨張させる人が続出するのではないかと。実際、この記事へのコメントからも分かるように、そういう人がたくさん出現しているようです。

発言の背景を詳しく知ったうえで聞いたら「病院に行け」と聞こえたーーこれだって私自身の確証バイアスの可能性はありますが、この点に関してはブログ「電脳塵芥」の電脳藻屑 (id:nou_yunyun)さんが説得力のある解説をされています。

動画を見ればわかる様に「病院に行け」と発言者は三回言っており、三回目の頭には「精神」が付き、さらにお尻には「レイシスト」が付く。「日本人死ね」と言っている場合、三つめは「精神日本人死ねレイシスト」という意味不明の言葉を羅列している事にもなる。さらにいえばこれはクルドに対するヘイトデモに対するカウンターであり「レイシスト死ね」ならばともかく「日本人死ね」はカウンター側の発言としても意味が不明だ。

nou-yunyun.hatenablog.com

私は、くだんの発言が「病院に行け」だったとしても、それはそれで暴言あるいは差別的発言のそしりは免れないと思います。難民認定申請が極度に難しい日本における在日クルド人の苦境やヘイトデモに対する怒りは十分に理解できるとしても。しかし、そういう背景や事実関係の確認作業をきちんと行うことなく「母国にお帰りください」と脊髄反射的にSNSへ投稿してしまう国会議員というのも間違っていると思います。

ちなみに、その後Youtubeではこんな動画も見つけました。「字幕次第でどちらにも聞こえる」というものです。なるほど、動画にテロップや字幕はつきものですが、これで聞こえ方が誘導されてしまう危険性もあるわけですね。


www.youtube.com

それともうひとつ、英語学習系のYoutuber・だいじろー氏の「音の錯覚が面白い」という動画を思い出しました。これは個々人の聞き取ることができる周波数の違いで、同じ音声が二通りに聞こえる可能性を紹介したものです。お若い方にしか聞こえない「モスキート音」というのもありますよね。今回のケースも似たようなものなのかもしれないと考えましたが、いや、やっぱり違うかな。改めて何度聞いても……ちょっと職場で、いろいろな年齢層の同僚にも聞いてもらおうと思います。


www.youtube.com