インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

一回目の抜歯

  これまで三本歯を抜いたことがある。いずれも親知らずだ。それが今回は一度に五本も抜く。今日はそのうちの二本、右側の前歯から四番目上下だ。
  昔の抜歯にはとにかくいい思い出がない。まあ、抜歯がいい思い出の人なんていないだろうけれど。最初の二本は東京で、残りの一本は熊本で抜いたのだが、これがどちらもかなり下手な歯科医だった。ものすごく痛かったことを覚えている。特に東京の歯科医など、まだインターンじゃないの? と思えるほど童顔のにーちゃんで、歯を抜いている途中で「あれ?」なんて言いやがんの。
  まったくもう。仕事の最中に「あれ?」と言ってはいけない東西横綱は、東が抜歯中の歯科医、西が機内放送中の機長でしょうが。
  このにーちゃん先生、自分では手に負えなくなって、隣の部屋に駆け込んだかと思うと、おじーさん先生を連れてきた。そのあと私をほったらかして議論すること三十分(誇張ではない、ほんとに三十分)、おじーさんの指導を受けながらにーちゃんがようやく抜歯に成功。もうほんとに生きた心地がしなかった。
  だもんで、今日もかなり悲壮な覚悟で乗り込んだのだが、なんと数分で終了、麻酔も含め、ほとんど痛みがない。先生がちょっと力を入れて、歯がぎしぎしいったかなと思った次の瞬間にはスルッと抜けていた。技術も進歩しているんだろうけど、やっぱり歯科医の腕なんだろうなあ。「怖かったでしょ」と言われたが、「いえ、別に」とクールにこたえる。でも今日の私、朝からかなり無口で“低調”だったと思う。
  血があふれてくるのでガーゼを噛ませてもらって、化膿止め(だろう、たぶん)の抗生物質と、万一麻酔がきれたあとに痛みが襲ってきた場合の鎮痛剤と、うがいのための殺菌水をもらって帰る。ついでに歯科医さんが「抜いた歯も記念にどうぞ」というので、上下二本、もらってきた。
  はあぁ、こんな形をしていたのだなあ、歯の全体って。クリオネみたいな形だ。これが何十年間も私の口の中にあって咀嚼してくれていたのかと思うと、何だかいとおしい。長い間お疲れさまでした。
  そういえば抜歯前は緊張のあまり、食事もしていなかった。あまり食欲がなかったけど、そば屋に入る。
  「抵抗力が落ちるから無理してでも食べてください。ただし麻酔が効いているからやけどしてもわからないので熱いものは避けてくださいね」と言われていたので、冷やしきつねそば。かなり食べにくい。