インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

七里香

ここ数日、頭の中で周杰倫『七里香』のリフレインが止まらない。テレビでもよくMVが流れているから、朝うっかり見ようものなら、その日の「テーマ音楽」は『七里香』に決定されてしまう。この曲はラップがなく、テンポもゆっくりなので歌詞を覚えやすい。カラオケで歌うのに最適(笑)。銭櫃(cashbox)や好樂迪(holiday)などのKTVでも、現在リクエスト数のトップを独走中だそうだ。

窗外的麻雀/在電線桿上多嘴
妳說這一句/很有夏天的感覺

二行目に“妳說這一句”とあるから、一行目は彼女のセリフかな。窓の外のマージャン(麻雀)ではなく、スズメ。「表のスズメが電信柱でおしゃべりしてるわね」とかなんとかいう彼女のひと言を聞いて、“很有夏天的感覺”つまり「ああ、夏だなあ」と思った、というのである。電線音頭(古い)を思い出す。細かいけど、ここで“夏天”の“夏xia4”をため息をつくような感じで一気に落としている歌い方が特徴的。

手中的鉛筆/在紙上來來回回
我用幾行字形容妳是我的誰

“來來回回”は「行ったり来たり」。“我(僕)”は鉛筆で詩を書きつけていて、詩によって“妳是我的誰”つまり「君が僕の何者であるか」を表現するんだそうだ。硬い言い方だが、要するに「どれだけ君のことが好きか」を詩に書いている、ということ。

秋刀魚的滋味/貓跟妳都想了解
初戀的香味就這樣被我們尋回

「サンマの味わいを、猫も君も知りたいと思ってる」。いきなり、サンマ。夏なのに、サンマ。で、「初恋の味がこうやって呼び覚まされるんだ」。“尋回”は回収する・記憶を取り戻すといったイメージ(ゴールデンレトリーバーを“金毛尋回犬”などと言ったりする。猟で獲物を回収するのが「任務」だからねえ)。サンマで呼び起こされるほろ苦い初恋の記憶。小津安二郎か。この強引な結びつけ方がしぶい。

那温暖的陽光/像剛摘的鮮豔草莓
你說妳捨不得吃掉這一種感覺

だんだん詩的になってきた。「暖かい陽の光」がなぜ「今摘み取ってきたばかりのみずみずしいイチゴ」のようなのかは分からないが、彼女が“捨不得吃掉這一種感覺”、この感覚を食べてしまうのが惜しい、つまり「もう少しこのままでいたい」ということか。“你說妳〜”はカッコを使わない間接話法かな。

雨下整夜/我的愛溢出就像雨水
院子落葉/跟我的思念厚厚一疊
幾句是非/也無法將我的熱情冷卻
妳出現在我詩的每一頁

サビ。特に二行目がいい。“是非”はここでは揶揄したり批難したりするような物言いのこと。僕と彼女の間柄をあれこれ取りざたする輩がいるのかもしれない。「夜通し降り続く雨/愛が雨水のように溢れ出てくる/庭の落ち葉が/僕の想いに重なっていく/何と言われようと/抑えることなどできない気持ち/僕の詩にはいつも君がいる」。彼女への思いを詩に託す「僕」。

雨下整夜/我的愛溢出就像雨水
窗台蝴蝶/像詩裡紛飛的美麗章節
我接著寫/把永遠愛妳寫進詩的結尾
妳是我唯一想要的了解

雨宿りしているのだろうか、窓辺にいる蝶の美しさを詩の中にちりばめられた言葉になぞらえている。“章節”はチャプターとセクションだが、ここでは詩の段落、言葉の連なりといった大まかなイメージだろう。“我接著寫”さらに書き進めて、“把永遠愛妳寫進詩的結尾”詩を書き上げることと、一生君を愛するということを重ねているわけ。“妳是我唯一想要的了解”君は僕が理解したいと思うただ一人の存在だ。君だけを愛するってこと、要するに。

那飽滿的稻穗/幸福了這個季節
而妳的臉頰像田裡熟透的蕃茄
妳突然對我說/七里香的名字很美
我此刻卻只想親吻妳倔強的嘴

“那飽滿的稻穗”MVにも収穫あとの水田風景が出てきたような。たわわに稔る稲穂が幸せな時間を象徴している。……って、もう秋になっちゃってるが。“妳的臉頰像田裡熟透的蕃茄”君の頬は畑で完熟したトマトのようだね。はあ? これは、う〜んちょっと陳腐な形容。

でもって、突然彼女が「七里香ってきれいな名前ね」と言う、だけど「僕」はその刹那、なぜか君の“倔強(意地っ張り)”な唇を奪いたくなる、というんだな。ある種の衝動を感じさせる、なかなか艶のある表現。MVでは彼女に耳打ちしている。

全体的にはそれほど技巧は凝らしていない。韻の踏み方もあまり強く打ち出されず、凝った言い回しや難渋な言葉もほとんど使われていない。スタティックで、しかしどこかエロティックでもある。

……まあ歌詞というものはそもそも翻訳が非常に困難だし、人それぞれに解釈があっていいわけで、以上は私のひとりごと。失礼しました。

この曲の歌詞を書いているのは方文山(ヴィンセント・ファン)という人。王菲といえば林夕、周杰倫といえば方文山。このアルバムだけでなく、以前からジェイと二人三脚で多くの歌詞を書いてきた人だ。オフィシャルサイト(http://www.chi-field.com/Fang/)には彼の作品が数多く紹介されている。

七里香というのはyesasia.comによると沈丁花ジンチョウゲ)のことらしい。他にも金木犀キンモクセイ)や月橘(ゲッキツ)としてある資料もある。七里とはいわないまでも、沈丁花金木犀も遠くまでよく香る花であることは確かだ。