インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

義父と暮らせば11:詰まりました

のっけから尾籠な話題で申し訳ありませんが、日曜日にうちのトイレが詰まりました。というか溢れました。お義父さんが「おおきいほう」で使ってて、何をどうしたんだかは未だに不明ですが、とにかくたいへんなことに。

私は二階で仕事をしていたんですが、階下がただならぬ騒動なので降りてみると、上記のような惨状を呈しておりました。細君もかなりパニックに陥っておりましたが、私が「ラバーカップ」はないか聞くと、お義父さんが「ある」というので、納屋へ取りに行ってもらいました。

いえいえ、そんな、自分だけクールに対処したみたいな嘘はいけません。「ラバーカップ」というのは、私が今ネットでぐぐって初めて知った名称です。

ラバーカップ - Wikipedia

実際には、私も半ばパニックに陥りながら腕を上下に激しく振るジェスチャーとともに「スッポンない? スッポンっっ!」と叫んでいたと思います。スッポンというかギュッポンというか、柄の先にゴム製のお椀みたいなのがついたアレですね。

で、お義父さんが持ってきた「ラバーカップ」ですが、もう何十年も前に買った物らしく、ゴムが硬化していて使い物になりませんでした。それで私が近所のホームセンターに車を飛ばして……私はこの時初めて「ラバーカップ」には単純なお椀型の「排水口用」と、底が出っ張ってマッシュルームみたいな形になっている「トイレ用」の二種類があることを知りました。勉強になります。

そして……文字にするのもはばかられるような悪戦苦闘の末、詰まりは解消されました。あああ、よかった。

お義父さんは徐々にではありますが、様々な行動がおぼつかなくなったり、目の前の状況が分からなくなったりしてきているようです。同居を始めて半年も経っていませんが、細君によれば以前なら絶対になかった「水道の蛇口の閉め忘れ」や「ドアや門扉の閉め忘れ」、「ゴミ箱以外の場所にゴミを捨てる」などの行動が目立つようになってきました。

私がちょっと気になっているのは、食事の際に無表情になってきたことです。うちは三人とも生活や仕事のパターンが異なるので、一緒に食卓を囲むのは夕飯だけなんですが、お義父さんは食事中ほとんど喋らなくなりました。黙々と食べて、食後の薬を飲んで、お茶をくれと言って、部屋に引き上げます。

食欲は落ちてないようですけど、時にごっそり食べたり、時にかなり残したり。食べ残しに、食後の薬を飲んだあとの水をざあっと流し込まれたりすると、思わず心が折れそうになってる自分に驚いたりして。いや、まだまだ修行が足りませんね。

成長から成熟へ

中国人とお仕事で一緒になると、ときどき“不成熟”というお叱りを頂戴することがあります。いえ、お叱りと言っても本当に怒っているわけではなく、なかば諧謔とユーモアと老婆心を込めて「成熟してないね」とおっしゃってくれるのです。

私は昔から実年齢に比して若く見られることが多く、日本人的にはまあ特に忌避すべきものでもないんですけど、中国人的な価値観、特に中年以降の男性のあり方としては「ちとマズいんじゃないの」ということになるんです。

彼らの言う“成熟”とは、いい年してみっともない事しないから始まって、清濁合わせ飲み、ユーモアと毒と経済的余裕と可愛げを持ち、外見や背格好や立ち居振る舞いがほぼ然るべき所にあるという、私など三度生まれ変わっても体現できない境地です。

う〜ん、自分にはそういう要素は皆無だな。余裕というものが欠けてるもの。私は時々能楽を見に出かけますが、自分がお稽古している喜多流だけじゃなくて、観世流とか金春流とかの舞台も見ます。で、それを知った師匠から「他流儀の舞台もご覧になっているんですね(決してダメと言っているわけではなく、勉強熱心ですねという意味)」と聞かれたときに「いえ、でも、まあ、そんなに見てません……」などうろたえちゃったりするんですけど、成熟した大人というのは例えば「やっぱり破門ですか?」とカラカラ笑う、みたいなもんですかね。

それはさておき、ことほどさように「成熟」に憧れている私ですから、書店で「成熟」の二文字を見かけたら必ず手に取り、そのほとんどを買って読むことになります。それで先日も某作家の手になる「成熟」を説いた新書を買って読んだのですが……う〜ん、ここまで空疎で支離滅裂な本は久しぶりでした。

おすすめしたくもないからリンクも張らないでおきましょう。それでも買って読んでしまったのは、書名と、目次に並んだ各章のタイトルが面白そうだったから。あれは編集者がつけたのかな? だとしたらその力業には心からの敬意を表したいと思います。

次に読んだ天野祐吉氏の『成長から成熟へ——さよなら経済大国』は、うってかわって素晴らしい内容でした。雑誌『広告批評』やマスメディアでの論客として有名な氏が亡くなったのは昨年十月。たぶん最後の一冊になった本だと思います。


成長から成熟へ さよなら経済大国 (集英社新書)

天野氏は日本の敗戦後から高度経済成長を経て今日に到るまでの消費文化を、ご自身のフィールドとされていた広告の側面から俯瞰して語ります。広告と言えば単に物を売って利益を上げるための道具と思われがちですが、広告にはそれ以外にも時の政府の批判や文明批評までも含んだ大きな役割があるという氏の考え方が軽妙洒脱な語り口で綴られています。

そしてこれまでの大量生産・大量消費を振り返り、昨今のグローバリズムを憂い、3.11以後の私たちが目指すべきは「成長」ではなく「脱成長」、成熟した「別品」の国ではないかと説くのです。「別品」というのは一等(一品)、二等(二品)、三等(三品)……という順位のカテゴリーには入らない、別格で個性的なありようのことだそう。大いに共感を覚えます。

冒頭で語られる「マスク・原発・テレビショッピング・福袋・リニア新幹線」への違和感も大いに共感しましたし、政府の広報活動に対する鋭い批判にもうなりました。そして文中に引用されているフランスの経済学者、セルジュ・ラトゥーシュ氏のこの言葉が、昨日のエントリともあまりにシンクロするので驚きました。

「脱成長のエッセンスは一言で言い表せます。『減らす』です。ゴミを減らす。環境に残すわれわれの痕跡を減らす。過剰生産を減らす。過剰消費を減らす」

最近へ移行して読んだ、あるいは読んでいる平川克美氏のいくつかの著作、『経済成長という病』『移行期的混乱: 経済成長神話の終わり』『小商いのすすめ:「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』などとも通底する読みごたえのある一冊でした。

ちなみに、件の某作家による「成熟」に関する新書、Amazonマーケットプレイスに出したら秒速で売れました。ミリオンセラーに迫る勢いだそうですから、人気なんですね。私は捨てたお金が戻ってきたみたいで何だか申し訳なかったですが。

追記

成熟と言えば、先日都内某所で聞いてきた対談イベントに『大人力検定』で有名なコラムニストの石原壮一郎氏が登場して、ご自身の本が中国で出版された話をされていました。『大人力検定』の中国語版が出たんだそうです。

http://www.amazon.cn/dp/B003WNA9EY

石原壮一郎氏は中国語版の出版をめぐって「一番『大人』から遠い人達の国でねえ……」とギャグを飛ばしていましたが、私は「あちらにも“大人”という理想があるんだけどね」と思いましたよ。まあそれはさておき、この訳書名が《成熟度鑒定書》なんですね。

う〜む、これは氏一流のユーモアや笑いは訳され(訳せ)なかったのかな……と思ったら、案の定“不知不觉间就会掌握成熟度,同时提高您的成熟度”と真正面から紹介されちゃってて、それを真に受けてノウハウ本として読んじゃった読者諸氏から、“有點幼稚”とか“沒太大用處”などといったレビューがついちゃってます。あああ。

親の家を片づける

先日新聞を読んでいたら「親家方(おやかた)」という初耳の言葉が載っていました。「親の家を片づける」で略して「おやかた」。う〜ん、正直あまり秀逸なネーミングじゃないなと思いつつも、この言葉を冠した書籍が出ていることを知り、Amazonに行ってみて驚きました。特にレビューの部分。軒並み高評価なんですが、その一つ一つのレビューを読んでいると、興奮を抑えきれなくなります。

父母ともに、戦後のひもじさや貧困を幼少期に経験して、昭和の経済成長をバリバリに経験して生きてきた人間だったので、その物欲と上昇志向たるや、呆れるほどのものがあり、役に立たない置物や巻物、壺から剥製、とても自分たちの生活レベルとは身分不相応なものを大切に押入れにしまったりしていました。

あるある、壺や置物や剥製。私の実家にも、今住んでいる義父の家にも、花を活けるには大きすぎるけど傘立てにもならないような壺、ど派手な獅子や北海道の熊なんかの置物、長い尾が京劇っぽい雉の剥製(それもつがいで!)があります。もう笑っちゃうくらい似てる。


親の家を片づける―ある日突然、膨大な老親の荷物や家の整理と処分が、あなたの身に降りかかってきたら、どうしますか? (ゆうゆう特別編集)

というわけで早速購入して読んでみましたが、いやあ、重い。重すぎる。親が突然倒れた、要介護状態になった、或いは亡くなったなどの理由で、それまで離れて住んでいた子供が親の家を片づけることになって初めて直面する事態をルポルタージュした本なんですが、ことに驚かされるのが「どこの家族にもほとんど共通なんだ……」という思い。

共通というのはつまり、親の世代が戦中戦後の貧しい時代に生まれ、その後高度経済成長をその身に体現してきた人たちで、年齢を重ねるにつれてモノに対する執着が一層強まり、全く必要でないモノまで大量に家に詰め込んだあげく、自分でもどうしようもなくなって子の世代が片づけに直面し、精神的肉体的にものすごく大きな負担を抱える……という構図です。

タンスまるごと空にしてみて、残す必要なものは何ひとつなかったことがわかった時のあの徒労感、で、「これでだいたいこの部屋はもう終わったはず」と思ったら、その奥から手つかずの押入れが現れる…

これは私たちが義父との同居に際して片づけを行ったときにも感じました。あまりにモノが多くて手が回らず、今でも天袋や押し入れの多くは手つかずのままです。九州にある私の実家はもっと大きな家なので、一体どれくらいの押し入れがあるのか想像もつきません。そして、片づけに際して必ず直面するのが、親の世代の「抵抗」です。

自分の領域なら一気に断捨離もできましょうが、親の領域はそうはいきません。親はモノを減らすことに興味がなく、抵抗だけがあります。「私が死んでから片づけてッ」と言われた時には口論にも。

細君によれば、お義父さんも現役時代は片づけ魔で、無駄な物が出してあると「仕舞いなさい!」と叱り、床に物を置くのも許さないほどだったそう。それが定年を迎えた頃から、記念品や思い出の品的なものに執着しだして、今では棚と言わず床と言わず家中にモノがあふれています。

分かるような気もするのです。お義父さんにとってはそれぞれ意味のあるモノなのでしょう。また身体が思うように動かなくなった今、必要なモノをすぐに手に取れるところに置きたいというのもあるのでしょう。

ただ、壊れて使わなくなってしまったガスストーブ、泊まり客があることは金輪際ないのに何組もある布団、うちの実家の場合だと何十年も読んだことがない日本文学全集、同じく何十年もカバーさえ取っていないアップライトピアノなど……合理的に考えれば処分すべきモノたちが家の中に残されているのが我々の親世代の特徴のようです。とはいえ、その「合理的」という部分が、親世代にとっては必ずしもそうじゃないんですね。

戦中戦後の貧しい時代に生まれ、高度経済成長をその身に体現してきた団塊もしくは団塊+α世代は、モノを捨てられないのかもしれません。だからどの家庭も驚くほど状況が似ている。もちろん「もったいない」というのは美徳ではありましょう。が、その一方で戦後の日本がアメリカに追随して大量生産・大量消費という波に乗り、その波に追い立てられるようにしてモノを買い込んできた世代の、一種の悲哀のようなものも感じてしまうのです。

これは、戦後の高度経済成長の「消費は美徳である」という価値観への総括でもある気がします。「戦後とは何だったのか、昭和とはなんだったのか、高度成長とはなんだったのか」とまで考えさせられます。そして、はしばしにも書かれていますが、親たちとのそういった経験から、自分たちがこれからどう生きていくべきか、にまで考えさせられる気がします。

この本は、コンパクトな作りながら様々な示唆を与えてくれます。現在、政財界の要路にある人たちは今だに「経済成長」を謳っていますが、高度経済成長をになった世代が徐々に引退し始め、人口も減少に転じ、食糧やエネルギーを含めて新たな課題に直面している私たちは、成長より成熟を目指さなきゃいけないのに何をやっているんだろう……そんなことまで考えさせられました。

上記のような重い事例だけでなく、親自身がじぶんできっちり「おとしまえ」をつけて片づけた「あっぱれ」な例も収録されていて、救われた気分になります。また自分が「親家片」に直面したときのノウハウ的情報もまとめられており、編集者の力量と心配りが感じられる構成です。

なお最近、このノウハウ部分を充実させた第二弾が出たそうなので、こちらも読んでみたいと思います。

親の家を片づける 実践ハンドブック (ゆうゆうブックス)

義父と暮らせば10:人はそれまで生きてきたように老いていく

やや旧聞に属するんですが、『朝日新聞』のサイトに「好々爺、いずこ」という興味深い記事が載っていました。中でも興味深かったのは、臨床心理士である信田さよこ氏のお話。

高齢男性からの相談は増えていますし、さらに増えると思います。多いのは、妻が出ていった、口をきいてくれない、子供もぐるになって自分を疎外している、といった訴えです。一人で食事をしなければならなくなったり、家族の中での孤独に耐えられなくなったりしてやってくる。でも、自分のどこが悪かったかという反省は、まずないのが特徴です。
(中略)
中高年男性が余暇で参加する活動に対して、アドバイザーが口を酸っぱくして言うのは、過去の自慢話をするな、社会的な地位は忘れろ、人の話を聞け、だそうです。そこから始めないとだめなんですね。
(耕論)好々爺、いずこ 信田さよ子さん、安藤哲也さん、菅原文太さん:朝日新聞デジタル

む〜、やっぱりそうなんだねえ。中高年男性の全てがそうだとはもちろん言えませんけど、この話、先日デイサービスの業者さんやケアマネさんからうかがった話とも符合します。

いわく、デイサービスのような新しい環境に入るためには、他人の話を聞き、他人との関係を調整するような気遣いが必要なんだけど、女性が比較的そういうものに長けている反面、男性はなかなか自分流を曲げなくて、結果溶け込めない。「俺はあんなとこヤダ」「俺はまだあんなに老いぼれてない」とかなんとか言って、結局デイサービスなどに参加しないで自宅に引きこもる人が多いと。うちのお義父さんなんかは、完全にそのタイプかもしれません。

お義父さんは、ときどき細君に向かって「俺の言うことを聞いてりゃいいんだ!」なんて言ったりして、衝突してます。やはり娘夫婦と同居ということになれば、これまでの一人暮らしとは環境が変わるし、お互い気遣いをする必要も生まれるわけで、こっちはこっちでストレスを感じるけど、お義父さんも同じようにストレスを感じる部分はあるのだろうなあと思います。

もっとも、お義父さんが「♪俺の話を聞け〜」とやる相手は細君だけであって、私には言いません。やはりそこはそれ、他人だからという遠慮なり配慮がお義父さんなりにあるのでしょう。だから、お義父さんだから、男性だから他人との関係調整能力が弱いと決めつけることはできないんですけどね。

結局、新しい環境に適応できるかどうかは、他人との調整力というか、もっと単純に思いやりとか公平で穏やかな心の多寡によると思います。だから、もともとそういうものをあまり育んで生きて来なかった人が、いざ定年なりリタイアなりの歳になって臨機応変に変われるわけはないんであって……う〜、もって自戒としたいと思います。

それから、これは先日ネットの『現代ビジネス』で読んだ記事ですけど、その中に印象深い言葉がありました。断末魔の苦しみにのたうち回りながら死を迎えたり、自分が選んだ治療法で晩年のQOLが極端に下がったり、心に大きな後悔の気持ちを残しながら亡くなったり、生前に不倫関係を清算していなかったために残された家族が大混乱になったり……という、胸ふたぐエピソードがてんこもりで読んでて辛い記事なんですが、最後の医師のコメントが印象深かったのです。

人は、死に直面しても、人格や考え方が大きく変わるものではありません。これまで、数々の方の死に立ち会ってきましたが、人は、それまで生きてきたように死んでいくものだと実感しています。
医師たちは見た!「あんな死に方だけは嫌だな」壮絶な痛み、薄れていく意識、耐えがたい孤独 | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

人は、それまで生きてきたように死んでいく。自分の晩年は、当然それまでの人生と不連続な突発的状況なのではなく、今の生き方の延長線上に必然的に立ち現れてくる状況なんですね。

前述の「好々爺、いずこ」には「妻は孫の進学が決まったタイミングを計って出ていきました。退職して一緒にいる時間が増え、変わるかと思ったのに、結局変わらないと、あきらめたんだと思います」という男性の述懐も紹介されていました。老境にさしかかって、変われるか変われないか。「人は、それまで生きてきたように老いていく」とも言えるんじゃないでしょうか。

余談ですが、友人から聞いた話では、本人が「自分が分からなくなってきていることが分からない」ので新しい環境を受け入れられないというのもあるんだそう。デイサービスに行っても「俺にはまだ不必要だ」と言っちゃう心理はそこにもあるのかもしれません。そして、その分からなくなっていることが分かった瞬間はかなりのパニックに陥るそうで、そこが危ないと友人は言っていました。うちは早晩そのステージに進みそうなので、今から心の準備をしておこうと思っています。

炭水化物が人類を滅ぼす

実に刺激的な一冊でした。

最初の100ページくらいは「糖質制限」のお話でダイエット本みたいな雰囲気ですが、その後そもそも食とは何か、家畜とは何か、草食動物と肉食動物との違いから、生命の進化、農耕の起源……と壮大な人類史を俯瞰する様相を呈してきます。

炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学 (光文社新書)

著者は『傷はぜったい消毒するな』で注目された医師・夏井睦氏。外傷を消毒殺菌してガーゼで覆うという当たり前すぎて誰も疑うことのなかった治療法に異議を唱えて、人間自身の自然治癒力に着目した「湿潤療法」を提唱した方です。いまではバンドエイドも、これを応用した製品を出しているくらい有名になりましたが、発表当初は非難囂々だったそう。

この本でも糖質=炭水化物ないしは穀物を主食にする人類史は転換の時を迎えているのではないかという大胆な仮説を展開していて、賛否両論があると思いますし、主食、つまりご飯やパンや麺類の一切を排するとなると、それだけでもう「ムリ」と思ってしまう人は多いと思います。

私も白いご飯はもちろん、パンもラーメンも大好きなので「とてもムリ」と思ってしまいます。でも以前、宮仕えをしていたときに午後からの膨満感と眠気にどうにも耐えられなくて、試験的にお昼を抜く、あるいはごくごく軽くバナナ一本とかソイジョイ(大豆のバーですね)一本などにしてみたことがあり、その時はご飯やパンや麺類をほとんど食べなかったのですが……。

あの時の爽快感といったらなかったですね。しかも数週間でかなり体重が落ちました。朝夕は普段とあまり変わらない食生活でしたし(朝食はグリーンスムージーだけということが多かったです)、バナナもソイジョイも糖分を含んでいるから、この本でいうところの「プチ糖質制限」程度なんですけど、それでも炭水化物を全く取らないとかなり身体が軽かったというのは鮮烈な記憶として残っています。

あの爽快感をもう一度味わいたいのと、長年悩まされてきたアトピーをいい加減なんとかできたらというのと、あとちょっぴりダイエットも期待して、「糖質セイゲニスト」をやってみようかなと思っています。

幸い今はフリーランスで、食事もほとんど自分で作っている気軽な身分なので、一度試しに「糖質制限」をしてみようかなあと思っています。こういう食事制限ってサラリーマンだと意外にやりにくいんですよね。いくら意志を持って行おうとしても、まわりからの(善意の)声が意志を鈍らせちゃうの。「あれ、ご飯食べないの?」とか「食べないと身体に悪いよ」とかですね。特にチャイニーズの皆さんはもう世界一食に命をかけてらっしゃる方々ですから、我々の業界ではこういう制限、なかなか理解してもらえないかもしれません。

試してみた結果はまたエントリさせたいと思います。

義父と暮らせば9:せっせと雪かき

関東地方は記録的な大雪になりました。雪国の方からすれば笑っちゃうくらいのレベルでしょうけど、もとよりこれほどの降雪を想定していない街の作りになってますから、あちこち大変なことになってます。

うちのまわりにはJRに加えて私鉄が二路線走っていて、いずれも都心から一時間強といったところですが、家はどの駅から歩いても30〜40分はかかるというどうしてこんな場所に家建てたのお義父さん的等距離外交を貫いた罰ゲームみたいな場所にありまして、気のせいか積雪はテレビで見る街の様子とは随分違う厚みを呈しています。

放置しておくと明日以降の行動に差し支えるので、早朝からせっせと雪かきをしてました。ついでに、数十メートルほど離れた駐車場に止めてある車も、雪の中から「発掘」してきました。あああ、腰が痛い。かつて九州の田舎に住んで、一軒家を月10000円で借りていた(住んでくれるだけで家が傷まないからありがたいんだって)ときも思いましたけど、うちみたいな夫婦二人にお年寄り一人といった小規模の家族にとって、こういう庭付き一軒家はとても無駄が多いですね。

三人で住むには大きすぎるし、でもって築年数もずいぶん経っているし、掃除やらメンテやら草取りやら枯葉集めやら雨戸の開け閉めやら、それに今日みたいな日は雪かきまで、面倒なことが日々・次々・色々と降りかかってきます。「一軒家は○○の夢」とか何とか言ってないで、こぢんまりした集合住宅に住むのが一番楽ですよ、本当に。管理会社マンションじゃなければ自治会の共同作業とかがあったりするけど、それでも小家族で古い庭付き一戸建てに住むよりはずいぶんマシじゃないかと思います。

しかもお年寄りって、その一戸建ての家の内外にちょっとありえないほどの数の細々とした物をため込んでいるんですよね。家の周辺にもお年寄りがたくさん住んでますけど、お世辞にも小ぎれいとは言えないレベルで物が庭や玄関先にまであふれているお宅も多いです。

そのどれもが長い人生の中でなにがしかの関わりがあった物たちなので、捨てられない気持ちは分からなくもないんですけど、も〜とにかくよく分からないものがたくさん詰まってる。明らかに何十年も使っていない物もあるけれど、これを捨てるとなるとお義父さんは強い抵抗を示します。断捨離とは無縁の世界ですね。

それと、物がごちゃごちゃあるだけで掃除がしにくくなるので、細君も私もなるべく物を持ちたくない、なるべく物を表に出しておきたくない派なんですけど、お義父さんはなるべく物を表に出しておきたい派なんですね。というか、何か物がないと不安というか殺風景に感じるみたい。玄関の下駄箱の上などきれいに掃除して片付けておいても、次の日にはなにやら壺とか馬の置物(今年の干支ですね)なんかが飾ってあります。

まあこういうのは本人のあり方と密接に関わり合っているんであって、80年以上も貫いてきた生活スタイルを娘夫婦と同居したくらいで変えられるものでもないでしょう。しかもここはもともとお義父さんが建てた家で、我々が居候みたいなものですから。というわけで今は、生活感が全くないインテリア雑誌など見ながら、羨望と嫉妬と諦念のため息をついているのです。

「母語なんてちょろい」のか

先日のエントリで、「語学なんて『ちょろい』でしょ」という信憑について書きましたが、Twitterでは台湾の方からこんなリプライをいただきました。

本当に不思議ですね。外語がなかなかマスターできないというルサンチマン(うらみ・つらみ)なのか、本当に外語なんて「ちょろい」からいつでもマスターできると思ってる(でも今はまだ本気出してないだけ)のか……。

もとより外語は母語じゃないので、恐らく一生勉強しても母語なみになることはないと思います。いや、まあ母語なみに学んでしまう達人も世の中にはいらっしゃると思いますが、少なくとも私自身は真の意味での「バイリンガル」にはなれないでしょう。だとしても「学ぶに如かざるなり」なんですよね。あれこれ考えててもしょうがないんで。

これも以前、「『英語プアの日本人は、ますます下流化する』のだろうか」というエントリで、こんなことを書きました。

第二言語を真剣に学び、その習得の難しさを骨身に染みて分かっている人ほど、バイリンガルとかトライリンガルとかネイティブ並みとか「〇〇語がペラペラ」などという言葉は使わないものです。それは学べば学ぶほど,母語の大切さが分かるから。そして豊かな母語があるからこそ、自分はこの第二言語を学び続けて深めて行くことができるんだという確信みたいなものがあるからです。

ここでは要するに、「母語の豊かさが外語学習の伸びしろを担保する」ということが言いたかったんですけど、語学なんて「ちょろい」という考え方のベースには、外語のみならず母語に対しても「ちょろい」という態度が横たわっているのだと思います。

この件については、思想家・武道家の内田樹氏が、ご自身のブログに書かれていた文章に心底共感しています。枕元に置いて朝夕三読したいくらい。

「熟達した日本語の遣い手」というものがありうること、長期にわたる集中的な努力なしには、そのような境位に至り得ないことを人々は認めたがらない。


だが、もちろんそのような文化的環境は存在する。それによる言語運用能力の差異は歴然として存在する。


でも、それを認めない人たちは自分が用いる日本語を豊かなものにすることに何の関心も示さない。


英語を最小の学習努力で習得しようとする費用対効果志向と、日本語はもう十分できているので、あとは量的増大だけが課題だと高をくくっているマインドセットは根のところでは同じ一つのものである。


どちらも言語というものを舐めている。 


言語というのは「ちゃっちゃっと」手際よく習得すれば、労働市場における付加価値を高めてくれる技能の一種だと思っている。


そこには私たちが母語によっておのれの身体と心と外部世界を分節し、母語によって私たちの価値観も美意識も宇宙観までも作り込まれており、外国語の習得によってはじめて「母語の檻」から抜け出すことができるという言語の底深さに対する畏怖の念がない。言葉は恐ろしいものだという怯えがない。


言語を学ぶことについて (内田樹の研究室)

外語と母語について、なにより言語そのものについて、ここまで透徹した語り口でその本質をついた文章を他に知りません。だからこそ外語は小学生から全員がその習得に血道を上げなくていいと思うし、だけど必要な人はより一層真剣に習得に励む必要があると思うんですよね。ましてや、外語習得のために母語の涵養が疎かになるなんて本末転倒も甚だしいと思います。

余談ですけど、こちらもTwitterで拝見して、大爆笑したツイート。

大爆笑ですけど、「やがて悲しき」……というか、小さなお子さんを育ててらっしゃる親御さんに、ぜひ母語の大切さを再認識していただきたいと願わずにはいられません。

母語の大切さについては、台湾の作家・張曼娟氏がこんなことを語っています。動画の最後の部分(2:36あたりから)です。


就是當前世界有幾億人外國人,就是華人以外的人在學中文的時候,身為一個華人卻不學中文,是不是可惜? 每個人的價值觀不一樣。那有一些人可能覺得說,我就是覺得不可惜。那,但是如果我的話,我會覺得很可惜。所以如果我有孩子,我一定不會讓他放棄華文的學習。而且我會希望他的華文比跟他在同一個地區的人的華文都更好。因為我覺得現在會華文已經不是優勢。你的華文要比其他的人更好才是優勢。


いまや中国語圏以外の数億という外国人が中国語を学んでいるというのに、ひとりの華人として中国語を学ばないのは残念ではありませんか? 価値観は人それぞれですから「別に残念じゃない」と言う人がいるかもしれません。でも私は違います。私に子供がいれば、中国語の学習を怠らないようにさせるでしょう。しかもその中国語が、まわりの華人よりも優れたものであるよう望むでしょう。この時代にあって、中国語を話せることは強みではありせん。自らの中国語が人より優れていることこそ強みなのです。

これは青少年に対するメッセージの一部です。華人(チャイニーズ)らしい、功利主義的というかリアリズムあふれる物言いですけど、母語の大切さを説き、人々が母語なんて「ちょろい」と思い込んでいることに警鐘を鳴らす、作家ならではのメッセージだと思います。

通訳や翻訳の留学生クラスを担当するたびにこの動画を紹介して、「どう思う?」と感想を聞くようにしているんですけど、若い学生のみなさんからは「別に〜何も〜」という反応が多いですね。私など、一説には中国語母語話者が六割から七割を占めるとも言われている(日本国内なのに!)中国語通訳翻訳業界の末席に連なる者として、張曼娟氏の言葉を日々かみしめているんですけど。

義父と暮らせば8:家族のためでもある介護サービス

この間、ふと鏡に映った自分の姿を見て、軽いショックを受けました。

「疲れてるなあ、何だか老けたんじゃないかなあ」って。聞けば細君も「あたしも同じ事を考えてた」と言ってました。さらに聞けば細君のとある友人は、かつてはブランドのバッグなど下げた「おしゃれさん」だったのに、最近は親御さんの介護疲れがちょっとした表情や雰囲気に表れていて、「もろもろ分かるわ〜。でも、とても本人には言えない」んだそう。う〜ん、そこはかとなくにじみ出てくるものがあるんでしょうね。私も人に「とても本人には言えないけど、最近ちょっと……」などと思われてるんでしょうか。

いかんいかん、せめて趣味などでリフレッシュしないと。というわけで、今日は能のお稽古に行くんですけど。

お義父さんはまだまだ元気で、特に介護が必要な状態でもないんですけど、最近はちょっとしたことに注意が行かないようになってきた気がします。私はここ五〜六年ほどしか知らないけど、ゴミ出しを忘れるとか(少しでも身体を動かすために、ゴミ出しはお義父さんの役割にしているのです)、水道の蛇口をきちんと閉めなくなるとか、わりあい潔癖できれい好きなお義父さんにしては「以前ならありえない」行動が表れてきました。お風呂に入るのを面倒がったりね。「いよいよ来たか〜」という感じ。

私は週の半分くらいは在宅で仕事をしていますが、家にいるだけでいろいろ気になって落ち着かないというのはあります。階下で何か物音がしたり、電話が鳴っていても誰も出なかったり(時々、目の前の現象に素早く反応できなくなることがあるんですね。あとは、うつらうつらしている時とか)すると、仕事を中断して「大丈夫かな」と考えますから。遠くから豆腐屋さんの「ぱ〜ふ〜」という笛(録音ですが)が聞こえると「ま〜た一丁450円のお高い豆腐を売りつけられやしないかしら」と気が気じゃないですし。

まあ基本、お義父さんの好きなように生活してもらっていいですし、その方が本人もストレスも溜まらなくて健康的だと思うんですけど、火の取り扱いとか、あと段差で転んで骨折とかね、そういうのはやっぱり気になっちゃいますね。それから「洗濯物を取り込みなさい」とか「雨戸を閉めなさい」とか「あいつ(細君のこと)は何時くらいに帰ってくるんだ」とかそういう干渉(というほどでもないけど)も……自分のペースを崩されるということでは軽いストレスになるかな。まあ同居しているんですから当然と言えば当然ですが。

ケアマネさんによれば、さまざなお年寄り向けのサービス、例えば一日外出して食事や入浴やレクリエーションなどをさせてくれるデイサービスみたいなの、もちろん本人のためではあるんですけど、実は家族のためでもあるんだそうです。家族の息抜きのためでもあると。確かに丸一日、あるいはお泊まりでお出かけしてくれたら、その時間はかなり落ち着くかもしれませんね。「軽い臨戦態勢」を一時停止できるから。

「ご家族の皆さんにも、それぞれご自分の人生があるんですから」とケアマネさん。今はまだ大したことないけど、これから認知症が進んで介護が必須の段階になったら、そういうサービスはとても助かるんだろうなと思います。ただ、こないだも見学に行った軽い運動系のサービス、お義父さんは「あんなじいさん・ばあさんばっかりのとこ、俺はやだ」って断っちゃったんですよね。まさか「家にずっと居られると落ち着かないから、たまには外出してね」とも言えないしねえ。

細君は、九州に住んでいる私の妹と仲がよくて、よく電話で長々とお喋りしてますが、妹は介護の仕事をしているんですね。で、上記のような話をしたら「家族だから却って言えない、他人(ケアマネさんや介護士さん)だから言えることもある。他人が言うからお年寄りも聞き入れる、ということもある」と言われたそうです。やはり他人だから時に優しく時に厳しく、時に演技も含めてお年寄りを動かすことができるのだそうで。これが身内だと、なまじ情もあり、恨み辛みもあるから、衝突ばかりが表に立ってしまうと。

妹やケアマネさんによると、お年寄り、特に男性は「俺はそんなのイヤだ」と言いがちだけれど、行ってみると意外に気に入ったりもするそうです。で、先日もケアマネさんがうちに来て、懇切丁寧に様々なサービスへの参加を勧めてくれたんですけど、お義父さんはやっぱり「いや、まだ私はけっこうですから」って全部断っちゃいました。わはは。

デイサービスなどを見学に行っても、うちのお義父さんに限らず「俺にはまだ必要ない」「あんな年寄りばかりの所はイヤだ」って溶け込めないのは男性に多いとケアマネさん。端的に言って、女性に比べてこれまでとは違う環境への適応能力が低い方が多いのだと。う〜ん、海外への留学でも男性は異国に適応できずに痩せる人が多く(私も中国で痩せました)、女性は逆にエンジョイして太っちゃう人が多いと言われるんですが、何か通底するものがあるような気がします。

追記

2014.2.6

Twitterで「レスパイトケア」という言葉を教えていただきました。

『知恵蔵2014』に載ったばかりだそうですから、比較的新しい言葉なのかもしれません。私は初めて知りました。乳幼児や障害児や高齢者などを在宅でケアしている家族を癒やすために、一時的にケアを代替して、リフレッシュを図ってもらうための家族支援サービスを指すそうです。

「『家族がケアを休む必要性』の社会的認識が日本で低いことによる利用抵抗感」が課題だそうです。なるほど、ついつい家族の中で頑張っちゃって、他に助けを求められない、また親を施設に入れることに対する批判的な視線など、日本ならではの問題も孕んでいるんですね。

レスパイトケア とは - コトバンク

通訳は「ちょろい」職業か

春節休暇(今年の春節は1月31日)のためか、都心に出ると観光客とおぼしきチャイニーズのみなさんを多く見かけます。日本の洗練されたところも、そうでないところも見て行ってほしいですね。本来の姿をありのままに体験してもらうだけで十分「おもてなし」になると信じています。

昨今はもっと外語(なかんずく英語)を学べとか、看板の表記を改善しろとか、おそらく2020年に向けた施策を叫ぶ声が様々な方向から聞こえてくるんですけど、そういう利便性を追求することだけが「おもてなし」じゃないと思うんですよね。それはむしろ旅情を削ぐんじゃないかと。不思議な未知の国のままである方が観光客は楽しいはず。だからありのままの日本をそのまま見せればいいのだと思っています。

おそらく春節休暇で急増するチャイニーズの観光客対応なんでしょう、ネットで登録している派遣業者のサイトから、店頭通訳の短期派遣求人がメールで数多く舞い込みます。相変わらずの低賃金でぴくりとも食指が動きませんが、昨日はこんな求人文句がありました。

スポーツ用品ショップにて中国人のお客様対応をお願いします。中国人のお客様の要望をヒアリングし、日本人の販売スタッフへ日本語に通訳するだけ! 商品知識は全く必要ありません!

う〜ん、商品知識が全くなくて、どう訳せというのかな。通訳は単に音声を変換しているんじゃないんだけどな。通訳者の耳に言語Aを聞かせれば、口から言語Bが出てくる…という機械だと勘違いされている方、いるんですよね。「言ったことをそのまま訳してくれればいいから」って、事前に情報を全然出してくれないクライアントがその典型。それでも言葉である以上訳せる部分はあります。あるけど、訳出の精度はかなり落ちます。これは「喋れれば訳せるでしょ」という信憑が根底にあるような気がします。

チャイニーズの観光客は、わざわざ日本までやって来て、本国では手に入らない仕様の本国より割高なスポーツ用品を買おうとされてるわけですよね。そんなお客さんに店員が「このスニーカーはフィットネスヘリテージをコンセプトに開発されたVintageパックで、レトロテイストなアッパー素材やクラックドサイドストライプやユニオンジャックをシュータンに施した今シーズンの注力コレクションです」と言ったら、知識なしに訳せると思う? いやこれ、たった今リーボックのウェブサイトから拝借してきたフレーズですけどね。

店頭販売でそこまで説明しない? まあそうかもしれませんね。「この靴、いいです。おすすめです。お安くしときます」くらい言えればいいのかな。「とにかくいろいろと細部にまでこだわった、今流行りのすんごくいい靴なんですっ!」くらいに超意訳することだったらできるかもしれません。でもお目の高いお客様や、商品に自信と誇りを持っている販売員だったとしたら不満でしょう。

商品知識なんかいらない、「喋れれば訳せるでしょ」というのは結局、お客様と販売員と、そして通訳者をも「なめてかかってる」んじゃないかなと思ったんですね。

と、昨日はFacebookのタイムラインでこんな記事を教えてもらいました。通訳案内士の受験者が減少してるという話です。

日本を訪れる外国人旅行者を案内する観光ガイドの不足が深刻化している。ガイド不足に向けて、観光庁は「通訳ガイド制度」の創設を打ち出したが、これが逆に既存のガイド資格の受験者数減少を招いている。観光庁は新資格創設を事実上断念。政府は東京五輪が開かれる二〇二〇年までに外国人旅行者を現在の倍の二千万人に増やそうとしているが、政策の混迷が足を引っ張っている。

東京新聞:「五輪までに2000万人」大丈夫? 訪日客ガイド不足

まあレートは激安だし、モグリが横行しているうえに取り締まりもほとんど行われてないしねえ。私も通訳案内士の資格を持ってますけど、ガイドの仕事をしたことは一度もありません。端的に言って通訳案内士の免許を取っても実際に稼働する人が少ないのは、きちんとした対価が支払われないからです。そしてそのベースには「喋れれば訳せるでしょ」という信憑があり、通訳なんて口先でぺらぺらっと喋って稼げる「ちょろい」職業だという誤解があるのだと思います。

上記の求人にせよ、通訳案内士の受験者減少にせよ、その背景には通訳という仕事に対する無理解が横たわっているなあと改めて感じたのでした。

ちなみに通訳なんて「ちょろい」でしょという誤解、語学なんて「ちょろい」でしょという意識と繋がっていると思います。内田樹氏のこちらのエントリをぜひ読んでいただきたいです。全編引用したくなるほどの素晴らしい文章ですが、とりあえずここだけ引用させていただきます。

英語を最小の学習努力で習得しようとする費用対効果志向と、日本語はもう十分できているので、あとは量的増大だけが課題だと高をくくっているマインドセットは根のところでは同じ一つのものである。


どちらも言語というものを舐めている。


言語というのは「ちゃっちゃっと」手際よく習得すれば、労働市場における付加価値を高めてくれる技能の一種だと思っている。


そこには私たちが母語によっておのれの身体と心と外部世界を分節し、母語によって私たちの価値観も美意識も宇宙観までも作り込まれており、外国語の習得によってはじめて「母語の檻」から抜け出すことができるという言語の底深さに対する畏怖の念がない。言葉は恐ろしいものだという怯えがない。

言語を学ぶことについて (内田樹の研究室)

幸か不幸か、日本はこれだけの巨大な人口(世界でも十指に入ります)がほぼ一つの言語で暮らすことのできる珍しい国です。それがこの国独特の社会と文化を創り出すことに貢献してきたわけですが、反面私たちは、外語に対する無理解といじましいまでのコンプレックスを育み、そして空気のような母語に対するありがたみの喪失を招いて今日に至っているのかもしれません。

追記

2014.2.1

これもFacebookのタイムラインで教えていただいたんですけど、通訳案内士試験に合格して免許を申請する際に「精神疾患の有無に関する健康診断書」が必要になったって、ホント? 私が取得した頃は求められませんでしたが……というか、一体何があったんでしょう。だいたい二次の口頭試問は人物考査も兼ねてるんじゃなかったのかな? 上記の記事の新資格騒動といい、行政の混迷ぶりが際立ってます。

さらに追記

2014.2.2

この「精神疾患の有無に関する健康診断書」について、Facebookで事情に詳しい方からご教示いただきました。感謝申し上げます。

通訳案内士は国家資格ですが、こうした国家資格には以前「精神障害者」を排除する「絶対的欠格条項」というものが規定されていたそうです。それが2002年に一括法改正がなされて、全てを排除するのではなく、通訳案内士として適当でない疾患を省令で定めるという「相対的欠格条項」へ改められたそうです。
通訳案内士法(第二十一条)

診断書はその施行規則にある「精神の機能の障害により通訳案内の業務を適正に行うに当たって必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者」かどうかを判断するために提出を義務づけるようにしたもよう。つまり、全ての精神疾患を一律に排除するのではないということですね。通訳案内士だけでなく多くの国家資格でこのような措置がとられたとのことです。
通訳案内士法施行規則(第十七条)

これは障害者団体からの要望を受け入れた改正だそう。ざっと検索したところ、以下のページがありましたのでリンクを張っておきます。
精神障害関係の欠格条項の改正評価と今後の課題

おいしくて楽しい料理

先日、料理研究家・小林カツ代さんの訃報に接しました。

皆さまに長きにわたり親しまれてまいりました料理研究家小林カツ代は、2005年夏にクモ膜下出血を起こしたあと、ゆっくりと療養しながら、このサイトを日々楽しんで、静かに暮らしていましたが、去る1月23日(木)に家族が見守る中、安らかに天国へと旅立ちました。享年76歳でした。ここに謹んで御報告申し上げますと共に、故人の快復を祈り待ち続けてくださったファンの皆様に厚く御礼申し上げます。(中略)生前、「私が死んじゃっても、美味しい私のレシピは永遠にそこの家の家庭料理として残るのが嬉しいわね」と、大好きな珈琲を飲みつつ、笑いながらスタッフに話をしていました。
重要なお知らせ - KATSUYOレシピ

と、Facebookのタイムラインで、2005年に行われたインタビュー記事を知りました。含蓄のある言葉の数々です。

——家族でおいしく楽しく食べられれば、手作りとか自然食にこだわる必要もない?


「手作り」という言葉も嫌いですね。だって、料理は手で作るに決まっているじゃないですか。自然食にこだわる人もどうでしょう。何でもかんでも「自然」にこだわる人にはユーモアが感じられません。だいたい発想が「あれもいけない」「これもいけない」なので、おいしそうな感じがしません。そうではなくて、「これもいい」「あれもいい」という発想のほうがおいしい料理を作れると思うんです。


病気でもない限り、減塩とか減油といってぼけた味の料理を作っている人は、その人の人生もぼけていくと思います(笑)。そういう引き算の考えでは、おいしい料理は作れません。玄米が本当においしいならば、今でもみんな玄米を食べているはずなんです。でも実際はそうじゃない。自然かどうかじゃなくて、「おいしい」料理が元気を作るんです。


小林カツ代/「安全」や「自然」より、「おいしい」料理がいちばん大事 - 学びの場.com

う〜ん、いま、高血圧と肝機能障害があるお義父さんのために食事を作ってて、お医者さんから言われたとおりに多少なりとも減塩とか菜食とかに気を使ってるんですけど、やっぱり徹底しちゃうとかえって認知症が進行しちゃうかしらんと思ったりして。ま、もとより「ずぼら」な性格なので(私が)、昨日は極薄だったから今日はその分濃くてもいいや的なテキトー減塩だったり、時にどぉんとボリュームのある料理を作ってお義父さんにドン引きされたりしてるんですけどね。

小林さんのレシピをいくつも参考にさせていただいた一人としてご冥福をお祈りします。そしてこれからもおいしくて楽しい料理を作っていこうと思います。

追記

「おいしくて楽しい料理」ということでは、最近よく拝見しているのがこちらのブログ。こちらのレシピはどれも素朴かつオシャレです。なんだか矛盾するようですけど、ブログを読めば分かります。しかも「男の料理」的なアプローチとは全然違うところで、細かなところに手を抜いていないのがいいんですよね。

ばーさんがじーさんに作る食卓

今晩は、先日のエントリにあった「タマネギとごはんのグラタン」を作るのです。ああ、楽しみ。

フォアグラ弁当は残酷か

コンビニのファミリーマートで発売予定だった「フォアグラ弁当」が、消費者からのクレームを受けて発売中止になったというニュースを読みました。

ファミリーマートは24日、28日に予定していた「ファミマプレミアム黒毛和牛入り ハンバーグ弁当~フォアグラパテ添え」の発売を取りやめると発表した。フォアグラについて消費者から「残酷な食べ物だ」と指摘があったという。


フォアグラは、ガチョウやカモなどに大量の餌を食べさせ脂肪肝の状態にした肝臓で、フランス料理などに使われる食材。


ファミマは「一般的に受け入れられている食材と認識して発売を決めていた。不快に思われた方には申し訳ない」(広報担当者)としている。

http://www.47news.jp/CN/201401/CN2014012401001950.html

金髪に高い鼻が人種差別だとクレームのあったANAのCMや、カエルのキャラクターが未成年の飲酒を誘発するとクレームのあったキリンのチューハイなど、このところ似たようなニュースが続きましたが、実は私、最初はいずれもいわゆる「釣り」じゃないかと思って何度も確かめちゃいました。

で、ANAやチューハイはさておき、フォアグラについてはそれまでも流通してたのに、コンビニで販売するようになったらクレームが顕在化したというのが興味深いですね。「消費者」の「指摘」の動機は何だろうと考えて、「欧米で健康志向が高まり、フォアグラの消費量が減ったぶん日本に安価で流れ、コンビニ弁当にまで登場、そうやって大量消費を温存するから鳥たちの受難は続くのだ」っちゅ〜抗議の理屈を拵えてTwitterに流してみました。

数日経って分かったのですが、健康志向の部分はハズレみたいだったものの、その他はだいたい想像通りだったようです。欧米で倫理的(?)な観点からボイコットが起こっていて、コンビニでの大量消費はその流れに逆行するものだという主張をされている「消費者」の一団があるんですね。

http://www.hopeforanimals.org/topics_detail6/id=274

まあ私はフォアグラなどほとんど食べたことがないし、これからも食べなくても特に残念でもないんですけど、コンビニがフォアグラの流通先になれば、「残酷な」生産が温存ないしは拡大されるという理屈、特にその「残酷だ」という理屈を敷衍していけば論理が破綻するんじゃないかと思いました。

これはもう昔から、例えば呉智英氏などが太田竜氏あたりを批判して繰り返し取り上げられてきた議論ですけど、じゃあ狭いところで肥育させられる魚の養殖は、労働の成果を横取りされる蜜蜂は、高温で大量死させられるイースト菌は…と際限なくなるんじゃない?

というか、敷衍する気はないのかな。それはそれ、これはこれ。是々非々。上記の「団体」は肉食の弊害を訴えていて、その主張はとても論理的で隙がないように見えます。でもこう言っては失礼ですが、比較的豊かな都会でしか生きてこなかった方はそういう硬直化した思考法に陥るのかもしれないと思います。自給自足に近い暮らしを一度なさってみるといい。人間がどれだけ他の生き物に活かされているかが分かります。

肉を食べないのは自由です。私だって肉の大量消費はいいことだとは思いません。が、それをイデオロギーにしない方がいいんじゃないかと。野菜だって作ってみれば分かりますが、F1の種苗(ぐぐってね)から間引きから植物の一生を無視した収穫時期から、とことん人間の都合、優生思想なんです。きっとそれにも我慢できなくなるよ。

そしてそういう人間の都合で、肉にしろ野菜にしろ穀物にしろ、食べ物を生産する仕組みを営々と積み上げてきたからこそ、食べ物にとどまらず人間の必要な物資を他の生命を犠牲にすることで生み出してきたからこそ、今これだけの人間が(自分も含めて)この世の中に生きていられるんじゃないかな。その営為をあまり軽く見るべきではないと思います。贖罪したい、気持ち的にスッキリしたいのは分かるんですけどね。

大量生産・大量消費を見直そうという考えには共感しますが、コンビニのフォアグラ弁当を「残酷だ」という理由でボイコットするというのには、どこか釈然としないものを感じたのでした。

義父と暮らせば7

部屋にエアコンを入れました。

これまで小さな電気ストーブで暖を取ってきたんですけど、築半世紀のこの古い家ではさすがに厳冬期は辛くて、ついに我慢ができず「価格.com」で最安値のをポチッと。電気工事は近所のおなじみさんにお願いしました。

あああ、快適。電気をじゃんじゃん使うのは若干の後ろめたさも感じるので、いっそのこと昔使ってた火鉢にしようかとも思ったんですけど、深夜や早朝はやはりエアコンが最強。古い家は壁や天井に断熱材など入っておらず、外の寒さが直接伝わってくる感じなんです。特に外壁と繋がってる押し入れなんか開けると、ほとんど冷蔵庫という感じ。こんなに寒い冬は、部屋の中でコップの水に氷が張った学生時代の下宿以来です。若いときはサバイバルできましたが、アラフィフには辛いです。

寝室と私の仕事部屋のそれぞれにエアコンを入れ、ブレーカーが落ちないよう新たに配線工事もしたので、かなりの臨時出費になりました。日中関係が冷え込んで業界が超氷河期を迎えているこの時期、この出費は痛いわ〜。細君は「何でじいさん(注:お義父さん)が出してくれないのよ!」と怒っていますが、まあ我々の居住空間ですからね。

「でもさ、炊事・洗濯・掃除から、日常の細々したことまで全部私たちがやってあげてるんだよ? 少しくらい感謝してもバチは当たらないっての」

まあそうね。でも同居していることで家賃はかからないわけだし、お義父さんとしては、じゅうぶん恩恵は与えてやってるだろうということなんじゃないの。

「それに、毎月光熱費を請求してくるのが信じられない。頭数で割って三分の二を寄こせと言ってくるじゃない。日用品だって全部私たちが買ってるんだからね」

まあそうね。その辺はまあ、親しき仲にも礼儀ありというか、お互い大人の付き合いしましょという、お義父さんのスタンスなんじゃないの。

とはいえ細君にとっては実の父親だから、よけいそのドライなところに腹が立つようで「もう、要介護になっても面倒なんて見てやんない!」とか、ときどき毒を吐いてます。なんか「大手小町」みたいなハナシになってきましたが。

同世代の友人・知人で、やはり親の介護でてんてこ舞いしている人たちの話を聞くと、程度の差はあれみなさん「できるだけのことをしてあげよう」という気持ちと「もう面倒なんてみてやらない!」という気持ちとの間で、そのときどきに、いろいろなグラデーションを呈しているようですね。

こないだ友人からもらったメールには、こんなことが書かれてありました。

うちの母も認知症で、今はもう私のこともわからなくなっていますが、やはり通常の生活は一応送れるけど一人で暮らすにはかなり不安がある、というレベルの時が、一番大変な気がします。本人はわからなくなってきている状況を受け入れたくないという気持ちが強いので、周りが振り回されちゃうんですね。


各御家庭で考え方がだいぶん違うところではありますが、最終的に専門の施設に入ってもらうことを早めに検討しておいたほうがいいような気がします。周りにも認知症の親を抱え、大変な思いをしておられる方が結構いて、みんな最初は家族だからと頑張るんですが、のちのち疲れきってしまうんですね。

うん、うちはまさにこの「レベル」ですね。私が週の半分くらいは在宅ワークしてますから、家事も片付けられるし、育児もないので一般的なケースよりはよほど負担が軽い方だと思います。それでも、一から十までとは行かないまでも、一から七か八くらいまではこまごま気を使ってると、気持ち的に煮詰まってくる瞬間がたまにあります。

それに畢竟「義父」ですから、「できるだけのことをしてあげよう」というモチベーションの維持に、ときどき自信がなくなりそうになることも、正直あるんですよね。お義父さんは昔から亭主関白かつマイペースな人だったそうで、細君は「これだけ面倒見てもらっといて、『ありがとう』とか『すまないね』の一言も全くないんだよね」と日々「disって」います。

もう一人、別の友人からはこんなメールをもらいました。やはり両親を介護で抱えている人です。

長寿ということがまったくめでたくない国に住んでる私たち。今、介護者としてがんばっている世代が介護から解放されたとたん、こんどは被介護者になるのですよ。それも「ボロボロ」の状態で。

う〜ん、長寿がめでたくないというのはシビアで重い表現です。でも確かに後半生が介護→被介護で終わるというのも悲しすぎる。人類史上いまだかつてない規模で、世界でも一番最初に超高齢化社会へ突入しつつある私たちは、長い老いと上手く折り合う習慣や思想やライフスタイルを手探りで見つけていかなくてはならないのかもしれません。

今後、自分の暮らしや仕事や親の状態がどのように変化していくか予想することは困難ですが、そのときどきで最適解を見つけていくしかないんでしょうね。

語学は筋トレみたいなものだけどホントにやりたいですか?

フランス語の教科書『スピラル』に付録でついている「ポートフォリオ」という小冊子は、フランス語に限らず外語学習者にとって貴重なヒントが満載です。これほど的確な外語学習のアドバイスは見たことがありません。

版元が太っ腹なことにpdfを公開しています。以前リンクを張っていたのが変わっていたので、再録しておきます。
http://www.hachette-japon.jp/image/data/Portfolio.pdf

特にこの「ポートフォリオ」に入っている「フランス語学習のためのアドバイス」と「ストラテジーを明確にするための評価シート」が秀逸です。この二つは常に座右に置き、熟読玩味されたしと、中国語学習者の皆さんにも勧めたことがあるくらいです。

「フランス語学習のためのアドバイス」には、冒頭にこんなことが書いてあります。

外国語を学ぶこと……
……それはスポーツのようなものです。

外語学習のうち、聴いて話すという能力を伸ばしたいのであれば、初期の段階は語学とか勉強とかいうより、むしろ身体トレーニングと考えた方がいいです。私は筋トレと思っています。言葉を聴く・話すというのは畢竟一種の身体能力で、しかもこれまで日本語にしか対応していなかった喉や口腔や唇やその他の身体器官の能力を、他の言葉にも対応できるように、様々な調整と訓練を加える……まんま筋トレなんです。この筋トレをやる前に会話学校に行っても、あまり効果は上がらないと思います。筋肉がつく前にレースに出るようなものだから。

……と思っていて、先日ネットで調べ物をしていたら、偶然こちらのブログの記事に出会いました。

そんな中、自分なりに思うのは、(ネイティブレベルを目指さなければ)語学学習と筋トレはかなり近いな、ということ。どちらも才能はあまり関係ない。適切なトレーニングを一定量サボらず積み重ねれば、誰でもそれに見合った効果がある。


カジケンブログ筋トレにあって、語学学習には無いもの。

同感です。筋トレに近道はありません。どんなにお金持ちであっても、今すぐここで筋肉をつけるのはムリな相談なんです。「三日であなたもマッチョに!」などというジムの広告があれば、誰だって胡散臭いと思うはず。語学だって、少なくとも聴く・話すは身体能力だから、一定量を継続して(できうる限り大量かつ長期に)やらなければ、身につきません。なのに「三日であなたもペラペラに!」みたいな本やメソッドが次々に登場するんですよね。次々に登場するということは、それに飛びつく客層が一定量いるということで。

さまざまな比喩

筋トレとかスポーツということでは、努力して語学をモノにした先達たちの金言・至言が興味深いです。表現は違えど、みなさん同じようなことを言っています。

俳優の渡辺謙氏が英語を学んだときの実感を紹介しているこちらのブログの記事。大先輩の中国語翻訳者のブログです。

謙さんによると、英語でのコミュニケーションが必要な場に長くいると、「あれっ、俺っていつのまにかこんなに英語が分かるようになってる」と気づくことがあるそうだ。逆に、しばらく英語を使わないでいると、あっというまにその英語力が消えてしまい、また分からなくなってしまうのだという。


その状況を謙さんは、「まるで雪みたいなもんですよ」とたとえた。ふと気づくと、ずいぶんと積もっていたり、あるいはいつのまにか溶けて消えていたり。


語学に関して悪戦苦闘している人なら、絶対にうなずける比喩だ。ただし、たとえ少しずつであっても、雪がなが~~~く降り続けると、根雪になったり、土と一体化した地層になったりして、ゆっくり蓄積するんじゃないだろうか、とも思う。


中国語翻訳者の仕事実録語学は雪のようなもの(by 渡辺謙さん)

筋トレも、ちょっとサボるとたちまち筋肉が落ちますし、スポーツもちょっと休むと身体がなまって、元に戻すのが大変ですよね。語学も同じような側面があると思うんです。

あと、これはどなたがおっしゃったのか失念してしまい、ネットで探しても見つからなかったのですが、「語学はエスカレーターを逆向きに上るようなものだ」というのを聞いたことがあります。少しでもサボるとどんどん下がっちゃう。常に学んでないと(上ってないと)いけない。母語はそう簡単に忘れないでしょうけど、外語・第二言語はいとも簡単にその能力が失われるんですよね、それはもう非情なくらいに。

ビジネスマンに個人レッスンで中国語をお教えすることがありますが、上記のことを踏まえて毎回同じようなことを言ってます。「毎日、10分でも5分でも1分でもいいから、中国語の音声を聴き、口に出してください」。1分ならやってもやらなくても同じなんじゃないかと思うでしょうけど、毎日やってるってのが意外に重要なんですよね。毎日、1分すらもやらなかったら、すぐに「やらないモード」に落ち込むから。筋肉が落ちて、雪が溶けて、エスカレーターから放り出されます。

ホントにやりたい? どこまでやりたい?

いつもの話で申し訳ないけど、つくづく、こんなにしんどい・めんどくさいことに「小学校から早期教育だ」「中学校から全部英語で授業だ」と全国民が血道を上げなくていいと思います。趣味で学ぶだけならまだしも、ビジネスに必要なレベルの語学は、それが必要な方だけが学べばいいんです。ただし学ぶからには「必要」なんだから真剣に大量に訓練しなきゃいけませんが。

上記の「カジケンブログ」さんは、ジムのトレーナーみたいな語学教師には一定の需要があるのではないかとおっしゃっています。

語学学習は継続が命。長くて苦しいマラソンを、声かけしながら並走してくれる先輩ランナーのような存在がいたら、それだけでも目標達成は約束されたようなものかも知れません。


いやマンツーマン英会話とか結構あるやん?それじゃだめなの?


私が知らないだけなのかも知れませんが、業界で一番評判が良い学校のマンツーマンレッスンに通ったりした経験から言えば、上記どれも皆無かと。というか、何かしら教科書があって教室に来たらそれを1対1で教えてくれる、という形がほとんど。


完全に逆なんです。


理想論ですが、自分のなりたい目標から逆算してそれに必要なものだけを自分用に完全カスタマイズして学習したい。僧帽筋上腕二頭筋をこれぐらい鍛えたいみたいな、そういうニーズってあるんじゃないかな、と。

これも同感です。というか、今まさにそういうのをある方と一緒にやっています。この方は会社員で、仕事に使うからここまで中国語をマスターしたいというはっきりした目標があって、そのためにどこを鍛えればいいかこちらから提案して、実際に学習、というかトレーニングをしています。もう一年近く続いていますが、けっこう語学の筋肉がついてきたと思います。

そうそう、上記のブログでも言及されていますが、語学を学ぶ際に自分の目標を明確に立てることは大切だと思います。漠然と「ペラペラになりたい」じゃなくて。

目標を立てるということでは、こちらのブログにも大いに共感しました。自分に必要な英語能力はどのレベルなのかをきちんと把握しようということです。

まつひろのガレージライフ日本人に必要な英語のレベル

詳しくは本文にあたっていただくとして、私はこちらの記事を読んでとても気が楽になりました。だって私はここに書かれている「英語なんて基本的に必要ない。たまに観光旅行に行った時に、レストランで食事が頼めれば充分」な人間だから。そういう人は「中3までの英語がキチンと分かればもう『出来過ぎ』なレベル。高校英語は必要ない。高校3年間は中3までの英語をひたすらやり直し、血肉にしたほうがずっと実用的だろう」って。

巷間かまびすしいグローバルだTOEICだ国際人だ……という声に惑わされることなく、自分が本当に必要としているのは何かをもう一度自分によくよくたずねてみたほうがいいと思うんです。先日都心の大型書店に行って中国語の教材を物色したとき、隣の売り場に山とあふれている英語関連本の数々にやや圧倒されながら、改めてそんなことを考えました。

義父と暮らせば6

厳寒のこの時期、あまりにもブレーカーが落ちまくるので、結局東京電力にお願いしてブレーカーの容量を上げてもらいました。昔はこの二階屋で細君の家族が暮らしていて特に何ともなかったそうですから、いまは家電製品の使用電力が昔に比べて格段に増えたということですね。

そりゃそうです、お義父さんは火の取り扱いが怪しくなってきたので、ガスや石油関係を全て電気に変えたんですから。それでも夜中に台所のエアコンつけっぱなしとか、よく切り忘れが発生します。認知症には様々な症状がありますが、お義父さんの場合は、まずそこにしかとある物が確実に認識できないという状況が増えつつあります。

例えば夕飯に鍋を食べていて、焼酎の烏龍茶割りを飲んでいる(医者からは禁酒を勧められていますが、「週に一杯だけ楽しい酒なら」ということで許してもらいました)。で、ポン酢を焼酎にそそいじゃったりするのね。ポン酢と烏龍茶、似てるからね。う〜ん、まあこれくらいの「うっかり」ならハッキリ言って私にもありそうですが。

他にも例えば、玄関のインターホンが鳴っているのに、反応できないとか。音は聞こえていても、それが次の行動に結びつかないことがあるのです。でもそれはいつもではなく、いろいろなことに気が回ってしっかりしているときもあります。そういうアップダウンを繰り返す、そしてその振幅が大きくなってくる、ということでしょうか。

昨日も、配線の下見をお願いしていた電気工事屋さんが来てくださったんですけど、私がたまたま近所の郵便局に外出した時で、お義父さんはインターホンに反応できなかったらしく、工事屋さんは不在だと思って帰っちゃったそう。今朝改めて来てくれたので「すみませんでした」と謝ったら「どこのお宅も同じですね」とおっしゃる。

「同じ…ですか?」
「そうですよ。この辺は、子供が実家に帰って同居を始めるお宅が多いんです」

へええ。確かにこの周辺は半世紀ほど前に開発が始まった新興住宅地で、そのころ家を買って移り住んだ方が揃って高齢者になりつつあるコミュニティなんですね。朝、公園へ運動しに行くと、それはまあたくさんのお年寄りがウォーキングしてるもの。

「そういうお宅では、これまで一人暮らしで気が張ってたお年寄りが、急にほっと安心して気が抜けるんだそうですよ」

へえええ、なるほど。認知症が進んできたので同居を決めたわけですが、その同居が認知症を促進する側面もあるんですね。もちろんお年寄りが子の同居によって得られた安心感・満足感・幸福感にはかえがたいものがあるわけですが、同時にこれまで一人でしてきたこと・できたことを家族に任せるようになってしまうと。

細君は同居前からこの側面に気がついていたそうで、だから同居後も例えば朝のゴミ出しはお父さんの役目ね、とか言っていろいろ身体と頭を動かすように持って行っています。それでもお義父さんはだんだん横着になっているみたいで、「これ、洗って」とか「お〜い、お茶」とかいうセリフが増えてきたので、細君が「自分でやりなよっ!」とキレてますが。

自分の身の回りのことが、だんだん他の人の手を借りなければいけなくなってくる、それが単なる横着とか無精とかそういう個人的キャラクターの範疇を越えて、認知や認識のレベルでできなくなってくる……認知症というのは狭義には「知能や記憶や認知力や人格のありようなどが後天的に低下した、あるいは低下していく状態」を差すようですが、それはまるで大人が子供へと退行していくようでもあります。

先日、平川克美氏の『小商いのすすめ』を読んでいたら、成長のプロセスにはひとりひとりのバラエティがあるけれど、老いのプロセスは誰もが平等だという、印象に残る記述がありました。

成長とは、本来「生まれたときは平等」だったはずの人間が、個としての自分を確立していく過程で、お金持ちになったり、貧困に生きなくてはならなかったり、才能を開花させて名をなしたり、平凡な暮らしの中に幸福を発見したりというように個々にばらけていくプロセスでもあるわけです。
もちろん、現実的には生まれたときには、すでに人生に差がついてしまっているということも事実でしょうが、ここではあくまでも原理的な話をしています。
どんな大金も、才能も、名誉も、墓場に持って行くことはできません。
その墓場までのプロセスとは、まさにばらけた個々がもう一度「死」という絶対的平等へと降り下っていくプロセスであるわけです。

老いとは死に向かって収斂していくことだというイメージが、妙にしっくりと腑に落ちたのです。

この世に生を受け、幼児段階から徐々に成長して青年になり大人になり成熟をとげ、そしてまた降り下っていく、つまりは幼児に戻っていく。生まれる前の段階と「死」は同じものではありませんが、いずれもこの世に生を受けていない、この世に生がないという点では選ぶところがありません。

実際には成熟に成熟を重ねて、その成熟の最高点で往生する人もいるのでしょうから、こうした比喩が一面的であることは承知しています。それでも、老いとは大人が幼児へと、そして生を受ける前へと退行していく過程なのだなあと思ったのでした。

もっとも、うちのお義父さんはまだまだしっかりした大人ですけどね。ただ、鍋なんかやってると美味しいとこをごっそり持って行って、我々に残してくれないことがあって、私なんか「あら、子供っぽくなってきてるのかな」と思うんですけど、細君に言わせると「あ、それ、昔からだから。もともとの性格よ」だって。個人的キャラクターの範疇でしたか。

再び「英語を学ぶ人々のために」

年が明けて、また今年も仕事を頑張ろうという気持ちの時に、よく読み返す文章があります。戦後間もない昭和二十三年二月に書かれた、中野好夫氏の『英語を学ぶ人々のために』です。

中野氏は、敗戦後に人々の英語熱が急激に高まったことを「むろん悪いことではない」としながらも、こう書いています。

だが、それでは今の英語全盛を、私たちは、そのまゝ無条件に喜んでいたらそれでよいかということになると、私はどうもそうは思えない。というのは私は、日支事変から太平洋戦争中にかけての日本人の英語に対する態度をイヤというほど見てきているからである。私の関係している東京大学の英文科についていえば、昭和十二年頃までは、毎年必ず四五十人はあつた志願者が、その頃からはツルベ落しのガタ減りで、戦争中などは四五人か、多くて五六人が精々だった。(中略)

ところが戦後はどうなつた。英文科は迷惑な殺到だ。ドイツ語をやつたものまでが、なんとかして英文科へもぐりこもうとする。今年の志願者はいよいよ五十を越えそうだ。それ自体は別に悪くはない。だが、私にはこうした人間の軽薄さが嫌いなのだ。こうした情勢次第の英語志願者を頼もしいとは思えないのである。おそらく就職のよしあしに色眼をつかつた、こうした英語勉強に期待が持てないのだ。

※原文は旧漢字。以下同じ。


中野好夫氏。写真は光文社古典新訳文庫さんから。
http://www.kotensinyaku.jp/archives/2015/02/006472.html

中野氏によれば、戦時中も英語は敵性言語などと言われながらも、だからといって英語を学べば国賊だというほどではなかったそうです。もちろん今よりもずいぶんと階級差の激しい(格差ではなくて知識の階級差)時代だったでしょうから、中野氏のいた知識層と一般大衆との英語に対する感覚は違っていた可能性もありますけど。

それでも、戦時中はあんなに人気のなかった英語に、戦後は人々がなだれを打って殺到するさまを見ながら、中野氏が内心面白くないものを感じたというのはよく分かります。規模は全然違うけれど、中国語も流行り廃りが激しい言語で、数年前まで就職に有利、これからは中国の時代だなどと中国語を学ぶ方が激増していたのが、今ではチャイナプラスワンだ、いや中国の時代は終わった、だいたい尖閣靖国PM2.5だで感じ悪いしさ……といきなり冬の時代に突入ですから。

そのあとに、私がいつも自戒としている名文が続きます。

語学が少しできると、なにかそれだけ他人より偉いと思うような錯覚がある。くだらない知的虚栄心である。実際は語学ができるほどだんだん馬鹿になる人間の方がむしろ多いくらいである。私はあまり英語のできる自信はないが、よしんば私がイギリス人やアメリカ人なみにできたところで、それは私という人間にとつてなんでもない。日本のためにも、世界のためにもなんでもない。要は私がその語学の力をどう使うかで決まつてくる。

正直に告白すれば、私にもここに書かれているような知的虚栄心はあると思います。だからこそ座右において自戒とするわけですが、語学を学ぶ場に行くとこの点に自覚的ではない方、いや、もっとありていに申し上げれば「どうしてそんなにエラそうなの?」という方が時々いますね。外語に対するコンプレックスの裏返しとして、虚栄心なり優越感なりが生まれるのかもしれませんが、あれは不思議です。語学は、やればやるほどその深さが実感されて、「私は〇〇語ができる」などと軽々しく言えなくなると思うんです。「ネイティブ並み」とか「ペラペラ」という言葉も使えなくなる。

中野好夫氏は「英米文学翻訳者の泰斗であり、訳文の闊達さでも知られてい」た(ウィキペディア)そうですが、その氏にして「私はあまり英語のできる自信はない」と書かれているのです。私の敬愛するある文芸翻訳者は「今でも原文にどこか靄のかかった感じをぬぐいきれない」とおっしゃっていました。こうなると、むしろ「ネイティブにはなれない」と心底分かることこそ語学上達の要諦ではないかと思えるくらい。もっとも私自身は、第二言語、つまり外語は母語を越えることはできないし、母語の豊かさが外語の伸びしろを担保するのだと気づいたのは、学び始めてからかなり経った頃でしたけど……。

中野氏は「外国語の学習は、なにも日本人全体を上手な通訳者にするためにあるのではない」と書き、そのあとにこう続けます。

それではなんだ。それは諸君の物を見る眼を弘め、物の考え方を日本という小さな部屋だけに閉じ込めないで、世界の立場からするようになる助けになるから重要なのだ。諸君が、上手な通訳になるのもよい。本国人と区別のつかないほどの英語の書き手になるのもよい。万巻の知識をためこむもよい。それぞれ実際上の利益はむろんである。しかし結局の目標は、世界的な物の見方、つまり世界人をつくることにあるのである。

このあたりは敗戦を踏まえた中野氏の思いがあふれている部分だと思います。一見すると昨今のグローバリズム的英語礼賛に近いような読まれ方がされそうですが、もちろんそうではありません。米英との戦争を避けられなかったという責任を、英語に携わる者として痛感するところから書かれているのです。だから、氏の書く「世界的な物の見方」とは、英語的な世界を通して、一般の日本人以上に日本を見つめる役割を己に課すということなのです。

では、諸君の先輩の英語をやつた人たちはそれをしたであろうか。明治時代の先輩のある人たちはそれをした。たとえば新渡戸稲造とか、内村鑑三というような人々には、単に英語ができるという以上にたしかに今までの日本人に見られないサムシングがあつた。そしてそれが新しい日本の指導に大きな力をなしたのであった。ところがこゝ十年あまりの、そうした語学を生かして、その頃の日本の歩みに一番警告や指導を与えなければならない英文学者や英語の先生たちは、この私をもふくめて、一人の例外もなしに、意気地なしであり、腰抜けであり、腑抜けであつた。(中略)


とにかく数からいえば、これだけ存在する英語関係者が、もう少しイギリスを知り、アメリカを究め、今少し自分の首や地位への考慮をはなれて物を言つていたら、よし日本の運命を逆転させる力はなかつたにせよ、もう少しは今にして後味のよい結果になつていたはずだ。

ここで語られているのは英語関係者ですけど、私も一人の「中国語関係者」として何だか遠い過去についてというよりは、近くの未来に対しての警句のように読めます。ここ数年、初対面の方にお目にかかるたび、私が中国語関係者だと知って皆さん一様にうかべる困惑というか同情というか時に嫌悪というか、そういった複雑かつ微妙な表情に気づくことが多くなりました。朝野ともに、かなり煮詰まってきているような気がしてなりません。

中野氏は「私自身をも含めて、今生きている英文学者や英語の大家小家は、一人として尊敬する必要のない人ばかり」としたうえで、これから英語をやろうとする戦後間もない頃の若い人たちにこう希望を述べます。

英語を話すのに上手なほどよい。書くのも上手なら上手ほどよい。読むのも確かなら確かなほどよい。だが、忘れてはならないのは、それらのもう一つ背後にあつて、そうした才能を生かす一つの精神だ。だからどうかこれからの諸君は、英語を勉強して、流石に英語をやつた人の考えは違う、視野が広くて、人間に芯があつて、どこか頼もしいと、そのあるところ、あるところで、小さいながらも、日本の進む、世界の進む正しい道で、それぞれ生きた人になつているような人になつてもらいたい。

この世の隅々で、ひとりひとりが、小さいながらも、語学をまっとうに生かしてほしいという「希望」にうたれます。それと「それぞれ生きた人になつているような人になつてもらいたい」というのもいいですね。「生きた人」というのが分かりにくいですけど、これは現在進行形で己の役割を(小さいながらも)つとめている人と読んでもいいし、あとから歴史を振り返って、役割を果たして生きた人がいたと思われるような人になれ、というふうに読んでもいいと思います。

そして最後に、中野氏はこう述べて締めくくります。「知的虚栄心」のくだりと同様、自戒にしている文章です。

語学の勉強というものは、どうしたものかよくよく人間の胆を抜いてしまうようにできている妙な魔力があるらしい。よくよく警戒してもらいたい。

含蓄のある言葉です。いろいろ角が立つので書きませんけど、「業界」の方なら深く得心がいく言葉ではないでしょうか。

昭和二十三年に書かれたこの文章は、現在から見れば「ぽりてぃかるこれくとねす」的に微妙な表現も散見されますが、それはこの文章の重みを少しも減じるものではありますまい。全文は大修館書店から出ている『資料日本英学史2』に収められています。以前にもエントリを書きましたが、この本は「英語教育論争史」をまとめたもので、とても興味深いです。例えば現在の「ぐろーばる化」の要請を受けた小学校からの英語必修化や中学校からの英語による英語教育などをめぐる議論についても、通底する論争が明治以降めんめんと繰り返されてきたことが分かります。日本人は英語をはじめとする語学にどれだけ「胆」を抜かれてきたんでしょうね。

さて、では今年も、胆を抜かれないように気をつけながら、勉強しようと思います。