インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

仮案件とリリース

先日、Twitterでこんなことをつぶやきました。

「仮案件」というのは要するにクライアント(通訳者の依頼主)が複数のエージェント(通訳者の派遣業者)に対して「相見積もり」をとるため、エージェントから通訳者に対して「この日時、空けておいてね」と要請されることです。「仮」ですから確実に仕事になる保証はありませんが、これが「本」決まりになるまで、他の仕事を入れることはできません。ダブルブッキングになっちゃいますから。

で、複数のエージェントが競って見積もりで負けると、その案件は「リリース」になります。釣りで言う「キャッチ・アンド・リリース」の「リリース」。つまり「解き放たれる」ことですね。空けておいてもらった日時はもう解放しますから、別のクライアントなりエージェントなりから仕事が入ったら、どうぞ入れちゃってください、ということです。

……と、言われても、そうそううまく別の仕事が入ってくるわけじゃありません。多くの場合、上記のTwitterでつぶやいたように、結果として「虻蜂取らず」、つまりわざわざ他の仕事を断ってまで入れずに空けておいたのに、当のその仕事がリリースになっちゃった、ということがたびたび起こります。そしてその補償は……まずありません。しくしく。

今日も今日とて、同じような羽目に陥って、ダブルで仕事を失いました。いえ、誰が悪いというわけじゃないんです。ただ、一番弱い立場である末端のフリーランスたる私たちに「しわ寄せ」が来るというだけのことなのです。そして、それを承知でこうしてフリーランス稼業に就いているわけです。誰にも文句は言えません。

とはいえ……これじゃ通訳者として食べていくのは至難の業ですよね。私はこの業界の駆け出しですから仕事が少ないのは当たり前としても、聞けばこの道何十年の大先輩でさえ同様の「仮案件・アンド・リリース」には悩まされている由。みなさん通訳業の他に翻訳業や講師業やその他の業務を兼任しながら生活を維持されている。もちろん私もそうです。

私はそれでも、曲がりなりにも飢え死にしないくらいには何とか稼ぎを維持していますが、この先どうなるかは分かりません。通訳者という仕事はとても面白くてやり甲斐のある、世のため人のためにもなる素敵な仕事だと私は信じていますけど、これじゃ新しく参入してくる方はどんどん減って行くんじゃないかなと思います。そして「素敵な仕事です」などと吹聴しつつ通訳学校で講師をしていること自体も、何だか申し訳ないことのように思えてきます。

クライアントが「相見積もり」を取るのは、少しでも安い値段で通訳者を雇いたいからですね。競争原理とコスト削減が至上命題の市場にあっては当然のことです。ただ低コストにはそれに見合った質のサービスしか得られないこともまた当然のことなので、質の悪いサービスに頼った結果生まれるかもしれないリスクというものもあり、それが回り回ってコストの上昇を招くことは十分にあり得るんですけど、なぜかそのリスクは多くのクライアントにおいては前景化しないようです。

残念だけど、それが現状だとすれば、できることはふたつ。ひとつは大量の「リリース」にも負けないくらいたくさん仕事の種を播き続けること、もうひとつは質の悪いサービスに頼るリスクを知悉したクライアントにご指名頂けるような技術を身につけること、ですね。はい、精進いたします。

あ、以上は主に中国語通訳の業界についてのお話です。他言語の状況についてはあまり知らないので、当てはまらないこともあるかと思います。