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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

通訳スクール

  中東の衛星テレビ局に関するインタビュー+論説番組の逐次通訳。

  これも一週間前に大まかなアナウンスをして予習をしてきてもらった。生徒さんも様々で、「これでもか!」というほど予習してくるのでこちらがなんだか申し訳ないような気持ちになる人もいれば、大まかなアナウンスで触れたキーワードさえ押さえてこない強者もいる。
  私をエージェントに見立てて、メールでより細かい内容を聞いてくる方もいたので、インタビューの質問事項や、より細かい内容について情報を流す。こうした情報は生徒と講師全員で共有しているメーリングリストに流すのだが、何とかいい訳出をしようと自発的に聞いてきた人だけに流すべきかもしれない。意地悪なようだけれど、実際の仕事では「棚からぼた餅」式に望む資料が手に入るとは限らないから。
  それから前日の午前中に、論説番組の内容を大まかに記したパワーポイント資料を流した。これも直前になって舞い込むパワポ資料を模したつもり。たった五ページの資料だから、実際の仕事でよくある「当日の朝にどさっと何十枚も」+「しかも全部英語の資料」みたいなリアリティからはほど遠いけれど。
  さらに今日の授業ではまず、主なキーワード(固有名詞や四字熟語など)を一覧にして配り、ざっと定訳を確認した上で二人組になってクイックレスポンスをやってもらった。ここまで延々準備してきたうえで、本番の逐次通訳にのぞむ。
  かねてから訳出の際の声質や音量や「生き生き感」が気になっていたので、今日は一人ずつ指名して前に出てもらった。原発言を聞いたらまずアトランダムに他の生徒さんを指名して訳してもらい、その訳も参考にして前に出ている人に「舞台で発言者と一緒に立っているつもり+聴衆の目と耳が自分に注がれているのを感じているつもり」で訳してもらう。前に出ると緊張がさらに高まるから、多少負担を軽くして、そのぶんデリバリーに気を使ってもらおうという試み。
  でもこれはあまり効果を発揮しなかった。こう言っちゃミもフタもないのだけれど、声が大きくてハキハキ・生き生きしている人は、自席で訳そうが前で訳そうがあまり変わりはないし、その逆の人はやはりどこで訳しても声が小さくてボソボソ・元気がない。
  これは通訳訓練とはまた違った、ボイストレーニングのような訓練が必要なのだろう。いやいや、通訳訓練にはボイストレーニングが組み込まれるべき、というのが正解だ。だってどんなにうまく訳せても、聴衆に伝わらなければ何の意味もないもの。もちろん「小声でボソボソ」は、聴き取りに不安があるからという理由もあるので、そちらの強化も必要なのだけれど。