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ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語

ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語
  id:suikanさんの紹介を読んで、ずいぶん前に購入しておきながら、長らく本棚の肥やしとなっていた分厚い文庫本。
  カナディアンロッキーの斜面から見つかったカンブリア紀中期の化石群「バージェス頁岩」をめぐる研究史と、著者の進化観が語られる。翻訳には「ちからわざ」的な部分もあるようだけれど、ユーモアあふれる著者の筆致も手伝って、一気に読み終わってしまった。
  五つの眼を持ち、掃除機のホースのような口で摂食していたというオパビニアや、巨大な伸縮する円盤状の口で堅い殻をかみ砕いていたというアノマロカリス、七本二対で計十四本もの棘と、反対側に伸びた七本の触手をもつハルキゲニア……以前テレビで放映されていた、こうした奇っ怪な「バージェス動物群」の特番を見たし、関連本も立ち読みしていたが、改めて詳細な解説を読んで興奮が止まらない*1
  この本が面白いのは、そうした「バージェス動物群」の解説だけでなく、かつてそれらを既存の進化観の枠組みにむりやり押し込み、結果的に化石の価値を見誤ってしまった古生物学の権威(バージェス頁岩の発見者・ウォルコット)の伝記が挿入されていることだ。しかも著者・グールド氏の狙いは、単に権威が犯した間違いをあげつらうことではなく、バージェス頁岩が伝統的な進化観・生命観に与えた激震をより効果的に読者へ伝えるための下地作りという点にある。誠実な人だ。
  生物の多様性、特に「門」レベルの基本デザインの多様性は、過去から現在に向かって逆円錐状に増加してきたわけではなく、早い段階で多様性が一気に極限にまで達し、その後大量の絶滅を経て今に至っているという新しい知見。確かに神父さんが職を失いそうなくらい衝撃的だ。
  しかも「バタフライ効果」のように、太古の条件がほんの少し異なっていただけで、我々人類はこの地球上に登場していなかったかもしれないという論点がこれでもかと迫ってくる。『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』の最終章で語られる、何とも粛然とさせられる結論にも通底するものがある。
  この二冊はいずれもおすすめ。どんなに「スピリチュアル」な自己啓発本も、この二冊の前ではかすんでしまうと思うよ*2

*1:どうでもいいけど、読んでいる途中に知人宅へ「お招き」にあずかったのだが、巨大なエビフライ(頭つき)が出てきてたじろぐ。この本を読んでいる途中にエビ系の食べ物はあまりにも「つきすぎ」。結局アノマロカリスみたいに殻もばりばり食べたが。

*2:人生論に持っていくところがまさに文系。そんな文系の私としては、さっそくこの本にも言及されている映画『素晴らしき哉、人生!(まさに“It's a Wonderful Life!”だ)』を借りてくることにしたい。