インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

你怎麼這麼惜字如金啊。

  “惜墨如金”ならぬ“惜字如金”。「字を惜しむこと金の如し」で、「口が重い」ということだ。“惜墨如金”は「筆無精」という皮肉っぽい意味の他に、軽々しく筆を下ろさないとか、洗練された簡潔さを追求するという意味もあるようだから、“惜字如金”は「言葉を慎重に選ぶ」というニュアンスもあるかな。

  「字を惜しむ」といえば“惜字紙”だ。字の書いてある紙を大切にするということ。昔は文字が尊いものとされていたから、文字が書かれた紙、あるいは印刷された紙は粗末に扱わず、“敬惜字紙”と書かれたかごにためておいた。その紙は定期的に燃やされ、灰は川に流されたという。ほとんど「文字供養」という感じ。文字は孔子様のもの、といった儒教の文化なのだろうか。
  これだけ紙や印刷物が普及した現代では考えられないような話だが、私だって子供の頃は本を跨ごうものなら親にこっぴどく叱られた。文字に書かれたものを大切にするというしつけはまだ残っていたと思う*1
  本屋に行くと、ときどき自分のカバンを平積みの本の上に置いている人がいる。私はあれがとても嫌で、わざとカバンの下の本を手に取るふりをしながら注意を促す(気弱だな)。決まり悪そうにカバンを手に持つか床に置く人もいるが*2、中には別の本の上に置き直す猛者もいる。
  あと、子供。本を手荒にめくったり、あまつさえ平積みの本の上に座ったりする子供がいるが、っとにもう、正視に耐えない。座っている子供には必ず注意する(子供には強く出てたりして)。台湾でも子供に注意したことがあるが、きょとんとした顔をしていた。“惜字紙”なんて教わらないのかな。

*1:その割に、なぜか新聞紙は弁当を包んだり、天ぷら油を吸わせたり、かなりな扱いをされていたが。

*2:いけないことだと分かってるんじゃないか。