インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

低調

先日の「慰安旅行」で、夜にワインをがんがんあおっていると、斜向かいに座っていたエンジニアさん(日本人)がグラスを傾けながら「銭衝さんは、通訳者としてはパッションがありすぎるかもしれんね」などとおっしゃる。……それはつまり、「アツ過ぎる」ということですな。もっとクールに訳出をしたほうがいいのではないかと。
また言われてしまった。かつて通訳学校でもらった学期末の講評で「通訳者としてはテンションが高すぎるかもしれません」と書かれていたのを思い出す。すみません、いつもアクセルベタ踏みで。
北京語に“低調(di1 diao4)”という言葉がある。控えめ、ローテンションということだ。梁詠琪(ジジ・リョン)は《膽小鬼》という曲でこう歌っている。

你愛咖啡/低調的感覺/偏愛收集的音樂/怪得很另類
你很特別/毎一個小細節/唉呀呀呀/如此的對味

ジジが歌う「彼」はコーヒーが好きで、聴く音楽の趣味もかなり変わっている。「彼はとにかく特別なの。もう、ちょっとした仕草やそぶりまで、みんなみんな自分の感覚にぴったりくるの」……というくらい、とにかく彼にぞっこんなわけだ。ここでの“低調”は「シブい」とか「クール」とか「涼やか」とか「ちょいとニヒル」とか、とにかく暑苦しさを感じさせない大人の雰囲気、そんなイメージなのだろう。学生時代、「道ですれ違っただけで鼻血が出そうな顔」と言われた*1私には、逆立ちしても到達できそうにない境地だ。
「あまり通訳者に向いていないのかもしれませんね」といじける私にエンジニア氏いわく、「いやいや、われわれも一見冷徹無比が身上のようで、その実、パッションのないエンジニアってのはダメなんだよね」。
ふうん。具体的にどういうことなのかは聞きそびれたが、優れたエンジニアというのはすべてを計算ずくで動かすわけではなく、時に遊びや冒険心みたいなものも必要で、それが難しい局面を乗り切ったり新しいものを開発したりするときのポイントになる……といったような意味なのだろうか。
ま、通訳をするときはもう少し自分を「どう、どう」と抑えるようにします、はい。

*1:彼女に言われた。ひでえ。