インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

フィンランド語 36 …数字のあれこれ

ずっと以前にフィンランド語の数字を学びまして、時間の言い方や買い物での金額の言い方などを練習してきました。フィンランド語の数字はそんなに複雑な規則(例えばフランス語とか中国語のような)はありません。

0 nolla
1 yksi
2 kaksi
3 kolme
4 neljä
5 viisi
6 kuusi
7 seitsemän
8 kahdeksan
9 yhdeksän
10 kymmenen

11から19までは「toista」をつけます。

11 yksitoista
12 kaksitoista
13 kolmetoista ……

20以降は「10」の「kymmenen」が分格の「kymmentä」になります。これは「10がふたつ以上」だから分格という考えなんでしょうね。

30 kolmekymmentä
40 neljäkymmentä
50 viisikymmentä ……

100は「sata」。これも200以降は「sataa」と分格になります。

100 sata
200 kaksisataa
300 kolmesataa ……

1000は「tuhat」……とまあ、こんな感じで覚えてきたわけです。ところが数字には序数もあるんですね。「第一の、一番目」「第二の、二番目」……というやつです。

1 ensimmäinen
2 toinen
3 kolmas
4 neljäs
5 viides
6 kuudes
7 seitsemäs
8 kahdeksas
9 yhdeksäs
10 kymmenes
11 yhdestoista
12 kahdestoista
13 kolmastoista ……

さらにフィンランド語には「番号」それ自体を表す言い方もあります。「一番」「二番」……例えば「トラムの③番に乗って下さい」みたいな時に使う数字ですね。

1  ykkönen
2 kakkonen
3 kolmonen
4 nelonen
5 viitonen
6 kuutonen
7 seiska
8 kasi
9 ysi
10 kymppi

これらの「数字」「序数」「番号」を使い分けるとこんなふうになります。例えば「1」をめぐって……

Yksi bussi lähtee Tampereelle.
ひとつのバスがタンペレ(都市の名前)へ出発します。
Ensinmäinen bussi lähtee Tampereelle.
最初のバスがタンペレへ出発します。
Ykkösen bussi lähtee Tampereelle.
番号①のバスがタンペレへ出発します。(※ ykkönen が属格になっています)

また数字は、使われる文章によって格変化を起こします。ああ! そのために格語尾をつける前の語幹も覚えておかなければなりません。

1 yhte
2 kahte
3 kolme
4 neljä
5 viite
6 kuute
7 seitsemä
8 kahdeksa
9 yhdeksa
10 kymmene

先程の20は「kymmenen」の分格「kymmentä」になりましたが、この分格も語幹「kymmene」に分格の格語尾がついているわけです。そして例えば人と会う約束をして「○時に会いましょう(tavataan)」と言う場合……

Tavataan kello yksi.(数字の1)
1時に会いましょう。
Tavataan ennen yhtä.(分格の1)
1時前に会いましょう。
Tavataan yhden jalkeen.(属格の1)
1時過ぎに会いましょう。

……というふうに、「ennen(前に)」「jalkeen(後に、過ぎに)」という言葉との組み合わせによってふさわしい格(形)を選ばなければいけないと。さらに、ひとつめの「1時に会いましょう」のような時間は「kello yksi(1時)」でもいいけれど、ネイティブ・スピーカーの多くはこれを離格の「yhdeltä(1から)」で言うのが普通だそうです。

1 yhdeltä
2 kahdeltä
3 kolmelta
4 neljälta
5 viidelta
6 kuudelta
7 seitsemälta
8 kahdeksalta
9 yhdeksalta
10 kymmenelta

Tavataan yhdeltä.
1時に会いましょう。

これは大変です。う〜ん、いまのところ、文章に応じて正しい数字を言える自信はまったくありません。

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Tuota. Anteeksi. Osaatteko sanoa, missä on rautatieasema?
Joo. Se ei ole tässä ihan lähellä, mutta voit mennä raitiovaunulla tai taksilla.
Millä raitiovaunulla minä pääsen sinne?
Voit mennä kolmosella.
※番号③の「kolmonen」が所格の「kolmosella」になっています。

カードの不正使用に遭いました

クレジットカードのA社から電話がかかってきて、「iTunes Storeで妙な決済が続いていますが、ご本人のお買い物ですか」と言われました。身に覚えのない支払いなのでその旨伝えると、すぐにカードを止めてくれました。誰かに不正使用されていたわけですね。

私もiTunes Storeで曲やアプリを買ったことはありますが、最近はほとんど使っていませんでした。カード会社の記録によると、数日前に私のカード番号がiTunes Storeに入力された上で数百円の買い物があり、その後何度も一万円程度の購入が続いていたそうです。最初の一回を除いては決済が完了しなかったらしく、カード会社が注意喚起してくれたのです。助かりました。

最初の一回も身に覚えはないものの、私のカード番号が実際に入力されているので、Appleサポートに連絡して本当に購入事実があるかどうか確認して欲しいとカード会社に言われました。iTunes Storeの購入履歴には載っていなかったのですが、万一購入していたのにカード会社が救済措置を取ると、最悪私のiTunes Storeアカウントが凍結されてしまう恐れがあるんだそうです。

そこでAppleサポートに連絡し、私が購入した事実はないことを確認して再度カード会社に連絡して、結局全ての不正使用分は請求されないことになりました。まあ当然と言えば当然なんですけど、カード会社の丁寧な対応に救われました。ありがとうございます。

それにしてもどこでカード番号を盗まれたのかな。個人情報がどこかで漏れたのか、なにかの支払時にスキミングみたいな被害に遭ったのか。カード会社でも原因はわからないそうですが、ちょっと不気味です。ネットで度々買い物をするので、パソコンのブラウザやネットショップのウェブサイトにクレジットカードを登録して手間を省いているのがいくつかあるんですけど、ああいうのも危ないのかな。

あと、たま〜にデパートなんかで買い物をすると、店員さんがカードを奥のレジまで持って行っちゃうことがありますけど、あれもいつも何となく不安に思っています。いえ、別にデパートの店員さんを疑うわけじゃありませんけど、あの「習慣」はそろそろやめてほしいなと思います。

だいたいデパートって、その値段に見合う付加価値、例えば接客態度がいいとか品揃えがいいとか、そういうものがあまりないんですよね。利用するのはほぼデパ地下(食料品)のみ。ちょっと意地悪な言い方ですけど、宅配便などで使われている無線式のものなど決済端末は進化しているのに、一番進化していないのが高級店であるデパートだというのは、デパート業界の行く末を暗示しているような気もします。

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https://www.irasutoya.com/2018/03/blog-post_880.html

公式サイトや研究不正に見る翻訳への無理解

これまで、東京都台東区公式サイトや元SMAPメンバーによるユニット「新しい地図」における、機械翻訳丸投げによる珍妙な中国語や英語をさんざっぱら批判ないし揶揄してきました。こうしたサイトの珍妙な翻訳は、私が奉職している学校の幅広い国や地域の留学生が集まっているクラスで紹介すると、いつも大爆笑の嵐です。

qianchong.hatenablog.com

なおかつ留学生のみなさんは、これまでに日本で出会った奇妙な翻訳の実例を次々に教えてくれます。私も以前同僚から教えてもらった、東京都某区のお知らせで催し物の日程の曜日、例えば「(火)」が「(fire)」になっていたなどという例を紹介するのですが、ここまでくるとちょっと笑えません。経費削減の折から、百歩譲って機械翻訳に頼るのはアリだとしても、最低限人を雇ってチェックしませんか。その予算も取れないのなら外語での発信はムリですよ、多言語対応ご担当者のみなさま。

こうした奇妙な翻訳は日本だけでなく世界中どこにもあるものですが、日本の場合は官公庁や大企業などの公式サイトでさえときどき(いや、かなり)「やらかす」のが何とも恥ずかしいです。五輪を控えて「おもてなし」じゃないんですか? 訪日外国人倍増で景気浮揚を図っているんじゃないんですか? いつも申し上げていることながら、早期英語教育も結構ですが、通訳や翻訳、あるいは言語そのものに関するリテラシーみたいなものの涵養が必要ではないかと思います。

台東区だけじゃなかった

ところで昨日、ふと気になって東京23区の公式サイト全てに当たってみたところ、なんと23区すべてが機械翻訳で「必ずしも正確とは限りません」などの但し書きがありました。台東区だけじゃなかったわけです。ごめんよ、台東区(違うか)。

足立区 https://www.city.adachi.tokyo.jp/
荒川区 https://www.city.arakawa.tokyo.jp/
板橋区 http://www.city.itabashi.tokyo.jp/
江戸川区 https://www.city.edogawa.tokyo.jp/top.html
大田区 https://www.city.ota.tokyo.jp/
葛飾 http://www.city.katsushika.lg.jp/
北区 http://www.city.kita.tokyo.jp/
江東区 https://www.city.koto.lg.jp/
品川区 https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/
渋谷区 https://www.city.shibuya.tokyo.jp/
新宿区 https://www.city.shinjuku.lg.jp/
杉並区 https://www.city.shinjuku.lg.jp/
墨田区 https://www.city.sumida.lg.jp/
世田谷区 http://www.city.setagaya.lg.jp/
台東区 http://www.city.taito.lg.jp/
千代田区 http://www.city.chiyoda.lg.jp/
中央区 https://www.city.chuo.lg.jp/
豊島区 http://www.city.toshima.lg.jp/
中野区 https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/
練馬区 https://www.city.nerima.tokyo.jp/
文京区 https://www.city.bunkyo.lg.jp/
港区 http://www.city.minato.tokyo.jp/
目黒区 https://www.city.meguro.tokyo.jp/

「必ずしも正しいとは限りません」「100%正しいとは限りません」などの但し書きを入れりゃいいってものでもないと思うんですけど、なかにはエラーになって表示されない区も。なんというか……外語で発信する気は実はそんなにないんだけど、他の区がやってる以上うちの区もやっとかなきゃ的な「横並び一線」感が半端ありません。

一方で東京都は簡易版ながらきちんと翻訳したページがあるようです。また国の組織、例えば外国人に関係の深い観光庁とか、あと首相官邸なんかも機械翻訳には頼らず翻訳者が訳しているもよう。もしこのレベルでも機械翻訳丸投げだったらさすがに「やばい」ですが、それはなさそうだったのでほっと胸をなで下ろしました。でも区レベルになると予算が厳しくてそこまで手が回らないのかな。

東京都 http://www.metro.tokyo.jp/
観光庁 http://www.mlit.go.jp/kankocho/
首相官邸 https://www.kantei.go.jp/

区によっては重要な情報、例えば災害情報とか社会保険関係だけ別枠できちんと翻訳したページを持っているところもあるようでした。もちろん公式サイトだけが外国人向けの発信ではなく、印刷物などを用意している区もありますから、ここだけで一概に批判できないのですが、ほとんど意味をなさない珍妙な中国語の羅列を見るにつけ、「精神の退廃」みたいな大仰な文言が頭に浮かびます。それでも、機械翻訳でもないよりはマシということなのでしょうか。

私は(中国語だけしかチェックしてないけど)あんな珍妙な中国語で区の公式サイトを世界に向かって発信するくらいなら「ないほうがマシ」じゃないかと思います。基本ここは日本ですし、日本は良くも悪くもかなり「純度」の高いモノリンガルな国なので、「区の公式サイトで多言語対応までなかなか手が回りません、でも必要に応じて重要なものから対応していきます」でもいい(というか仕方がない)とも思うんです。

日本も例えばJNTO(日本政府観光局)などはしっかりとした多言語ページを作っています。諸外国でも例えばロンドン市やパリ市なんかも、公式サイトは英語やフランス語だけで、それとは別に観光局が素敵な日本語サイトを作って発信しています。一番情けないと思うのは「とりあえず機械でやっとけ」的思考停止、もしくは言語を舐めた態度です。

でも結局は「あの情報がない!」といったクレーム回避などの思惑もあって、「とりあえず全部機械でやっとけ。あ、もちろん『正確ではないかも』と但し書きをいれてな」的な所に落ち着いているのが現状ということになるのでしょうね。東京23区はサイト全部を機械翻訳に丸投げするのはやめて、重要な情報に絞り、予算をつけて翻訳者を雇い、対応していくべきだと思います。

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https://www.irasutoya.com/2015/08/blog-post_367.html

追記

今朝の東京新聞特報欄に興味深い記事が載っていました。架空の神学者の論文が使われるなどの捏造が発覚した東洋英和女学院大学の元教授・深井智朗氏の研究不正に絡んで、そうした不正が露見しにくい背景には人文科学系の書籍が諸外語にほとんど翻訳されない問題があると指摘しているのです。外語に翻訳され、より多様な角度から検証されることで防げるものなのに、学術界内部でも「理系は自分で訳す」「利益誘導にあたる」などといった、文系と理系を同一視した無理解が壁になっていると。

問題を指摘する東京大学の西村清和名誉教授は、人文社会系の学問全体が、言語的に閉鎖された状態になっており、「いま国がやるべきことは翻訳体制を整え、日本の人文社会系成果が海外から無視されている現状を変えることではないか」と述べています。長い歴史を通して、外語を日本語に訳すことで豊かな文化を創り上げてきた翻訳大国日本も、逆に日本語から外語への発信はきわめて手薄ということなんですね。

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星条旗の51番目の星

スマホで中国語の講義をいろいろと聴ける『得到』というアプリがありまして、その中の名物講義のひとつに“罗胖老师”こと罗振宇氏の『罗輯思維』というのがあります。ご自分の姓“罗(羅)”を使い、“逻辑思维(ロジカルシンキング)”をもじって『罗輯思維』です。

www.ljsw.io

以前、その講義のひとつ“为什么没人再登月(なぜ人類は月に行かなくなったのか)”について、以前記事を書いたことがあります。

qianchong.hatenablog.com

この講義音声を教材にして、いくつかのクラスで通訳訓練に使ってみて面白かったのは、中国語の“星条旗(xīngtiáoqí)“が日本語でも同じように「星条旗(せいじょうき)」と言うということをご存じない華人が多いことでした。「へええ、同じなんだ!」と。ひょっとしたら日本人でも知らない生徒さんがいるかもしれませんけど。そこで必ず「どうして星条旗なんですか? 星とストライプ(条)だから? そうそう。じゃあ星の数とストライプの数はいくつだか知ってます?」と聞くことにしているんですが、この星の数のお答えが様々でまた面白いです。

ご案内の通り、星の数は現在におけるアメリカ合衆国の州の数、ストライプの数は建国時における州の数ですが、この星の数を「20!」とか「70!」という方もいれば「47!」という方もいます(日本の都道府県と混同している?)。でもこれまでに複数の方が「51!」と答えたんですよね。そこで私が「正解は50州ですけど、あとひとつはどこなんですか? ああ、日本?」と言うと、どーっとウケます。このくだりが華人にやけにウケるのです。

そのウケ方に私は、ああこれはけっこう広範な層の華人に「日本はアメリカ合衆国の属国みたいなものじゃないか」という認識が浸透しているからではないか……と思うのです。日本人自身はあまり自覚していないかもしれないけど、外から見るとホントにそんな感じに見えるんですよね。現政権は特に。

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51星のアメリカ合衆国の国旗 - Wikipedia

骨盤を動かして腰痛を直す

二十代の頃から腰痛に悩まされてきましたが、体幹レーニングを始めてからは以前のようなひどい状態にはならなくなりました。それでも時々、特に椅子に座りっぱなしのデスクワークを長時間続けていると腰が「しくしく」言い出すので、そんなときはジムで教わった骨盤を中心とした動きを積極的に行うようにしています。

以前は腰痛が我慢できなくなると整体やカイロプラクティックの治療院に駆け込んでいたのですが、体幹レーニングを始めてからは積極的に自分から身体を動かして治すようにしています。畢竟、カイロや整体やマッサージはいずれも「受け身」であり、それなりに効果もあるものの自ら動かして直す方がより治りが早いと気づいたのです。

腰のうち、毎回必ず痛くなるところをジムのトレーナーさんに伝えてあれこれ指導してもらって分かってきたのは、私の腰痛の原因になっているのはどうやら骨盤の傾き、あるいは骨盤と脊椎の角度の不具合のようです。そこで、少しでも腰痛の気配が見えてきたら、骨盤の前傾と後傾を繰り返す動きを仕事場で、あるいは「朝活」のジムで行っています。これだけでもずいぶん軽快します。

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https://www.irasutoya.com/2013/11/blog-post_5611.html

骨盤の前後傾は体幹レーニングや腰痛治療ではかなりポピュラーな概念のようで、「骨盤 前傾 後傾」で検索してみると、かなりの数のウェブサイトに説明があります。例えば、こちら。

gooday.nikkei.co.jp

私の場合、長時間椅子に座り続けていると、だんだんお尻が後ろに傾いて(骨盤が後傾して)背骨との角度がつき、その結果腰痛になっているようです。そこで、なるべく骨盤を立てて、背骨が後ろに傾かないように、つまり常に背筋を伸ばして座るように気をつけています。それでもついつい気を抜いてしまうので、職場の椅子には骨盤を立てる働きのあるクッションを敷き、思い切って背もたれを取ってしまいました。

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それでも時々腰痛に襲われるのですが、最近気づいたのは、机の上でパソコンを打ったり何かを書いたりするときの姿勢が前に傾きすぎていることでした。せっかく骨盤を立てて背筋を伸ばしても、パソコンやノートなどに手を伸ばすことで上半身が前傾して、結局骨盤と脊椎の角度に負担を与えているようなんですね。それで先日、椅子の高さを極端に低くして、パソコンの画面をなるべく目の高さに近づける、つまりなるべく下ではなく前を向けるようにしてみました。

こちらに「理想的な姿勢」が解説されていますが、この絵に比べると、私のパソコンの画面はかなり下の方にありました。そのために背骨を前に曲げて長時間パソコンを打つ姿勢になっていたわけですね。

www.fujitsu.com

こうやって様々な角度から、なるべく腰痛にならないで済むような努力をしています。効果があるかどうかはまだ分からないのですが、少なくとも「受け身」ではなく「能動的」に腰痛を解決するという方向性だけはよいのではないかと思っています。

「舞」と「筋トレ」の共通点

先日ジムで体幹レーニングをしていたら、トレーナーさんに「ずいぶん体幹がしっかりしてきましたね」と言われました。例えば「ダイアゴナル」と呼ばれる片方互い違いの手足(例えば右手と左足)をそれぞれ伸ばしたり縮めたりする動きなど、確かに以前はかなりフラフラしてまともにできなかったのです。

この体幹レーニングは週に二〜三回ずつ一年半ほど続けてきましたが、長年レントゲン撮影のたびに指摘されていた「脊椎側弯症」が前回の健康診断では「所見なし」になるなど、大きな効果がありました。さらにこれも長年悩まされてきた腰痛の軽減にも効果を発揮しているのではないかと思っています。

ところでジムでは、とにかく下腹(丹田)に力を入れて締めると同時に肩の力を抜くよう繰り返し指導されるのですが、この指導が能の仕舞や舞囃子のお稽古の時に言われることと全く同じなのが面白いと思います。

不定愁訴や腰痛の改善を目指して通い始めたジムで最初に指導されたのは「まっすぐに立つこと」でした。骨盤の上に脊椎が無理なくストンと乗っている状態を作って、腰によけいな力をかけないためですが、このときトレーナーさんからは頭のてっぺんに糸がついていて、天井から糸でつるされたように背筋を伸ばして立つように言われました。前にかがまず、かといって鳩のように胸を突き出さず……実はこれ、能の稽古で最初に言われたことと全く同じでした。

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またジムでバランスボールに座り、両手を真横に伸ばして水平に回転させる運動をするときには、手や腕を回そうとするのではなく、身体の中心に棒のような芯が通っていて、それを中心に身体全体がねじれるようなイメージをすること、手や腕は身体がねじれた結果それについて回っているのだと意識するように言われましたが、これも能の稽古で言われることと全く同じなのです。

能の舞の「型」には、回転するものや手足を大きく動かすものがいろいろとあります。例えば仕舞などで要になる大切な型のひとつに「上羽(あげは)」というものがあって、これは身体の正面で扇を上から下におろし、またそれを頭の上まで持ち上げて、そののち身体の右側で大きく弧を描くように下ろして基本の型に戻るというものなのですが、前日もこの型のところでお師匠から、手だけで、腕だけでやろうとせず、丹田に力が集まっていることを意識しながら、あるいは丹田から力が発して腕や手が動いているように意識しながらやるように言われました。

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さらに一足(一歩)前に出ながらくるっと一回転して最後に手にした扇を突き出すような型もあるのですが、この時もお師匠からは手や腕で回ろうとせず、腹と腰を中心にした身体全体が回り、手や腕はその結果として回転し前に突き出されることを意識するように、つまりは常に丹田に力がこもっていることを意識するように繰り返し言われるのです。こうしたことの一つ一つが、体幹レーニングや、果てはベンチプレスのようなハードな筋トレで指摘されることととても似通っているのです。

でも考えて見れば、能の舞の型は武術や武道と深い関係があり、それは当然のことながら無理のない動きや合理的な身体の使い方、さらには美しい動きを追求してきた結果が「型」として現代にまで残されているものです。体幹レーニングや筋トレなどで指導される動きも、アスリートが無理なく効果的に力を発揮できるよう、あるいは身体の故障をできるだけ避けるように考えられているわけで、むしろ共通するのが当たり前と言えるのかもしれません。

私が通っているジムには時々プロの野球選手やサッカー選手などが来ていて、例えばピッチングフォームやバッティングフォームなどを何度も調整している光景が見られるのですが、あるときとあるプロ選手が投げる様子を見ていて思わず「流れるように美しいですね。なんかこう、少しも無駄がないというか」と言ったら、トレーナーさんが「その通りです。一流のプロほどそうなんです」とおっしゃっていました。

なるほど、能もスポーツも、無理のない合理的な身体の使い方を追求していった結果、その動きが素人目にも「美しい」と思えるほどに洗練されていくものなんでしょうか。

フィンランド語 35 …過去形の否定形

動詞の過去形の、否定形を学びました。過去形の否定形には「過去分詞」を使います。この過去分詞はのちのち現在完了形や過去完了形にも使われるそうです。

Minä en
Sinä et    +過去分詞(単数)
Hän ei

Me emme
Te ette    +過去分詞(複数)
He eivät

過去形の変化があれだけ複雑だったので、さらに大変なことになるかと思いきや、過去分詞の作り方はかなり(過去形に比べれば)簡単です。動詞の語末で以下のように分類して語尾をつけるだけ。

語末のタイプ 変えるもの 過去分詞の語尾(単数) 過去分詞の語尾(複数)
VAタイプ Aを…… nut / nyt に neet
DAタイプ DAを…… nut / nyt に neet
ATA,OTA,UTA,ITA,ETAタイプ TAを…… nnut / nnyt に nneet に
STAタイプ TAを…… sut / syt に seet に
LAタイプ LAを…… lut / lyt に leet に
NAタイプ NAを…… nut / nyt に neet
RAタイプ RAを…… rut / ryt に reet に

VAタイプでは「tietää(知る)」だけが例外で「tiennyt(単数)」と「tienneet(複数)」になります。

また「nut / nyt」などのように過去分詞単数の語尾が二種類あるのは、その単語に「a,o,u」が含まれていれば「nut」、含まれていなければ「nyt」を選ぶということです。

しかも過去分詞の場合、これまで散々苦労してきた「k,p,t」の変化が一切ありません(逆転もなし)。これはかなり楽ですが、先生によると過去分詞が楽なだけに、かえって「k,p,t」の変化のさせ方を忘れちゃう人がいるので注意して下さいとのことでした。

これで例えば……

Asuitko viime vuonna Riihimäellä ? あなたは去年リーヒマキに住んでいましたか?
En asunut. 住んでいませんでした。

……などとなります。「asua(住む)」はVAタイプなので、最後の「a」を「nut」に変え、否定辞「en」の後に続けるだけですね。

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Kävitkö toissapäivänä kirkossa ? En käynyt.

そうか『プレバト!!』はカルチャースクールのノリなんだ

プレバト!!』というテレビ番組をご存じでしょうか。もともとは『使える芸能人は誰だ!?プレッシャーバトル!!』といって、芸能人の様々な才能を「査定」するというバラエティ番組です。通常は毎回二つのテーマで「査定」が行われていて、そのうち一つは人気が極めて高いという「俳句の才能査定ランキング」が必ず放映されています。

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www.mbs.jp

私はこの「俳句」の枠が好きで、特に「先生」の俳人、夏井いつき氏の解説、とりわけ日本語の文法や語彙に関する説明が大好きで毎回録画して見ています。この番組は俳句以外にも水彩画とか、ちぎり絵とか、消しゴムはんことか、生け花とか、料理の盛り付けとか、とにかく様々な「査定」があるのですが、う〜ん、正直に申し上げて俳句以外はバラエティ番組のバカ騒ぎ色(失礼)が濃くて、録画のCMと一緒に飛ばし見しちゃうことが多いです。

でもこの『プレバト!!』、先日の三時間スペシャルという長大な録画を飛ばし飛ばし見ながらふと腑に落ちたことがありました。そうか、この雰囲気はなにかに似ていると思っていたけれど、やっぱりこれはカルチャースクールのノリなんですね。それも年配の方々が多く集うカルチャースクールの。

現在細々と続けているフィンランド語ですが、実は横浜駅の駅ビルに入っている某カルチャースクールで学んでいます。フィンランド語を開講している語学学校は少なくて、たまたま自分のレベルに合う教室を探していたらここにたどり着いたのですが、ここのカルチャースクールはかなり規模が大きく、語学以外にも多種多様な講座が開かれています。

そして通ってらっしゃる生徒さんの、中高年からお年寄り世代の割合がとても高いのです。駅に直結しているエレベーターホールから、エレベーターを降りた先のスクールのロビーから、も〜元気な中高年でごった返しており、油絵のキャンバスを抱えた方が行き交い、特別講座に並ぶ方がおり、扉の奥からは篠笛の音がピーヒャラと聞こえてくる……なんとも独特の空気が漂っています。

この「何でもあり」のごった煮感と、ちょっと高尚なお稽古事に憧れる意識の高さみたいなものが『プレバト!!』の雰囲気にとても似ているなと思ったのです。そして、これは「凡人」、これは「才能アリ」とあれこれ値踏みする、そのやや下世話な感覚も極めて中高年のおじさんおばさん的だなと。あ、もちろん私もそういう「ちょい意識高い系」でかつ「下世話」な中高年のひとりなんですけどね。

ちなみに私が通っているフィンランド語のクラスは、このカルチャースクールには珍しく(?)お若い方が多いです(たぶん私が一番年かさの生徒)。お若い方に交じって語学やるのは頭の体操になっていいですな……って、このセリフが極めて年寄りくさいですね。

「着るものについて学ぶ」のその後

絶望的にファッションセンスがないものの、ビジネスカジュアルで通勤するようになって以降、「制服」みたいに着られる定番のコーティネートを探していました。制服というなら毎朝ほとんど何も考える必要のないスーツを選べばよいのですが、はっきり申し上げて現代の日本はもはやスーツを着るような気候の国ではありません。加えて私は生来の暑がり+汗っかきなので、真冬かよほどのフォーマルな場面、あるいは通訳の現場でなければスーツは選択肢に入りません。

それでも、ワイシャツみたいなビジネスシャツにスラックスという組み合わせなら、暑くないしそこそこフォーマルだしコーディネイトに悩む必要もないので、ここ数年はそういう格好で仕事をすることが多くなりました。スーツカンパニーとかスーツセレクトみたいな比較的安価だけど比較的質のいいシャツやジャケットやパンツを買えるお店が、私のような人間にとっては救いになります。こうしたお店のターゲットはたぶん私の年代よりも一回りか二回り以上若い方々だと思われますが、だからこそ過度に「おじさんくさく」ならなくて重宝してきたのです。

しかし、それだけではだんだん飽き足らなくなってくるのが「下手の横好き」といいますか、ド素人の恐いところ。もうちょっとカジュアルな格好もしてみたくなってしまいました。しかしカジュアルウェアは私にとって「鬼門」です。なにせかつてパステルカラーのポロシャツに迷彩帽を合わせるようなファッションセンスだった人間ですから。しかも今思い出したけど、そのポロシャツには“Bisexual”とロゴが大書されていたのです。いったい何を考えていたのか、当時の自分を小一時間とことん問い詰めたいです。

閑話休題

そこで私が頼ったのは、前回ご紹介した大山旬氏の『おしゃれが苦手でもセンスよく見せる 最強の「服選び」』、そしてもう一冊『ユニクロ9割で超速おしゃれ』でした。

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ユニクロというと、特に「ユニクロ9割」とか「全身ユニクロ」というと、これはまさに「おじさんくささ」の代名詞ではないかと思われるかもしれません。ところが以前ならいざ知らず、ここ数年のユニクロ製品はかなり品質もデザインも秀逸だと思います(ファッション音痴の私が言っても説得力ゼロですが)。特に無地のTシャツやボタンダウンシャツ、ジーンズなどは、その数倍の値段がつけられている「なんとかアローズ」みたいなセレクトショップの商品と比べても遜色ないんじゃないかと思えるほど。

いっぽうでユニクロに代表されるファストファッションは、映画『ザ・トゥルー・コスト』でも指摘されているように、発展途上国の安価な労働力に支えられた大量生産・大量消費という側面を持っています。ですから安易にどれもこれもと買い求めて「9割」や「全身」まで行ってしまうのはいささか気が引けます。それでも安さとシンプルさに惹かれて、以前はけっこうなヘビーローテーションユニクロの服を着ていたのです。

ところが。

ユニクロってやっぱり若い方向けの服なんですね。いえ、中高年が着たっていっこうに構わないのですが(自宅ではいまでも着てます)、ユニクロの服が持っている雰囲気は、カジュアルさやそれがもう少し昂進したチープさが、若くて元気な方々の「ありよう」とうまく合致してプラスの雰囲気を醸し出している、そんな気がするのです。

逆に私のような中高年が着ると、その「ありよう=年齢感」みたいなものと若者的カジュアルさやチープさが不協和音を奏でているように思われます。それは体型や髪の毛の質感ゆえかもしれませんし、顔や皮膚の老け具合・皺の寄りぐあいとの齟齬かもしれません。うまく言語化できないのですが。

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https://www.irasutoya.com/2014/10/blog-post_47.html

以前、上述したスーツカンパニーやスーツセレクトで、若い人がよく着ているようなスーツを買ったことがあります。それは上着のラペル(襟の折り返し。会社のバッヂなどをつけてる方などがいる、あの部分です)が細くて丈はお尻がほぼ出るほど短めで、パンツは股上が浅めでぴったり目のサイズになっているものでした。買った時はとても新鮮な感覚だったのですが、実際に街で着てみたら中高年にはとことん似合わない……というか単に「イタい」ことが分かりました。

だからといって、おじさん感だだ漏れの、ダブダブスラックスにタックが何本も入っていて、股上はとことん深く、オーバーサイズでダブルの上着を着るのも絶対にイヤですけど……要するに、何事もほどほどが肝要で「過ぎたるは及ばざるがごとし」だと今さらながらに悟ったのでした。そして中高年のユニクロにもそういう一面があるのではないかと思うのです。

というわけで、現在はもうちょっと大人向け(?)なお店で買っています。するとやはりほどほどに落ち着いて、少なくとも「イタい」感じにはならずに済むようなのです。いやはや、ファッションセンスが全くないくせに、こうやってあれこれ服に頭を悩ませている私は、よほど見栄っ張りなんでしょうね。誰もアンタのファッションなんか興味持ってないよと言われそうですが、でも私、人はもちろん中身で勝負だけれども外見もけっこう大事だと思っているものですから……。

我先にと殺到する雰囲気

先般、2020年の東京オリンピックパラリンピックのチケット申し込みサイトにアクセスが殺到というニュースが流れていました。

www.nikkansports.com

この申し込みサイトは「購入申し込み」を受け付けるだけであり、申し込み者多数の場合は抽選になりかつ「申し込み順は当選に影響しない」ことがアナウンスされているにもかかわらず、「サイトにはアクセスが殺到」して「ログインできない状態になり、多い時には順番待ちに数十万人が並んだ」というのです。もとより私は今次の五輪開催には反対ですし、チケットにも何の興味もないので、高みの見物を決め込んでいたのですが、こういう群衆心理は心底苦手だなあと改めて思ったのでした。

こういうネット上の、いわばバーチャルな空間での殺到にすら恐怖を覚えるのですから、現実世界でのそれはさらに輪をかけて苦手です。もともと人混みがあまり好きではなかったことに加えて、歳を取って多くの人がいる空間がますます苦手になり、「人圧」に気分が悪くなるまでに至りました。一時は「パニック障害」とか「閉所恐怖症」みたいな疾患も疑ったのですが、どうやらそこまで重篤ではないもよう。それでも人が押し合いへし合いしていたり、なにかに向かって我先にと殺到したりなどの雰囲気が苦手になったのです。

qianchong.hatenablog.com

それでも都会で暮らしている以上、そういう場面に遭遇することは一日のうちに何度もあります。電車が駅に着いてドアが開くやいなや階段やエスカレーターに向かってダッシュする方は多いですし、その階段やエスカレーターに並ぶ人混みも尋常ではありません(特に後ろから押される感覚が)。こうした状態は一分間も待てば消えてなくなることがほとんどなので、いつもホームの柱の陰に「避難」して人の波をやり過ごしています。

「朝活」のために通っているジムも、以前は朝七時の開業時間前にジムの入り口に並んでいたのですが、ドアが開いた瞬間に大勢の人がロッカールームへ急行する雰囲気が殺気立っているので、最近は十分ほど遅らせて行くようになりました。そうやってゆっくり行くだけでけばずいぶん心穏やかになれるのです。みなさんがロッカールームへ急行する理由は、例えばフリーウェイトコーナーの器材を確保したいからなのですが、ジムには「一人二十分まで」というルールがあるので、むしろ遅れて行った方が次のサイクルで自分に回ってくることも多いと気づきました。

いやはや、まるで自我をこじらせた中学生みたいな思考ですが、私はもともとかなりせっかちで「イラチ」な性格なので、こうしたことの一つ一つが、何といいますか、心の鍛錬になっています。……しかし、こういう「対策」を講じなければいけないほど、都会で神経をすり減らしているということですかね。今年の夏もまた南の島の離島のそのまた離島の、誰もいない荒野に行ってぼんやりしたいです。

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追記

今日はこんな記事が流れていました。

www.nikkei.com

「還元は早い者勝ち」だそうです。今の私がもっとも苦手な言葉はこの「早い者勝ち」ですかねえ。

着るものについて学ぶ

私はファッションセンスがありません。かつては美術大学で学んでいたのですが、その当時から現在にいたるまで、とにかく服のセンスがダメダメで、特に色彩感覚というか色彩のセンスが絶望的に乏しい人間です。なにせ、英語のロゴが大きく入ったパステルカラーのポロシャツに自衛隊がかぶってるような迷彩帽を合わせたりしてたんですから、いま思い出してもその衝撃のファッションセンスには戦慄が走ります。

そんなんでよく美大に入れたなと思われるかもしれませんが、入試はモノクロのデッサンだけだったのです。というか、入試で色彩を使って写生をしたり構成をしたりしなくていいので彫刻学科を選んだ……というのはここだけの秘密です。もっとも、彫刻だって実は色彩感覚が必要なのだということはあとから分かったのですが。

そんな人間ですから、実は制服が大好きです。制服って、軍服がルーツの詰め襟学生服やセーラー服を見ても分かるように、個人の自由を奪って文字通り一色に染め上げるようなもので、私個人の思想信条的には忌避すべきものの筆頭なんですけど、ファッションセンスがない人間にとっては一面救いでもあるんですよね。だっていちいち着るものに悩まなくていいんですから。

そうやって制服に救いを求めてきた心根が作用したのか、また生来の「いかつい」顔つきが後押ししているのか、私は「制服が異様に似合う人間」になってしまいました。詰め襟はもちろん、工場の作業着やサラリーマンのスーツ、白衣や割烹着、黒紋付+袴から高所作業用のヘルメットや安全ベルトにいたるまで、とにかく似合うのです。いや、自分でそう思うだけでなく、他人からも「似合うね〜」「様になってるね〜」とお褒めの言葉を頂戴するのです。

逆に一番苦手なのは、いわゆる「カジュアルウェア」というやつです。昨今はクールビズとかカジュアルデーとかいって脱スーツの動きが加速しており、私も、すでに温帯ではなく亜熱帯か熱帯というべき日本の夏にもはやスーツはあり得ないだろうと思っている人間ですが、じゃあ職場に何を着ていけばいいのか……ってところで、いつも悩みます。そしてそんな人間だからなのでしょう、服を買うのが苦手ですし、アパレル店の店員さんが苦手ですし、逆に服のおしゃれを楽しむすべを心得てらっしゃる方やファッションセンスのある方を心から尊敬しています。

いまメインで奉職している職場は、特に服装に規定はありません。だから他人(上司や同僚や学生)がどう思おうが、自分の好きなものを着ればいいのですし、人間は外観ではなく中身が勝負だと思っているのです……いや、この言葉にすでに大きな嘘があります。私は実は「他人にどう思われてもよいとは思っていない」のです。そして「人間は外観も(見た目も)けっこう大切だ」と思っているのです。そしてそして……どんなものを着ればいいのかが分からないのです。

というわけで私は、これまでいろいろな方に教えを請うてきました。プロのスタイリストさんにお願いしてコーディネートしてもらったこともありますし、「leeap」のようなネットのファッションレンタルサービスを利用したこともあります。が、いずれもお金がかかりすぎて(あと、やっぱり微妙に自分の好みに合わなくて——ファッション音痴でも「いっちょまえ」に好みはあるんですね)続きませんでした。

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https://www.irasutoya.com/2018/09/blog-post_775.html

ところが最近、この書籍を購入して、かなり勉強になりました。

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おしゃれが苦手でもセンスよく見せる 最強の「服選び」

実はこうした書籍は類書がこれまでにもたくさん出ていて、私も例えば『最速でおしゃれに見せる方法』とか『成功する男のファッションの秘訣60』とか、マンガの『服を着るならこんなふうに』など片っ端から購入して読んできたのです(かなり恥ずかしいですが、いやもう必死ですね)が、どれも今ひとつピンときていませんでした。ところが上述した大山旬氏のこの本は、かなりシンプルな法則をベースに「頑張りすぎない(大山氏の言葉を借りれば『80点を目指す』)」服選びを指南してくれて、納得できる部分が多かったのです。

色はまずネイビーと白に限定し、「少数精鋭」でジャストサイズを選び、シンプルに徹してよけいな飾りや遊び心はひとまず脇に置くこと。そして大山氏ならではのアドバイスとして、試着した瞬間「似合わない」と思ってもそこで三分間待ってみることで「その服を着ている自分を見慣れていない」状態から抜け出すこと、また自分の服を人任せにせず自分の頭で考えて決めていくこと……。この本にはそうした一種の哲学が語られていて、服選びというのはなかなか楽しいものなんだなと思えるようになりました。

この本ではないのですが大山氏は別の著書で「生きている限り必ず何かを着なくちゃいけません」と述べています。そりゃそうだ。現実社会では裸で生きるわけには行かないし、着られりゃ何でもいいといったって、そこはそれTPOや清潔感など社会人として気をつけなきゃいけない部分もある……そんなことを考えながら、勉強しているところです。勉強して実践した結果分かったことというか失敗というか、ある種の気づきがさらにあったのですが、それはまた稿を改めたいと思います。

「ひとさまの通訳を聞いて」のその後

先日、北海道日本ファイターズの台湾人選手・王柏融氏へのヒーローインタビューで、通訳者さんの訳がテキトーすぎるんじゃないか、ファンは怒った方がいいんじゃないかという記事を書きました。

qianchong.hatenablog.com

これについて、Twitterで野球やスポーツにお詳しい方数名から、そこまで批判するようなものでもないのではというご意見をいただきました。ヒーローインタビューはもともと試合後の熱狂の中で行われる一種のイベントで、そこまで厳密な訳出をファンも求めていないのではないかというご意見です。

なるほど、私はスポーツ全般にあまり詳しくないのでよく知らなかったのですが、そういうものなんですね。確かに、私もかつてプロのアイスホッケーチームに帯同して日本や中国の各地を「転戦」したことがあるのですが、インタビュー(ヒーローインタビューではなく囲み取材みたいなの)はかなりラフというか、くだけた雰囲気でした。

そしてまた、一般的にプロスポーツ選手の通訳者の「本務」は、練習や試合時に監督やコーチや選手などとのコミュニケーションを円滑に行う手助けをすることであって、そういった場面や、あるいは選手や監督がメディアの正式な取材に応じる時などにはもちろん精確な訳出が求められるだろうけれど、ヒーローインタビューはそれらいずれにも属さないいわば「おまけ」みたいなもので、それはファンも了解済みなのではないかと。

私自身はこれまで、聞き手はどうあれ最善を尽くすのが通訳者の義務であり矜持であり、また「楽しみ」でもあると思ってきました。また日本の運動選手の、語彙や表現の少なさにはいつも少々幻滅していますし、インタビュアーも「今日の試合、どうですか」みたいな丸投げ質問が多くてこれまたどうだかな……と思っているのですが、この感覚がまさに門外漢なんでしょうね。

王柏融選手の通訳をされている方も台湾出身の元選手だそうですから、そこまで求めるのは「お門違い」なのかもしれません。専門の訓練を受けた通訳者というよりは、同郷出身で、異国で活躍する王柏融選手を公私にわたってサポートするが「本務」でいらっしゃるのでしょうから。この辺りの感覚の違いは、まさに自分にはない感覚だったこともあって、とても新鮮に感じました。

ただ、王柏融選手の出身地である台湾の(そしておそらく日本語にも通じてらっしゃる)ファンの中には、私と同じように「この訳出でいいの?」と感じてらっしゃる方もいるようです。これはもう個人の価値観ですし、こう言っては何ですが別に外交交渉のような「鼎の軽重を問われる」場面でもないのでこれ以上ツッコミを入れるの無粋かもしれません。ただ、一人の日本人としては台湾のファンの皆さんに何となく申し訳ないような気持ちになりますけどね。

www.ptt.cc

ただこの話題、そも訳すとはどういうことか、通訳者の稼働する場面の多様性、言葉の発し手と受け手のあり方、通訳者のホスピタリティなど、様々なテーマを含んでいる意外に深い話題だな……と思いました。

私は中国語圏の芸能人の通訳をけっこうやってきましたが、例えばファンミなどで行き届かない訳出をして、SNSで叩かれたことが何度かあります。厳しいファンの皆さんの眼は怖いです……。でも一方で、とあるテレビの生放送番組で台湾アイドルの通訳をしたときは、事前にプロデューサーさんから「全部きっちり訳さなくていいので(生放送だから時間も押しているし)、かいつまんで訳して下さい」と言われて困惑したこともあります。この例からも、クライアントが求める訳出のあり方は様々だなと思うのです。

またアイスホッケーの通訳者をしていたときは、試合中に例えばペナルティなどで退場処分になる際など、審判も選手もお互い自分の母語で怒鳴り合っているだけで、誰も私の訳出など聞いちゃいませんでした。もとより「表情の格闘技」とも呼ばれるアイスホッケーのこと、試合中はみんなエキサイトしていて殺気立っていて、ハッキリ言って通訳者なんか要らないじゃん、と自分で思ってしまったくらいでした。

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https://www.irasutoya.com/2013/12/blog-post_3413.html

私はこれまで通訳学校で、主にビジネスの現場で通用するような正確で精確な訳出をすべしと訓練されてきたし、いま自らもそのように教えているわけですが、それとは全く違った場面での違ったニーズもあるのだなと自分の「通訳観」を見つめ直した次第です(もちろんハイエンドの通訳現場では、基本的に正確さ・精確さが「いの一番」に問われるでしょうけど)。

上述した野球選手の通訳者にしても、理想的には、練習や試合中にプロとして的確な指示をおこなう通訳者と、ヒーローインタビューのような一種祝祭的な場面での通訳者……のように場面に応じてそこにふさわしい通訳者がつくというのがいいんでしょうね。予算的には無理なのでしょうけど。

フィンランド語 34 …動詞のまとめ

フィンランド語、まだまだ細々と学び続けています。動詞の過去形を一通り学び終えたので、先生から「ここいらで動詞の現在形と過去形を復習してみましょう」と促されました。

動詞の人称変化

フィンランド語の動詞は「人称変化」をします。つまり1・2・3人称とその複数、合計6つに変化するということですね。さらに現在形と過去形があるので、都合12種類に変化することになります。さらにさらに否定形もあるので結局24種類になるのですが、過去形の否定形には過去分詞を使い、これがさらに現在完了や過去完了へと発展していくことになるそうです(過去分詞は来週以降くわしく学ぶ予定です)。

例えば「opettaa(教える)」を例に取れば……

人称 現在形肯定 現在形否定 過去形肯定 過去形否定
Minä(私) opetan en opeta opetin en opettanut
Sinä(あなた) opetat et opeta opetit et opettanut
Hän(彼・彼女) opettaa ei opeta opetti ei opettanut
Me(私たち) opetamme emme opeta opetimme emme opettaneet
Te(あなたたち/あなたさま=敬称) opetatte ette opeta opetitte ette opettaneet
He(彼ら・彼女ら) opettavat eivät opeta opettivat eivät opettaneet

ちなみに未来形はなく、現在形を使って、文の中に未来を表す語彙があれば未来形と考えます(これは中国語と同じですね)。

動詞のタイプと活用

フィンランド語の動詞には「タイプ」が6つあり、それぞれのタイプに従って語幹を求め、さらに人称変化させて人称語尾をつけます。

1.VAタイプ
2.DAタイプ
3.ATA、OTA、UTAタイプ
4.STA、LA、NA、RAタイプ
5.ITAタイプ
6.ETAタイプ

動詞のkpt交替(子音階梯交替)

フィンランド語の動詞が活用するとき、子音の k、p、t があれば発音しやすいように変化します。先生が「日本語にも実はありますよね。例えば『谷(tani)』が複合語になって『ムーミン谷(muumin-dani)』のように、t → d という変化をするでしょう」とおっしゃって「おお、確かにそうだ」と思いました。

より滑らかに自然に発音できるよう、ネイティブスピーカーは無意識のうちにこれができちゃうんですね。ところが外国人である我々はこれを一つ一つ意識して覚えて変化させていかなければならない。でもこれは日本語を学んでいる留学生が最初困惑する「一本(ippon)、二本(nihon)、三本(sanbon)」なども同じですね。私たちは意識することなく言い分けていますが、留学生から「なぜこんなに複雑なの?」と問われて、改めて「そういえばそうだ」と気づくのです。

動詞の過去形

フィンランド語の動詞を過去形にするときは、目印として「i」か「si」がつき、さらに「母音交替」と呼ばれる発音の調整が行われます。これは以前に一度自分でプリントにまとめました。

kpt の変化(子音交替)がある。
②目印は主に「i」だが、一部に「si」もある。
③三人称単数は語幹のまま。


■「si」がつく過去形の語幹
1.AtA、otA、utA タイプ …… 最後の「tA」を取って「si」。
2.tAA(子母母 tAA、ltAA、rtAA)タイプ …… 最後の「tAA」を取って「si」。
3.ntAA タイプ …… 「a + ntaa」の場合「i」、「それ以外 + ntAA」の場合「si」。
★例外「tuntea(知る)」は最後の「tea」を取って「si」。


■「i」がつく過去形の語幹
1.o、u、ö、y + i タイプ …… 変化なし。
2.e、ä、i + i タイプ ……「e、ä、i」が消える。
3.aa、uo、yö、yy、ie など二重母音 + i タイプ …… 前にある「a、u、y、i」などが消える。
4.oi、ui + i タイプ …… 後ろにある「i」が消える。(現在形=過去形)
5.a + i タイプ …… 三音節以上、または二音節で最初に出てくる母音が「o」か「u」の場合「a」が消える。それ以外の場合「ai」が「oi」になる。
★例外「käydä(訪れる)」は語幹が「kävi」に。

……う〜ん、やはり徹底して動詞を覚えないと、使い物にはならないようです。動詞の原形をきちんと知っていなければ、こうした変化もさせようがないのですから。

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歯の健康と経済状況、そしてQOLの向上

東洋経済オンラインに、興味深い記事が載っていました。マンガ『闇金ウシジマくん』の作者・真鍋昌平氏の、取材で出会った人々に関する述懐です。

toyokeizai.net

「カウカウファイナンス」で働く従業員の過去も描いた「ホストくん」編では、50人くらいに会った。テレクラで売春する母と家出中の娘が物語の中心となる「テレクラくん」編では、竹の塚(東京・足立区)のテレクラに1日いて40代以上の女性に会い、ラブホテルで話を聞くということをした。

そのとき会った人は歯の抜けている人たちが多かった。幼いときに親が歯磨きをしてあげていたか。虫歯の治療にお金をかけられるか、歯の状態には、育った家庭環境や現在の経済状況が表れる。歯はそういうバロメーターなので、マンガでは意識的に描き分けた。

「歯の状態には、育った家庭環境や現在の経済状況が表れる」。これは本当にその通りだと思います。かなり前に、通訳学校で歯科医師の方を招いて講演をしていただき、通訳訓練を行ったことがあるのですが、アメリカでの歯科医療の経験も長い先生が「アメリカでは歯並びが社会的ステイタスの一つになっています。つまり、歯列矯正を行えるだけの富裕層だという証なんですね」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

確かに、歯列矯正には少なからぬお金がかかります。日々の暮らしに「かつかつ」の状態であれば、そんなところにまずお金はかけられない。歯列矯正まで行かずとも、虫歯の治療もそこそこお金がかかる……真鍋氏がおっしゃるように歯の健康と家庭の平和や経済状況はかなりリンクしてくるのでしょうね。

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https://www.irasutoya.com/2015/07/blog-post_314.html

ところで、歯の健康に関しては先日、NHKの『ガッテン!』で興味深い内容が放送されていました。日本人は虫歯になる人が多く、40代で虫歯のある人がほぼ100%というデータもあるそうです。ところがこの数字を劇的に減らすことに成功した国があって、その「虫歯予防先進国」としてスウェーデンが紹介されていました。

www9.nhk.or.jp

番組に登場したスウェーデン人の歯、特に高齢者の歯の「きれいさ」に驚きました。かなりの高齢になっても歯があまり欠けておらず健康で、入れ歯の人も少ないというのです。その秘密として紹介されていたのが歯磨きの方法なのですが、その「イエテボリ・テクニック」と呼ばれる歯磨き法がなかなか興味深かったです。

1995年に発表されたというこの「イエテボリ・テクニック」は、歯磨き粉の中に含まれている虫歯予防のための成分・弗素(フッ素)を、歯磨き後もできるだけ口中に残すことを目的としています。具体的には、歯磨きをしたあと「口をゆすがない」のです。水で口をゆすいでしまうと、せっかく歯の表面にコーティングされた弗素が流されてしまって、虫歯予防の役割を発揮できないのだと。

う〜ん、これは面白い。私は幸い、現在のところは虫歯がない状態を維持しています。これは十年ほど前に「中年になってからの歯列矯正」をしたあと、ほぼ半年に一回のペースで検診を受けることを継続してきたからですが、できればこのままの状態を老後も維持したいと思っています。なんといっても自分の歯できちんと食べることができるというのは、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)に直結する大問題ですから。それで、さっそくこの「イエテボリ・テクニック」を実践してみようと思いました。

とはいえ、食事をしたあとに歯を磨き、その後口をゆすがないというのはかなり抵抗があります。ちょっと汚い話ですが、食べ物の残り滓などが口中に残っているような感覚があるんですよね。でもこれ、一度磨いてまずはこれまで通り口をゆすぎ、あらためてもう一度磨けばよいのだと気づきました。ということでここ数日、実践中です。やり方は以下の通り(上記ウェブサイトより)。

1.フッ素配合の歯みがき粉をたっぷりと使う(目安は2cm)。
2.歯全体に歯みがき粉が行き渡るように意識して2分程度歯みがきを行う。
3.口の中の泡を吐き出したあと、口をゆすがない(私はここで一度ゆすぎ、もう一度1.に戻ります)。
4.歯みがきのあと、2時間飲食をしない(間食をほとんどしないので、これは大丈夫)。

やってみると分かりますが、口の中の泡をきっちり吐き出してしまうと、思ったより気になりません。そして数分も経つと全く気にならなくなり、むしろ爽快感が持続する感じがします。これはなかなかいいですね。歯磨き粉自体は安価なものだし、歯科医にかかることを考えればこれは究極の虫歯予防法、そして老後のQOLを向上させるための方法になるかもしれません。

Suicaに慣れるとクレジットカードすら「めんどくさい」

留学生の通訳クラスで教材として使える短いニュース映像はないかな……とYouTubeを検索していたら、こんなのがありました。フリマアプリの「メルカリ」が運営する電子決済システム「メルペイ」が支払額の最大70%をポイント還元するキャンペーンを始めた、という話題です。

youtu.be

支払額の70%をポイント還元って……要するに100円の買い物を「メルペイ」で支払えば、70円戻ってきて実質30円になるってことですか? なんだかすごい大盤振る舞いですけど、そうやってユーザーを囲い込もうという初動作戦なのかな。でも私、このニュースにまったくときめきませんでした(もっともキャンペーンはすでに終了しちゃってますけど)。

もとより個人的にキャッシュレス化絶賛推進中で、クレジットカードでの支払いはもちろん、各社の電子決済システムや電子マネーを試してみた結果、「現金を持ち歩く+現金で支払いをする」ことから本質的に解放されるのは、SuicaPASMO)だけという結論に達してしまったからです。

ブロガーのちきりん氏がこちらの記事で書いてらっしゃいますが、Suica以外の支払い方法はどれも「めんどくさくてやる気になれない」です。

chikirin.hatenablog.com

というわけでLINE PayもPayPayも、今チャージしてある分を使い切ったらアプリを削除するつもりでいます。あとはほとんどの支払いをクレジットカードでしています(たとえ100円でも)が、やはりこれもSuicaの簡便さに比べるとかなり「めんどくさい」ですね。

まずクレジットカードはときどき「使用拒否」に遭います。お店によって「うちはカード不可です」と言われたり「○千円以上じゃなきゃダメ」と言われたり。前者はまあ仕方がありませんが、後者はなんだか後味が悪いです。カード使用金額の下限を設定するのは信販会社との契約違反だという話もありますが、よく分かりません。

それから決済時にお店によって「暗証番号を入力」か「サインをする」か「何もしなくてよい」か「一定金額以上はサインをする」か……と様々なのはどういうことなんでしょうね。たぶん各店舗それぞれの事情がおありなんでしょうけど、これもけっこう「めんどくさい」。

私が日常的に利用しているお店では、スーパー「オオゼキ」や「東急ストア」や「カルディ」はいくら買っても暗証番号もサインも不要。「成城石井」はお店によってサインが必要だったり要らなかったり。渋谷の「フードショー」で買うときは生鮮食品売り場ではいくら買ってもサインレスですが、同じ「フードショー」のお酒売り場では一定金額以上サインが必要です。

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https://www.irasutoya.com/2017/12/blog-post_58.html

こうしてみると、クレジットカードもけっこうめんどうですよね。「何もしなくてもよい」カルディでは、必ず「サイン不要ですが、ご一緒に金額の確認をお願いします」と丁寧に金額のところをボールペンで○をして下さる「儀式」があるんですけど、あれもめんどう。カルディは、クレジットカードで支払うとあの3枚連続したレシートが出てきて(そのうち2枚目を客に渡す)、その3枚に全て店員さんがサインするのを待っているのもめんどうです。

自分の「イラチ」加減にあきれます。いずれもほんの数秒程度なのにね。それでもSuicaの「取り出してピッでおしまい」の簡便さの前には全てが色あせて見えます。Suicaはポイントもたまらないし(JRE POINTというのがあるんですけど、私はPASMOなので使えません)素っ気ないことこの上ないんですけど、もとよりポイントなんて全然期待していないので、その素っ気なさ=簡便さが普段使いにはぴったりなのです。

Apple Payも使ってみましたが、使えるお店が少ないうえに、導入しているお店も慣れていないことが多く、Apple Payのステッカーがあるのに使えないというケースが続出して、使うのをやめました。モバイルPASMOが実現してスマホひとつで全ての決済ができるようになったらまた使うかもしれません。今のところスマホケースにPASMOを入れて使っているのですが、改札を通るたびにiPhoneの「ウォレット」が誤起動するので。

というわけで、以前にも書きましたが「モバイルPASMO」の実用化を一日も早く……と願っているのです。

qianchong.hatenablog.com