インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

虱目魚

台湾南部の味と言えば何でしょう。いろいろとおいしいものはありますけど、多くの人が挙げるのは“虱目魚(サバヒー)”でしょうか。台南だけでなく台湾ではどこでも食べられますが、安平魚の別名もある通り(安平は台南の港町です)、特に台南らしい食材として知られています。

台湾の農業部(日本の農水省にあたります)のウェブサイトによれば、かの鄭成功国性爺合戦の国性爺ですね)が台南の安平に上陸した際、地元の漁民がこの魚を献上したところ、鄭成功が“甚麼魚(なんという魚か)”と聞いたことから、それがのちに訛って“虱目魚”になったという説が紹介されていました。

www.moa.gov.tw

もちろんこれはいわゆる「諸説あります」のひとつみたいで、“甚麼魚(shén me yú)”が“虱目魚(shī mù yú)”に転じたというのはちょっとこじつけのような気もします(サバヒー/sat-ba̍k-hî は台湾語です)。だいたい当時も今も普通話の発音で問答しないでしょうし……と思っていたら、ウィキペディアには鄭成功が「泉州訛りの台湾語で“啥物魚(シャミヒ/sia-mi hi)と質問した」と書かれていました。なるほど〜。

ja.wikipedia.org

約20年ほど前に台湾で仕事をしていたころは、日本から短期的に派遣されてくる社員さんたちとよく食事に行きましたが、この“虱目魚”はあまり「受け」がよくなかったように記憶しています。イワシやサバに似た青魚的な味ですけど、それらよりいくぶん淡白で味に特徴がないと思われたのかもしれません。でも最大の理由はたぶんその字面かなと当時は思っていました。だって“虱(しらみ)”の目の魚、なんだもの。

当時の日本の社員さんたち、特にお若い男性のみなさんは、どちらかというと食には保守的な方が多かったようで、食べ慣れない台湾の料理にけっこう苦労されていたみたいでした。八角や香菜の香りが苦手とか、脂っこくて食べられないとか(個人的には東京の料理のほうがよほど脂っこいと感じますが)対応するのが大変でしたが、この虱目魚もそれほどお好みではなかったようです。エビ・カニイカ・タコとか、あと魚でも高級魚の“石斑魚(イシモチ)”なんかは受けがよかったのですが。

ともあれ、私はこの虱目魚が好みなので、今回もいろいろと食べました。まずはAirbnbで借りているお宅から歩いてすぐのところに早朝から開いている虱目魚専門のお店がありました。豚肉ではなく虱目魚の“肉燥飯”と、虱目魚の“魚肚(腹の部分)”が丸ごと入ったスープです。スープはこのお店の看板料理である虱目魚のお粥の上澄みみたいで、私のスープにも若干お粥のお米が入っていました。どちらもしみじみとおいしいです。


maps.app.goo.gl

別の日には安平近くをバイクで通りかかったら、たくさんのお客さんで賑わっている虱目魚の専門店を見つけました。こういう地元の人に支持されているお店はたぶん「あたり」のはずです。こちらでは“肉燥飯(これは普通の)”と“荷包蛋(目玉焼き)”、“煎魚肚(腹の部分が揚げ焼きみたいになってる)”、“魚皮湯”を食べました。魚の皮のスープといっても、しっかり身がついた皮という感じで食べごたえがあります。焼いた虱目魚ははじめて食べましたが、これもとても淡白でおいしかったです。


maps.app.goo.gl

日本ではこの虱目魚はほとんど流通しておらず、漁業用の餌として扱われるだけのようです。多分とても足の早い魚なので、地産地消以外はうまく流通させられないということのほかに、上述したネーミングの問題もあるのかもしれません。英語名はその身が白いことから「ミルクフィッシュ」というらしいので、これで売り出せば……いやいや「牛乳みたいな味の魚なんて」とこれまた敬遠されるかもしれません。