インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ジャーナリズムの「中の人」を応援する

新聞販売店さんが、醤油のペットボトル瓶を二本下げて訪ねてこられました。先日また購読を延長したので、その景品として持ってこられたのです。正直私はこうした景品はなくてもいいと思っているのですが、まあ醤油は日々使うし、暑い中わざわざ届けてくださる販売店の方に申し訳ないですし、ありがたく頂戴しています。

紙の新聞は発行部数が減少し続けていると聞きます。「オワコン」と蔑まれて久しく、たしかに「民主主義のための監視・警報装置としての役割が歴史的に負託されてきた」という観点からすれば、この国ではすでにいささか首を傾げざるを得ないほどの弱々しい批評性しか期待できなくなったメディアではあります。
biz-journal.jp
それでも私は、報道を専門とする中の人たちを応援することで民主主義の発展に少しでも寄与できたら……という、ほとんど「寄付」と同じような感覚で購読し続けています。

あと、もちろんネットニュースとは明らかに異なる質の高い文章を読みたい、そういう文章を読むのが好き、というのもあります。というわけで自宅では一紙だけ取り、その他の新聞も職場や職場の図書館でなるべく目を通すようにしています。

ネットニュースがあり、さらにはテレビニュースも頻繁に放映され、さらにそれがまた動画サイトやSNSなどでも繰り返し視聴できるというのに、どうしてまた紙の新聞を購読し続けるのかと思われるかもしれません。とりわけ速報性については論外ではないかとも。

たしかに紙の新聞に速報性はありません。というか、私も速報性はもはや求めていません。求めているのは「こちらに物事を考えさせてくれる機能」です。時事を中心とするさまざまな物事について、文章を読みながら自分の考えを組み立て、反芻し、学び直すことができるから紙の新聞を読む。

テレビや動画のニュースは映像もついているからより詳細で正確な報道になるのではと思いがちですが、実はそうでもないんですよね。映像と音声が次々に流れてくることで、それらを次々に消費することに集中しすぎてしまって、自ら考えることがやりにくくなるのです。少なくとも私はそうです。その点、紙の新聞の文章なら立ち止まったり読み返したりしながら、ゆっくりと考えることができます。

またニュース音声をディクテーションしたことがある方なら同意してくださるでしょうけど、テレビや動画のニュースって、文字数でみると実はかなり情報量が少ないんですよね。もちろんそのぶん映像に情報を仮託しているんですから当然といえば当然ですが、ていねいに確認してみると「これだけのことしか言ってないの?」と驚くことがあります。

優れたニュース番組やドキュメンタリー番組ももちろんありますが、最近の、たとえばNHKニュースなど見ていると、なまじ映像があるだけに、理を尽くして言葉で伝える部分をサボってやしないか、これ……と思える報道が少なくありません。

2016年にアメリカでドナルド・トランプ氏が大統領に当選してほどなく、ティモシー・スナイダー氏が緊急出版された『暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』という本に、「自分で調べよ」という一章があり、そこにはこう書かれています。

より良質な紙媒体のジャーナリストは、私たち自信とわが国のために、彼らが取り上げなければバラバラな情報に思えたものの意味を考えさせてくれます。ただし、誰でも記事の「再投稿*1」はできますが、調べて書くという方はお金も時間もかかるハードワークです。あなた方は「既成主流メディア」のことを嘲る前に、それがもう主流でなくなっていることに気づくべきです。主流でありわかりやすいものとなっているのは嘲笑の類であり、先端的で難しいのが真のジャーナリズムなのです。よって自分で、三次元*2な社会での作業を伴う適切な記事を書いてみたらどうでしょうか。そのためには、どれも限られた厳しい日程で、次のようなことをしなければなりません。旅行をし、インタビューをし、情報源との関係を保ち、書かれた記録も調査し、何事をも実証し、原稿を書いては直してゆくのです。仮にこちらのほうが好きならば、ブロガーになることです。記事でもブログでもどちらを書いているあいだも、生業として今述べた段階をすべて踏んでいる人たちへ信頼を寄せることです。どんな職業の人間も完全ではないのと同じで、ジャーナリストも完全ではありません。ただ、ジャーナリストの倫理に固執する人間たちの仕事は、そうでない人間たちの仕事とは質が違うのです。(72ページ、太字部分は原文では傍点)


暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン

まさにまさに。私もそうした信頼を寄せる行為の一環として紙の新聞を購読し続けているのだと思います。だからこそ中の人たちには「ジャーナリストの倫理に固執」してほしい。何度も引き合いに出して悪いですけど、私もキチンキチンと受信料を支払っているNHKの、とくに毎正時のニュースなどもう随分前から大いに不満です。それでも心ある「中の人」はきっといるに違いないと、祈るような気持ちで支払いを続けているわけですが。

*1:原文には「リポスト」とルビがふられています。例えばTwitterのようなSNSで記事を引用してコメントを書くような行為を指しているものと思われます。

*2:「リアル」とルビがふられています。