インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「新聞は読むな」という意見に対して

先日、ある方の本を読んでいたら「新聞は読むな」という趣旨のことが書かれてありました。語学の勉強など目的のある場合は別にしても、情報を手に入れるという観点からは時間の無駄だからだそうです。1日は24時間しかなく、その時間をできるだけ有効に使うためには、すぐに古びてしまう情報を追いかけるために新聞や雑誌を読むのは意味がないと。

世の中の動きはそんなものを読まなくても肌で感じられるものだし、そもそもマスコミはスポンサーに忖度して偏った報道ばかりしているし、自分の身の丈サイズの生活に何ら関係のない事柄を必死で追いかけても仕方がないではないか、それは単に人より先に何かを知っていたいだなんてつまらない虚栄心じゃないのか、とおっしゃるのです。

なるほど、これはSNSにうつつを抜かすのと似ていて、自分は新しい情報に敏感でいたいと思う心性に似ているのかもしれません。実際には本来特段知らなくてもよかった情報に引きずり回されて自分の時間をどんどん消費されていくだけであり、ひいては何かを買わされたり、心乱されて本当に大切なことに取り組むことができなくなっていったりするものですから。いわゆる「注意経済(アテンション・エコノミー)」の罠ですね。

qianchong.hatenablog.com

ただ私は、新聞がSNSと同じような時間を浪費する元凶だとは思いません。また情報をいち早くキャッチするためのツールだとも思っていません。よりタイムリーな情報はテレビニュースで? いえ、テレビニュースは言ってみれば新聞や雑誌よりももっと効率の悪いメディアだと思います。だって自分が本当にほしい情報が出てくるまでずっと待機してなきゃいけないんですから(待機していて結局出てこないこともあります)。

デイトレーダーみたいなお仕事をしているのでもない限り、人より多少情報が遅れたって、あるいはいち早く情報を仕入れたって、自分の損得にはほとんど影響しません。その点ではその本の筆者に同意します。でも新聞を読むことの効用は「注意経済」とはかなり異なる形で、本来何の関心も持っていなかった問題や自分の知見が浅かった問題について、思考を深めてくれることが多いからだと思います。

新聞の記事の書き手は、今のところはまだ一定程度の「質」が保たれています。この点は玉石混淆のネットとはかなり違うのではないでしょうか(私のような「石」のブログも含めて)。もちろんネットにも優れた書き手はたくさんいて、私もいくつも巡回しているサイトはありますが、ネットの巡回は「注意経済」の誘惑が多すぎて、ついつい時間を無駄にしてしまいがちなんですよね。そこへいくと新聞は、かなり集中して一定程度の質が確保された文章を読むことができます。そして、思いもよらなかった「質」の高い知見に接することができる。

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https://www.irasutoya.com/2018/03/blog-post_254.html

もちろん大手マスコミの弊害はありますけど、それはいくつかの新聞を平行して読み、ネットの情報や書籍などとも比較することでかなり補正できるのではないかと思います。むしろ新聞は「そういう種類のメディア」として日々文章を読む訓練に使えるくらいに思っておくほうがいいのかもしれません。

新聞は、それに本来期待されていたニュースや情報の摂取源としての意味合いはずいぶん薄れているけれども、頭の健康を保ち続けるための道具としてはまだまだ有用なのではないか、というのが「新聞は読むな」とおっしゃるこの本を読んだときの感想でした。ちなみにこの著者氏はゲームについて、人生の時間を有効に使う観点からは「論外」とおっしゃっていますが、その点は私も100%同意です。もちろんその意見を他人に押しつける気はまったくありませんが。