インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

1年ぶりにお酒を飲んでみた

アルコールってこんな味だったかしら。最初のひと口はそう思いました。「ソバーキュリアス」という言葉に出会って、昨年の8月18日からふっつりとお酒を飲まなくなり、ちょうど1年経ったので、記念にワインを飲んでみたのです。

知人からは「せっかく1年間禁酒したのに、なぜ?」という反応が返ってきましたが、禁酒じゃなくてソバーキュリアス、つまり「シラフでいることへの興味」なのです。さいわい私はアルコールを分解できる体質のようですし、以前浴びるように飲んでいたころも依存症ではありませんでした(たぶん)。ただ、飲んで酔っているときよりも、飲まないで頭がスッキリしているほうが心地よいのでそうしていただけーーまあ、多分に理屈っぽくはありますが、自分なりの「ソバキュリ」とはつまり、そういうことだったのです。

頭がスッキリしていると就寝まで本が読めますし、実際この1年間は明らかに読書量が増えました。あと、食費が多少抑制されました。これはやはり、お酒そのもののへの出費が減ったこともさることながら、飲酒に合わせた食事を作らなくなったからでしょう。いいワインなど買ったら、ちょっとおつまみの食材を奮発しよう……とかやっていましたから、以前は。

で、1年ぶりのワインは、おいしかったです。ただアルコールそのものの風味に、以前は感じなかったような違和感を覚えました。よく下戸の方が「お酒は苦い」とか「辛い」などとおっしゃいますが、あんな感じかもしれません。飲んだワインに特徴的な風味だった可能性もありますが。

それから、すぐに酔いが回るのにも少なからず驚きました。中高年になって、もうずいぶん前からお酒が弱くなっていましたけど、1年間飲まないでいたことで、もっと弱くなっていたようです。これからもなにかの折りには飲むつもりではあるものの、やっぱりもうお酒は卒業でいいかなと思いました。若い頃からかなり飲んできたので、すでに一生分飲みつくしたのでしょう。

ところで先日「週刊はてなブログ」でソバーキュリアスが紹介されていましたが、少なからぬブックマークコメントで反感が示されていました。いわく「他人の娯楽に口を出すな」。
blog.hatenablog.com
ソバーキュリアスは禁酒や断酒のすすめではなく、きわめて個人的な志向のあらわれに過ぎません。ましてや人に強要するようなものでもない。そのあたりがかなり誤解されているな、でもまだ新しい言葉と概念だから仕方がないかな……と思いました。

ベジタリズムやヴィーガンなどがそうかもしれませんが、「正しさに近づくためにストイックであること」への信奉については、常にこうした批判がつきまといます。でもソバーキュリアスは、少なくとも私にとってのそれは、正しいことでもストイック(禁欲的)なことでもないのです。

ただ単に、飲まないでいたら(sober)それまでとは違う感覚を味わい、それまでとは違う時間の使い方をしている自分を発見し、それが興味深くて(curious)これまで続いている、という感じです。