インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

ドストエフスキーと愛に生きる

八十四歳の翻訳家、スヴェトラーナ・ガイヤーさんの半生を追ったドキュメンタリー映画です。翻訳者が主人公の映画というのもめずらしい。というわけで昨日、渋谷のアップリンクで観てまいりました。

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http://www.uplink.co.jp/movie/2013/20712
http://www.uplink.co.jp/dostoevskii/

ウクライナキエフに生まれ、スターリン政権下で少女時代を過ごし、ナチスドイツ占領下でドイツ軍の通訳者として働き、二十世紀も終わりにさしかかった頃からドストエフスキーの長編五作品(彼女はそれを「五頭のゾウ」と呼んでいます)『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『悪霊』『未成年』『白痴』の新訳に取り組んだ女性です。

決して派手ではないドキュメンタリー映画ですから、観客を選ぶかもしれません。それでも私は「言葉をほどき、紡ぎなおす」ことに生涯をかけるスヴェトラーナ・ガイヤーさんの姿に感銘を受けました。訳出のスタイルは口述筆記(それも旧式のタイプライターで!)させた上で、ドイツ語母語話者との細かな討論を経ながら推敲を重ねるというもの。翻訳や通訳と言っても私などからすれば何か別世界のようです。

それでも彼女は一個のれっきとした生活者であり、日常の細々とした営みが映画の端々に描かれています。翻訳の作業は、その日常の中にまるで息をするかのように自然に控えめにさりげなく織り込まれているのです。う〜ん、締め切りを気にしながら、ときにパジャマのままパソコンに向かい、仕事も食事も同じ仕事机の上などというどこかの誰かとは……やっぱり違いますね。

余談ですがこの映画、受付で販売されているパンフレット(上の写真)がなかなかの力作です。映画の内容はもちろんですが、映画に出てくる料理のレシピや生活雑貨の紹介、ドストエフスキーに関する文芸関係者のコメントなどが載せられています。

それから九名の文芸翻訳者へのインタビューも。飯塚容、きむふな、鴻巣友季子柴田元幸沼野充義野崎歓野谷文昭松永美穂、和田忠彦の各氏で、読みごたえがあります。何人かの方が,母語の大切さに触れていたのも大いに共感しました。

通訳も翻訳も、こうしてみると語るべきことがあれこれとあり、映画の題材としても申し分ないですね。通訳者が主人公の映画はニコール・キッドマン主演の『ザ・インタープリター』くらいしか知りませんが、現在NHK朝の連続テレビ小説は『赤毛のアン』や『フランダースの犬』を日本に紹介した翻訳者、村岡花子氏の物語です。これもまた僥倖

これからもっと通訳者や翻訳者が主人公の作品が登場するといいですね。刑事物なんかで通訳捜査官の物語とか、どこの国とは限定しないまでも国境警備兵の物語とか。いささか“敏感”すぎて、スポンサーがつかないかな。★★★☆☆。