インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

中国共産党、その百年

ロシアのウクライナ侵略によって、国際関係がにわかに大きな変化、ないしは仕切り直しに直面しているように思われます。これまで中立を保ってきた北欧のフィンランドスウェーデンNATOへの加盟を模索し始めたというのは、ああ、それはそうなるだろうなと思いました。特にフィンランドはロシアと長い国境を接していますし、過去にも侵略あるいは統治を受けていますし、今回の件に対するフィンランドの人々の嫌悪感や恐怖感は遠く離れた日本にいる私でさえ容易に想像できます。

ひるがえって本邦では、ロシアに中国を重ね合わせて、台湾海峡有事がにわかに現実味を帯びてきたと語る向きが少なくありません。私自身はまさかそこまで「かの国」はバカではないと思いますけど、こればかりは私のような素人があれこれ推測したところでなんの説得力も持ちますまい。ただ、周囲にこの地域の人々がたくさんいるだけに、もし本当にそんな事になったら、その時に自分は自分の持ち場でどうするだろうかという想像、ないしは心の準備だけはしておこうと思っています。

そう考えたからでもないのですが、ロシアのウクライナ侵略以前から書棚に「積ん読」になっていた、石川禎浩氏の『中国共産党、その百年』を読みました。昨年結成百周年を迎えた同党の歴史を通観する一冊です。

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中国共産党、その百年

百年間を通観していますが、どちらかというと前半史、つまり1949年の中華人民共和国建国以前と、その後の大躍進から文革毛沢東の死に至るまでが重点になっていて、最近の社会主義市場経済という「語の矛盾」的な変容を遂げたかの国の現状はそれほど多く紹介されていません。しかしながら、現在のかの国がなぜこのような状態に至っているのかについては、当然その前半史にちゃんとした理由があるわけで、それをあらためて確認できたことは大きな収穫でした。

例えば、現在の一党独裁による情報統制と、その結果としての「超」監視社会が生まれてきた背景にも、はるか以前、国共内戦の時代からそういう「体質」があったという指摘はなるほどなあと思いました。また、大躍進の失敗や「十年の動乱」と言われた文革であれほどまで朝野ともに荒廃したのに、その後の改革開放へと鮮やかに舵を切ることができたのはなぜかについても興味深い話が載っていました。

通常、「改革開放政策」の中国は、毛沢東時代の中国と対照的に描かれることが多い。すなわち、毛時代は相次ぐ政治運動と非効率な計画経済が災いして、中国は発展から取り残されていたが、政治運動を抑制して社会の安定化を図り、計画経済から市場経済への転換を断行した結果、鄧小平時代の中国はにわかに豊かになり、それが形を変えながらも、今日まで続き、中国の地位を作った、という図式である。それゆえ、文革中国経済をメチャクチャにしたと思われがちで、たしかにGDPで言えばマイナス成長の年もあるものの、文革一〇年でならすと年平均四%に近い成長率を残している。いわば貧しい中にも発展があったわけである。(287ページ)

なるほど、文革は「十年の動乱」とはいえ、極めて激烈な動乱状態だったのは最初の数年であり、その後は長い惰性のような期間が続いたとよく言われます。その惰性のような状況の中で、のちの発展の萌芽になるような動きがあちこちで現れていたとこの本では述べられています。

極端に言えば、苛烈で融通の利かない毛沢東の農業集団化の強制により、いくども飢えにさいなまれた農民たちは、共産党政権をひっくり返す反乱を起こすのではなく、毛主席の強要するやり方に従わない、あるいはそれを秘かに破ることによって生き延び、したたかに次の時代を準備したのである。文革により党組織が弛緩・壊死したことにより、それがもたらされたと言うこともできるわけで、まことに皮肉と言わざるを得ない。先の大躍進の失敗と大量の餓死者、そして一〇年の動乱と言われた文革での生産活動の停滞、それにもかかわらず中国共産党が何とか持ちこたえたのは、党の側に何らかの徳性や施策があって「もった」のではなく、無体な統治を何とか耐え忍び、とことん窮した時には言うことをきかないという「静かな革命」を起こせる農村社会の方が共産党を「もたせた」のである。(289ページ)

まさに“上有政策下有對策”を地でいく話ではありませんか。このしたたかさ、リアリズムがかの国の人々の「すごみ」なんですよね。個人的にはいま現在、かの国は極めて異形の何かにまたまた変貌しつつあるような気がしていますが、そんな中でもしたたかに次の時代を準備する動きが、ご本人たちも気づかないような形で生まれつつあるのかもしれません。

この本は基本的に中国共産党の指導層について、そのシステムやメンタリティを解説していますが、その下に存在する膨大な数の人々の振る舞いについてはそれほど多く紙面を割かれていません。その意味で、今月末に発売予定の「中国共産党の下部組織を初めて紹介」するという『中国共産党 世界最強の組織 1億党員の入党・教育から活動まで星海社新書) 』も読んでみようと思っています。