インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

喜多流養成会

平日のお昼に、ぽかっと時間が空いたので、目黒の喜多能楽堂に出かけてきました。能楽喜多流の若手能楽師、まだ『道成寺』を披く前の二十歳代の方々が舞囃子や能を披露される会です。なかにはおひとり、ティーンエイジャーの方も。

いずれも以前から舞台で拝見したり(なかには子方の頃から)、温習会の際に手伝ってくださったりという方々で、こちらが勝手に応援しているというか親近感を抱いている能楽師の方々なので、こういう言い方は大変に僭越ですが、なんだか甥っ子を見守るおじさんのような心境です。

とはいえ、もちろんみなさんプロの能楽師なので、舞囃子も能もとても見応えがありました。しかもこの会は自由席、かつ比較的客席も空いていて(出演されている方々からすれば残念でしょうけど)、自分の好きな正面前列のワキ柱寄りに座ることができて、なおかつコロナ対策としても上々です。

特に今回座った席からは、これまた大好きな能『枕慈童』でシテの装束と一畳台の菊の花がうまい具合に重なって見えて、ことのほか美しいと感じました。こうした席は、ふだんはかなりお高く、かつすぐに売り切れてしまって私には縁遠いのですが、こういう会ではチケットも格安です。今回は改めて能の面白さに気づかされました。やっぱり、良い席は良いのです。当然ですが。

しかもこの会、若手の番組のあいまに、重鎮級の能楽師のみなさんが花を添えるというか激励するというか、そんな感じで仕舞を披露されていて、これまた眼福でした。地謡にもベテラン勢が多く参加されていましたし、こういうふうに流儀全体で若手をもり立てようと力を合わせるの、いいものですよねえ。

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http://kita-noh.com/schedule/11206/

存分に能の魅力を楽しんだ午後だったので、その余韻をかき乱すようなことはしたくないのですが、やはり感じてしまったのは、ご年配の方々のいささか上品ではない行動です。私がふだん能楽堂で正面席のチケットを取らないのは、もちろん高くて、かつすぐに売り切れるからですが、もうひとつ、正面席にいらっしゃる確率の高いご年配の方々の中に、傍若無人な方がまま見受けられるからです。

上演間際まで、ひどい場合には囃子方が入場しているのにずっとおしゃべりに興じているとか、「あめちゃん」の袋をガサガサとか、身を乗り出して見るとか(お着物のご婦人など、お太鼓があるので身体が少々前に出るというのはあります。これは仕方がありません)、謡っちゃうとか、いびきかいちゃうとか、写真撮っちゃうとか。

もちろんそうじゃない方の方が大多数ですが、少数ながらかなりの確率でそういう方がいらっしゃるんですよね。それも決まってご年配の方々。今回も遭遇しちゃいました。しかも重鎮の仕舞が終わったら「これでお目当ては見たから」とばかりに帰っちゃった……。わはは、おかげで最後の能は心置きなく堪能できましたけど。

それでも知人によると、能の観客はまだ「マシ」だそうです。歌舞伎など、もっと行儀の悪いお年寄りが大量に出没すると。う〜ん、私もそういうお年寄りに片足突っ込んでいる年齢ですが、年齢とともに自重と抑制の効いた存在になりたいものです。そしてお若い方々をもり立てる側に回るのです。この会の雰囲気のように。