インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

日本企業が海外で工事を行う場合、作業員を全員日本から連れてきたのでは人件費がかさんでしかたがないから、当然現地のサブコン*1を使う。日本でも台湾でも同じだが、業者によって仕事の質は驚くほど違うので、工事における大事な三要素である「安全・品質・工期*2」を確保するためには、優秀なサブコンをどう見つけてうまくつきあっていくかが鍵になる。

今日も今日とて、朝一番で来ると約束していたサブコンの技術員が、時間になっても来ない。電話をしてみると……

工場の事務所から車で出ようとしたのだけれど、今日はたくさんトラックが出入りしていて、奥にある自分の車が出せない、だから行けない。

……との返事。
思わず笑ってしまうような理由だが、さてこの発言をそのまま日本側の担当者に通訳したものかどうか。だってこれは当然、「あっ、すっかり忘れてた!」ないしは「今日は都合が悪くなったから明日にして」という意味なのだから。

もうひとつ、別のサブコンの技術員と電話でメンテナンスの日取りを打ち合わせしていて、「では○月×日の朝九時に来てほしい」と依頼する。向こうの答えは……

道をよく知らないからきっと迷うと思う。

これを額面通り通訳したってはじまらない。この会社はこれまで何度もこの現場に来ている。たとえ今回の技術員が初めてだったとしても、社内で前任者から引き継いでもらえば済むことだ。が、とにかくそんな真正面の受け止め方をしてもしょうがないのだ。だってこれはもちろん「九時じゃ早すぎるから、もっと遅くして」という意味なのだから。

訳出する相手が経験豊かで場慣れした日本人スタッフなら、そのまま訳しても問題ないだろう。「ああ、向こうがそう言っているということは、つまりこれこれこういう意味だな」と察しをつけることができるからだ。そういう人はご自分で相手の発言の行間を読むことができる。
だがサブコンとつきあいの浅い日本人スタッフや、真面目で几帳面過ぎる人は、ストレートに「約束を破った!」「融通がきかない!」などと怒り出す。そこで、相手の意図が明らかな場合は、通訳者としては越権行為だけれど「〜と言ってます。が、実は〜という意味だと思われます」という「注釈」をつけることもある。

台湾人の名誉のためにつけ加えておくと、台湾のサブコンのみんながみんな、そういう身も蓋もない言い訳をするわけではない。それに「今日は行けない」とか「十時にしてくれ」などと単刀直入に言わず、あきれてしまうほど「しょ〜もない」言い訳をするのは、実は“含蓄*3”という彼ら独特の美意識だったりもするのだ。
よく「日本人は曖昧でもってまわった言い方をする・台湾人は直裁でずけずけとものを言う」などと単純にステレオタイプ化する人がいるが、実はそうとも言い切れない。台湾人は台湾人なりのスタイルで、回りくどい言い方をすることも多い。そして、そういう発言をただ単に忠実に訳しているだけだと、逆に感情の行き違いが大きくなる場合もあることを、台湾での仕事で学んだ。

また、こういう「しょ〜もない」言い訳に正面から切り込んで矛盾をつくようなことをするのも考えものだ。本人だって「しょうもない」言い訳だとわかっているのだ。こういうのは「貸し」にしておいて、本当に緊急を要する時のためのカードにとっておくのが賢い方法。それに特殊技術を持ったエンジニアなどはプライドもあるので、へたに怒らせたりメンツをつぶしたりすると換えがきかないだけに余計面倒になることもある。

北京語通訳者の塚本慶一氏が著書にこんなことを書かれていた。

中国での交渉は「焦らず、慌てず、諦めず、当てにせず、侮らず」の5つの「あ」が肝要と言われています。

うんうん、最初の三つはまあ交渉事では当然だけれど、あとの二つ「当てにせず、侮らず」というのはわかるなあ。実感がこもっている。

*1:sub-contractor=下請け業者

*2:予定通りに完工するということ。

*3:含みを持たせる・直截な言い方を避ける