インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

話好き

これは一種の偏見に属するのだろうが、台湾でも大陸でも、日本人職員が現地の作業員に対してよく漏らす不満のひとつに「いつもしゃべってばかりいる」「人の話をちっとも聞かない」というのがある。
おしゃべりについては、確かにみなさん話好きだし、声量も日本人よりは何割か増しのような感じがする。が、まあ北京語や台湾語を解さない日本人職員にしてみれば、現地の人のおしゃべりは一種の「ノイズ」でしかないので、余計にうるさく感じるということなのかもしれない。
いやいや、「ノイズ」なら聞き流せるが、意味がわかるほうが余計うるさく感じるのではないかという反証も成り立ちそうだ。本当に台湾人がおしゃべり好きなのかどうか、個人的な印象以上の確たる根拠は提示できそうにない。
いっぽう「人の話を聞かない」というのは、これは確かにありそうだ。現場で工事の指導をしている日本人SV(スーパーバイザー=監督)に聞いてみると、一番「ムカッ」とくるのはやはり現場の作業員がぜんっぜん指示を聞いていないというときであるらしい。
話は飛ぶが、三年前に亡くなった古今亭志ん朝の「廓話」に「お見立て」というのがあって、置屋の二階を取り仕切る「おばさん」という遣り手婆が出てくる。

「どうもいらっしゃいまし、うかがってます、はい。この子でしょ、ねえ、ええ、なかなかいい子なのよ、気だての、ええ。ほんとうなの、かわいい子なの。ねえ、ぜひご贔屓にしてやっていただきたい。ね、よかったじゃないのこの人にお見立ていただいて。まあ真っ赤になってうつむいちゃって、えぇ? 惚れてんのよ、罪な人ねえ本当に。で、どういうことになってんです? へぇへぇ、ああ、なるほど、お銚子を、あっ、そうですか、で、ふん、あぁ、なるほど、はぁはぁはぁ……」なんてんでね、もう、なんでも心得ている。

客の要望を熟知していて、登楼した客が無粋にみなまで言わずとも万端あつらえてくれるという、まさに「遣り手」なおばさんというわけだ。
朝のミーティング。日本人SVが台湾人作業者に作業指示をする。通訳者を入れず、英語やつたない“國語”で当日の作業手順を説明する。作業員は説明が終わらないうちから遣り手婆よろしく「ふんふん、へぇへぇ、はいはい、オッケー!」と言うので「まあ最後まで聞いて」と説き伏せ、最後に「オーケー?」と聞くと“没問題!(大丈夫!)”とやたら調子のよい返事。で、しばらくして見回ってみると、指示とは全然違うことをやっていて、大あわて……というのがよくあるパターンだ*1
Indianの“No problem”とChineseの“没問題”は信用しちゃいけない――これが海外をあちこち転戦している日本人SVの合い言葉であるらしい。
確かに通訳をしていても、こちらが言い終わらないうちにいろいろ口を挟んでくるので、“聽我講完(話し終わるまで待って)”と相手を制することが多い。どうもみなさん、黙って人の話を聞くのが何よりつらいようで。とにかく何か反応したくてうずうずしているという感じだ。もちろん、むっつり黙っていられるよりはよほどいいのだけれど。
最初は、こちらの“國語”があまり流暢ではないので我慢して聞くのが耐え難いのかなとも思ってみたが、よく観察してみると台湾人同士で話をしているときもよく“聽我講完”と相手を牽制しあっているから、「人の話を聞くより自分が話したくてうずうず」というのは、この民族に抜きがたく備わっている本能なのかもしれない。
それから“没問題”に似た“没關係”も日本人の「怒!」ボタンを押してしまう必殺フレーズ。これもまあ「大丈夫だぁ」とか「気にしない」といった意味だ。

  • ペンキを大きくはみ出して塗ってしまった作業員。日本人SVが注意すると、その作業員がニコニコしながら “没關係〜!”*2
  • バルブから液が噴き出している。圧力の設定を間違えたか。日本人SVが「大変だ!」と駆けつけてみるや現場にいた作業員が“没關係啦〜!”。
  • 往来を自転車で走っていると、向こうから車道を逆走してきた「原チャリ」のおばさんがぶつかってきた。自転車ごと倒れた私にむかっておばさんが“没關係〜!”。

いずれも「あんたが“没關係”って言うんじゃねぇ〜!!」とツッコみたくなる場面だ。

*1:これはまあ日本人SVにも責任がないわけではない。SVもいちいち通訳者を入れるのが面倒くさかったり、中にはちょっとしたことで通訳者を呼ぶのも申し訳ないと思っている方もいて、この種のトラブルはけっこう多い。そんな、遠慮せずどんどんトランシーバーで呼びつけてもらっていいんですけどね。

*2:すぐに直せますよ、という意味が含まれているかもね。